その優しい気遣い
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立っているだけで汗が滲み出てくる、じめっとした梅雨空の下。
入社2年目の私は檜佐木先輩の背中を追いかけていた。檜佐木先輩はカッターシャツの袖を捲り上げ、ジャケットを腕に掛けて私の事なんか気にも掛けず、ズンズン歩いて行ってしまう。
「約束の時間に遅れそうだ」と言って、競歩でもしているのかと突っ込みたくなる。
ようやく履き慣れたパンプスだが、これだけ早く歩くと靴擦れを起こしそうだ…と言うか痛みを感じるから、もう靴擦れしている。お風呂に入ったら悶絶する羽目になるだろう。
「おい、楓!もうすぐ客先に着くぞ。身だしなみ整えろ!」
「はい…!」
ビルに入り、カラッとした冷気に包まれた瞬間私は「極楽…!」と呟いた。修兵先輩は左手首の時計を見て「よし、15分前だ!」と安堵の息を吐く。そしてようやく私の方を振り返って「化粧室はあっちだぞ」と教えてくれた。
「俺はコンビニ行ってくるけど、何か欲しいモンあるか?」と聞いてくれた。こう言う時の先輩の気遣い…正直、すごく嬉しい。
「絆創膏、お願い出来ますか?靴擦れしちゃったみたいで…。」
「何だって?見せてみろ!」
「えっ、ちょっ…先輩!?」
檜佐木先輩はしゃがみ込み、私の足首に触れた。突然の出来事にドキリと心臓が跳ねる。
「どっちだ?」
「っ…左足です…。」
先輩は人目もはばからず、左足のパンプスを脱がせた。案の定、小指の皮が捲れている。檜佐木先輩は優しい手付きで、パンプスを履かせてくれた。
「すぐ絆創膏買ってくるから、動くんじゃないぞ!」
「お…お願いします…。」
待ち合わせ時間ギリギリだと言うのに、小言を一切言わず自分の為に走ってくれる。彼の背中がすごくカッコよく見えた。私は先輩の真っ直ぐな瞳が好きだった。
「コレでいいか?」
走って戻ってきた先輩から、絆創膏を受け取った。この時点で残り8分。
「先輩、ありがとうございます!急いで化粧室行ってきます!」
「5分で戻って来れそうか?無理そうなら、客先に連絡入れとくぞ。」
「大丈夫です!先輩、待ってて下さいね!」
「転ばないように気を付けろよ!」
私は急いで化粧室に入り、ストッキングを脱いで左足の小指に絆創膏を貼った。
憧れの檜佐木先輩と二人で営業に来れただけでも嬉しいのに、こんな幸せな事があって良いのだろうか?姿見を確認して、私は急いで化粧室から飛び出した。
「先輩、お待たせしました。行きましょう!」
「あぁ!」
先輩が真っ直ぐ私を見つめている。
(あぁ、この瞬間が永遠に続けば良いのに…!)
そんな事を考えていたのも束の間、私は横から歩いてきた男性に足を引っ掛けてしまった。
「ぎゃんっ…!!!」
エレベーター前で派手に転んだ楓。顔面から地面に叩きつけられ、目の前が真っ暗だ。
「楓ーーーっ!!!?」
帰社した二人が六車部長にこっぴどく叱られたのは言わずもがなだった…。
〜Fin〜
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