午後のお茶会
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軽快な足取りで私の隣を歩くやちるちゃん
そのやちるちゃんと共に向かう場所は一番隊隊舎
ただ、書類を片手に持っている私とやちるちゃんが向かう理由は異なる
やちるちゃんが目指す理由はただ一つ…
や「やっほー!オジイちゃんお菓子ちょーだい!」
…そう、
我等死神のトップである山本元柳斎重國総隊長殿に、お菓子を貰う為だ
最初の頃は自由人であるやちるちゃんの行動にヒヤヒヤしたが、今は慣れが生じてきた
総隊長御本人様も慣れた様子で、袂から菓子袋を取り出しお菓子を与えている
そして私にもそれを分け与えてくれる
山「月宮、お主も持ってゆけ」
「ありがとうございます…その、いつもいつもすみません。もう他隊なのにこんな甘える様な…」
山「気にするで無い。お主は我が一番隊の誇りでもあったんじゃ」
「勿体無い御言葉です」
山「それにお主が此処へ訪れその姿を他の者達が一度見れば、気を引き締め更なる高みを目指そうと活気付く。時間がある時は皆に顔を見せに訪れるだけでもありがたいんじゃが…」
「そんな大袈裟な…私にはそこまでの力はありません。買い被りすぎですよ」
山「まあ良い…謙虚なのは悪いとは言わぬが…お主はその立場に居ると言う事を忘れるでない」
不思議と総隊長の言葉が心に沁み入る
席官である自分の立場がどれほど影響を齎すのか、それを再確認する様に、気が引き締まる思いになる
私は背筋を伸ばし、手に持っていた書類を総隊長へ渡した
「…あの、こちら書類をお持ちしましたのでご確認をお願い致します」
山「うむ、ご苦労」
や「じゃあまた遊びに来るねー!」
「では私もこれで…」
山「…待て、月宮」
やちるちゃんと共に執務室を出ようとした時、総隊長に呼び止められた
やちるちゃんは次なるお菓子を求めて先に行ってしまい、執務室に総隊長と二人きりになる
こうやって二人きりになるのはいつぶりだろうか?少しだけ緊張してしまう
「はい、何でしょう?」
山「…お主、この後時間はあるかのう?」
長く伸ばした顎髭を撫でながらそう問う山本に、楓は不思議そうに頭を傾けた
「この後ですか?特に予定は有りませんので大丈夫ですけど…」
山「ならば半刻後、いつもの茶室へ来るのじゃ」
「いつもの茶室…ですか?」
いつもの…とは、山本が月に一度、一番隊隊舎で行うお茶会の茶室の事だろう
楓はすぐにそこが頭に浮かんだ
「はい、構いませんが…」
楓は理由を聞こうとしたが、そこへ一番隊の隊士が現れ、山本と込み入った話をし始めた
楓はそれを邪魔せぬ様にと、会釈だけして静かに部屋を出た
「…半刻後…か」
今から半刻後までとなると、意外と時間がある
その間何をしようか?自分の隊舎まで帰ってまた此処へ戻って来るのも手間だしあまり意味が無い
…いや、時間は潰れるので無意味な事では無いが
執務室から出た楓はその足で一番隊隊舎を散歩する事にした
一番隊所属時の思い出に浸りながら、懐かしそうに隊舎内を歩き回った
雀「…誰かと思えば、月宮ではないか。なる程、隊舎内の微かな騒つきの理由は貴女だった様だ」
背後からの声に振り返ると、そこには一番隊副隊長の雀部
その手に大きな皿を持ち、何やら美味しそうな洋菓子が乗っている
それが何なのかは分からないが、甘い良い匂いを漂わせていた
「こんにちは雀部副隊長。すみません、久しぶりで懐かしくて隊舎内を回ってました」
雀「謝る必要は無い。好きなだけ回りなさい、他の皆も喜ぶ」
「フフッ、ありがとうございます。…それで雀部副隊長…手に持ってるそれは?」
雀「ああ、これか?今からアフタヌーンティーをしようと思ってな」
「…えっと…あふたぬーん…てぃー…?」
…私は横文字はあまり得意では無い
そもそも現世の情報はあまり入ってこないので身近な事以外はあまり分からない
確か雀部副隊長は昔見た〝英国紳士″と言うものに憧れているとかなんとか…
その〝あふたぬーんてぃー″なる物も、その現世の風習なのだろうか?
雀「午後のお茶会…と言えば分かりやすいか?」
「…ああ、なる程、そう言う意味なんですね!」
私がアフタヌーンティーの意味を理解すると、雀部副隊長は嬉しそうに口元を綻ばせた
雀「もしこれか時間があるなら、月宮も一緒にどうだ?既に他の者達も何人か集まっている」
「そう、ですね…」
総隊長との約束の時間にはまだまだ余裕がある
それまでの暇潰しには丁度良いかもしれない
「この後予定があるので、それまでの間ご一緒しても宜しいですか?」
雀「貴女の時間が許す限り好きなだけ居なさい。他の者達も喜ぶだろう。では私に付いて来なさい、案内しよう」
楓は雀部に連れられ、アフタヌーンティーが行われる会場へと向かった
中へ入ると既に皆が席に着いて各々談笑している
現世から取り寄せたのだろうか?
尸魂界では見掛けない洋風のお洒落な机や椅子、食器が並んでいる
そして食欲を唆る様な甘い洋菓子と紅茶の香り
今し方雀部が持ってきた洋菓子達も、机の上に並べられていく
雀「月宮、空いている席へ座りなさい」
「はい、では…」
雀部に促され空いている席へ足を踏み出した時、ガタンッ!と椅子が倒れる音と共に、机の上の食器がカタカタと揺れ動いた
そして椅子が倒れた方向から名前を呼ばれ、その声の主と目が合う
修「…楓っ!?」
「修兵…!」
…意外や意外、まさか修兵がこのお茶会に参加しているとは思いもしなかった
修兵は慌てて倒した椅子を立て直しながら、周囲の者に謝り座り直した
丁度修兵の隣が空いている
修兵は自分の隣の席をトントンと手で叩き、期待の眼差しで楓を誘った
そんな修兵のを見て思わず笑みが溢れる
雀「…では、月宮は彼の隣に座りなさい。さぁこちらへ…」
雀部は椅子を引き、エスコートする様に楓を修兵の隣に座らせた
紳士的な雀部の振る舞いに、慣れない楓は少し気恥ずかしくなった
「…あ、ありがとうございます。でもそこまでして頂かなくても…」
雀「紳士たるもの、女性に優しくあらねば名折れと言うもの」
雀部は手を胸に当て、丁寧なお辞儀をした
楓もそれに応える様にお辞儀を返した
修「楓も来てたんだな!」
「さっき雀部副隊長に誘われてね。この後用があるから、あんまり長居は出来無いけど」
修「そうか…でも、楓と会えて嬉しいぜ」
「フフッ、私も修兵と会えて嬉しいよ」
楓の言葉に、日々の忙しい業務で疲れていた修兵の心が癒されていく
思わず目尻を垂らし緩む頬
副隊長の威厳など何処へやら
修兵の頭の上には見えない花が沢山咲いている
そして頭の中はお花畑になっている事だろう
もう修兵は楓しか見えていないし、楓の事しか考えられなくなっていた
「修兵はどうして此処に?」
修「俺は瀞霊廷通信の配達をしに来たんだが、雀部副隊長にどうだって誘われてな…正直帰ろうかと思ったんだが、記事になる良いネタになるかもって参加したんだ」
「そうだったんだ。どう?良い記事書けそう?」
修「ああ!楓が隣に居るってだけで良い記事が書けるぜ!」
「こーら、私が居なくても良い記事は書けなきゃダメでしょ?それがキミの仕事なんだから」
…メッ!と小さな子供を叱るように、人差し指で額を突かれた
そんな俺にだけに叱る楓の姿がなんとも愛らしい
嗚呼、なんて俺は幸せ者なんだろうか…
仕事頑張って良かったと、初めてそう思える
隣には楓
目の前には美味そうな洋菓子
今から楓と楽しくお茶会と洒落込もう
…嗚呼、どうしたもんか
この幸せな気持ちにニヤケが止まらない
雀「皆、紅茶とケーキは行き渡っただろうか?おかわりは十分ある。どうか気楽に優雅な一時を楽しんで頂きたい」
…そうして午後のお茶会が始まった
目の前の全てが新鮮で、心なしかフワフワと少し落ち着きが無い楓
修兵はそんな楓を目に焼き付ける為に、チラチラとその様子を見ていた
「なんか…凄くお洒落だね。この洋菓子も食べるの勿体無い。どこから食べようか悩んじゃう…。一番隊に在籍してた時もね、たまに雀部副隊長に洋菓子を戴いてたんだけど、その時とはまた違う物だし…。こういう場所で他の人達と一緒にお洒落な物食べて…ちょっと心が弾まない?ねっ、修兵」
修「うんうん、そうだな!食べるの勿体無いよな〜!心が弾むよな〜!うんうん、分かるぞ…!いつもと違う場所でお洒落に着飾った机に洋菓子、隣には目をキラキラ輝かせて心を弾ませてる可愛い姿の楓…これ以上の幸せは無いよな〜!」
「……何言ってるの修兵…」
修「…ハッ!い、いやこれは別にっ、その…」
…や、ヤバい…浮かれすぎだろ俺!
落ち着け俺!クールだ…クールにいこう!
いくら隣に楓が居るからって、浮かれ過ぎるのは良くない
そうだ…雀部副隊長みたいに紳士的な男を演じて…
無意識に自分の胸の内を曝け出していた修兵に楓の食べる手が止まり、隣に座る修兵を軽く睨み上げていた
「…私も修兵と一緒で嬉しいけど…そう言う恥ずかしい事は思ってても言わなくていいから…!」
修「す、すまん…」
「あと、私は見せ物じゃないよ。人が食べてる所そんなにジロジロ見ないでくれる?」
修「分かったから分かったから、そんな睨むなよ…」
…とは言いつつ、頬をほんのり赤く染め上げながら、恥ずかしそうに上目遣いで睨み上げられても、可愛い以外の言葉が見つからない
そりゃあもっと見たくなるのも道理だろ
緩む口元を手で押さえ、楓の姿を噛み締めるように顔を背けた
今の俺はスゲェ間抜けな顔をしてる自信がある
こんな顔楓にバレたらまた怒られちまう
何だよ紳士的にって、無理だろ
はぁ…せっかく楓と楽しい一時を過ごせるって言うのにどうしたもんか…
でもこれは嬉しい悩みだな、うん
こうして楓に怒られるのも悪く無い
「…ん…美味しい。この紅茶も洋菓子と合ってるし…わざわざ取り寄せたのかな?他の洋菓子も色も形も違うし…なんて名前なんだろう?」
美味しそうに紅茶を飲み、洋菓子を頬張る楓
楓が同じ空間に居るだけて空気が華やぐ上に、ずっとニコやかな雰囲気を放っている
そんな様子の楓に修兵だけでは無く、雀部含む他の者達もそれに心が癒されていた
雀「…月宮、檜佐木副隊長、今日の参加心から感謝する」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
修「来て良かったです!ありがとうございます!!心から感謝致します!!!」
「修兵声大きい…此処はそう言う場じゃ無いでしょ?」
修「ゔっ、悪い…つい気持ちが昂って…」
雀「フフッ…それは良かった。現世で取り寄せた紅茶と洋菓子はお口に合いましたかな?」
「はい、とても美味しくて紅茶も無くなっちゃいました」
雀「おやいけない、紅茶のおかわりが必要の様だ。少し待ってなさい」
雀部は新しい紅茶を用意しティーポットを持って楓の元に戻ると、空になったティーカップに紅茶を注いだ
湯気と共に香り立つ匂いが心地良い
雀「…さあ、召し上がれ」
「ありがとうございます」
雀「洋菓子も沢山ある。遠慮せずに食べなさい」
「雀部副隊長は…楽しまれてますか?先程から動いてばかりみたいですが…」
雀「皆の楽しむ姿を一目見るだけて、私の心も弾むと言うもの。…だが、此処に居る皆の心を一際弾ませているのは、紅茶や洋菓子では無く、別の事が要因している様だ」
「別の物…ですか?」
楓が雀部と会話をしている最中、修兵はソワソワと落ち着きが無い様子で楓の方へ椅子を寄せていた
少しずつ少しずつ…少しでも楓との距離を埋めようとしている
雀部はそんな修兵が視界に入り、軽く握った右手を口元に当てクスクスと笑っていた
「…?」
雀「…ああ、済まない。一番隊の箱入り娘と呼ばれていた貴女も、今やその箱から飛び出し皆に愛される存在になったのだなと…」
「もう…急に何です?その名は口にしないでくださいよ」
雀「フフッ、良いではないか。だが、嬉しい反面少しばかり寂しく思うもとこもある。貴女は我等一番隊の愛娘の様な存在だったのだからな」
「お気持ちは嬉しいですが持ち上げ過ぎですよ」
雀「月宮にはそれぐらいが丁度良い。それに…一番月宮を娘の様に想っておられる方もいらっしゃる。その方のお気持ちを考えたら足りないぐらいだ」
「…はぁ…そう、ですか…」
雀部の言葉にイマイチピンと来ず、楓は頭の上に疑問符を浮かべながら頭を少し傾けた
「……ねえ、修兵はさっ…」
修「…!」
楓が修兵の方に振り向くと、鼻と鼻がくっつきそうな程の距離に修兵の顔があった
思わず目を見開いてピタッと固まる二人
修兵は生唾をゴクリと呑み込んだ
…楓の綺麗な藤紫色の瞳には自分だけを映し出している
紅茶で少し湿った桜色のぷっくりとした唇
その口元から紅茶の甘い香りが漂う
それがまるで自分を誘っているかの様で、無意識に楓の頬に手を添えていた
ゆっくりと顔を傾けながら目を閉じる
楓の吐く甘い吐息が修兵の唇に触れた
激しく高鳴る鼓動
「…しゅう…へ…」
修「…楓…」
まるで脳がヴェールの様な物に包まれ、二人だけの世界に迷い込んでしまったかの様に、周囲の者達が見えなくなってしまった
紅茶の甘い香りが修兵を惑わし、目の前の楓と二人の世界に閉じ込めようとしていた