それともそれは(キン肉マンマリポーサ夢小説)
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七月のさいごの金曜日、やっと彼女はマリポーサに会うことができた。
ここのところ仕事が忙しくて週末も出ずっぱりだった。一度だけ会う約束をしていたけど、直前で仕事が入ってボツになっていた。ちなみにマリポーサはだいたい忙しい。
「ごめんなさい。本当に会いたかったのに」そうなげくと、マリポーサは次に会う日が待ちどおしい」と言ってくれて、電話をきったあと、彼女はしばらく余韻にひたったりした。いちどだけ代休がとれたけど、こんどはマリポーサの都合がつかなくて、彼女はかわりに美容院にいって担当の美容師にひとくさり愚痴をこぼしてかろうじて溜飲をさげた。
今夜はマリポーサが「雰囲気のいい店をみつけたんだ」と言って、まず蕎麦屋にいった。こみいった路地のつきあたりにある古民家のような一軒家で、二人は小あがりの席でさし向かいになってせいろをたぐった。
彼は王位争奪戦で日本にやってくるまで、箸で食事をしたことなどなかったが、今ではすっかり上手にあやつっている。空中戦というトリッキーな戦法スタイルを得意とするマリポーサならではの器用さだ。
腹がくちくなって店をでたあと「まだゆっくりできるだろう?」と、マリポーサは彼女を二軒目の店にさそった。
こんどの店は、うってかわってゴージャスな雰囲気のオーセンティックなバーだった。ゴージャス、といっても見た目を追求しただけの華美なものではなく、質のよい建材や調度品でととのえられた、ゆったりとくつろげるしつらえになっていた。彼が二人ですごす時間を大切に思っていることが、この店を選んだことからもよく伝わってきて、彼女はうれしかった。
それは、彼女が二杯目のピニャ・コラーダをはんぶんほど飲みおえたタイミングだった。
「おまえ、夏の休みはとれそうか?」
来月には仕事もひと段落する予定で、上司からも代休をまとめてとっていいと(口約束だったが)許可をもらっていた。
「うん、大丈夫だと思う」
「もし休みがとれるなら、どこか旅行でもいかないか?」
「ほんと!?」
「ああ、海でも山でも。おまえのいきたいところにいこう」
「うれしい!」
初めての旅行!ああ、どこにしようか。彼女のあたまのなかは一瞬でリゾートのイメージで満たされた。涼しげな高原のリゾートホテルでゆっくりするか。海なら、泳げるかもしれない。ふいに去年の夏のマリポーサの水着姿を思いだして、とたんに顔がカッと熱くなった。
すると、マリポーサは彼女の顔をのぞきこんで言った。
「顔が赤いな」
「そうかな、赤い?」
「すこしペースが速いんじゃあないか?」
「そんなこと、ないと思うけど」
「仕事あがりだ。疲れているときは酔いのまわりもいつもと違う。気をつけたほうがいい」
「うん、そうだね」
それから、マリポーサの言葉にしたがっていつもよりペースをおとして飲んだ。あいまにフードも。
「酒ばかりでは胃によくない」
そう言ってマリポーサが選んでくれたのはフレンチトーストだった。だけど運ばれてきたのは、いつも彼女が友だちと日曜日にカフェで食べているようなスイーツではなかった。ちいさなバゲットに卵液をしませて焼いてあるところまでは同じだけど、そのうえにはホイップのかわりにマスカルポーネチーズがのっていて、シロップでなくてクシャッと丸まった生ハムがひと切れのっていた。ナイフもフォークもなくて、だから手でつまんで食べられるようにこの大きさなのだろう。口にはこぶと、オリーブオイルの青く若々しい香りがふわりと鼻にぬける。
マリポーサは料理にあわせたベリーニもオーダーしてくれた。桃の果汁をシャンパンでわったカクテルだが、ちょうど旬の時期だったので今夜は生の桃をスクイーズしたものでつくってあった。グラスをかたむけると、豊饒な桃の香りとシャンパンのきめの細かい泡がのどをすべりおちていく。
彼女は自らの幸福を再確認するみたいにホゥ、とちいさくため息をついた。となりにはすっかりくつろいだマリポーサがいて、おだやかな眼差しをこちらにむけている。うれしくて彼女がほほえむと、マリポーサもまたマスク越しにまなじりをさげた。そして彼はポツリとつぶやいた。
「出あったばかりのころのおまえは、なんだかいつも私から目をそむけているようだったから、きっと嫌われているのだろうとずっと思っていた」
「ちがうよ、ちゃんと見れなかったの……その、マリポーサがあんまりステキだから、それでつい」
「そうなのか?」
「うん」
「それは、もっと早く知りたかったものだ」
もはや彼女は天国にいるような心もちだった。気がつけば笑みをうかべたマリポーサのまわりでキラキラと光の粒がかがやいているのがみえた。
――あの光ってなんだろう。きっと目にみえないほどのちいさな粒がライトを光を反射して、それが輝いているんだろう。これって超人ならみんなできるんだろうか。でもきっと、彼だけのような気がする。むしろそうであって欲しい。そうすれば、わたしがこのキラキラをひとり占めできるから。
「おまえ、今度こそ酔っているだろう」
「ううん酔ってない」
まさか、あなたに見とれて夢心地だったとは言えないが。
「これは、酔いではないのか?」
マリポーサは彼女にそっと手をのばすと、褐色のひとさし指で目尻のきわをたどった。ほんのり赤らんだ敏感な部分をくすぐるようになでられて、彼女のなかにポッとちいさな焔がともった。
マリポーサは身をかがめると、まるで刻印でも押すみたいに、彼女にひとつキスをした。
それから二人は店をでた。
「このまま、まっすぐ帰るか?」
「マリポーサのうちに……いってもいい?」
「ああ、もちろん」
マリポーサはモバイルを繰って、すばやくタクシー呼んだ。いくらもしないうちに、彼らに向かって近づいてくるヘッドライトがみえた。
「タクシーがきたようだ」
黒塗りのセダンがマリポーサの目の前にスゥ、と横づけされた。音もなくひらいたドアの向こうにマリポーサが身をしずませる。そのしぐさはまるで横づけされた馬車にのって式典をひきあげる貴人のようで、幼いころの彼――まさに真逆の――がまるで偽りであるように感じられるほどの気高さだった。
それともそれは心さえ、志さえあれば何人 にも自然と備わるものなのだろうか。
「ほら」
マリポーサは車中から身をかたむけ、彼女に手をさしのべた。
――わたしもこの超人 にふさわしい人間でありたい。
彼女は心からそう願いながらマリポーサの手をとって、彼と同じ車内に乗りこむのだった。
end
(2025.07.16 書き下ろし)
ここのところ仕事が忙しくて週末も出ずっぱりだった。一度だけ会う約束をしていたけど、直前で仕事が入ってボツになっていた。ちなみにマリポーサはだいたい忙しい。
「ごめんなさい。本当に会いたかったのに」そうなげくと、マリポーサは次に会う日が待ちどおしい」と言ってくれて、電話をきったあと、彼女はしばらく余韻にひたったりした。いちどだけ代休がとれたけど、こんどはマリポーサの都合がつかなくて、彼女はかわりに美容院にいって担当の美容師にひとくさり愚痴をこぼしてかろうじて溜飲をさげた。
今夜はマリポーサが「雰囲気のいい店をみつけたんだ」と言って、まず蕎麦屋にいった。こみいった路地のつきあたりにある古民家のような一軒家で、二人は小あがりの席でさし向かいになってせいろをたぐった。
彼は王位争奪戦で日本にやってくるまで、箸で食事をしたことなどなかったが、今ではすっかり上手にあやつっている。空中戦というトリッキーな戦法スタイルを得意とするマリポーサならではの器用さだ。
腹がくちくなって店をでたあと「まだゆっくりできるだろう?」と、マリポーサは彼女を二軒目の店にさそった。
こんどの店は、うってかわってゴージャスな雰囲気のオーセンティックなバーだった。ゴージャス、といっても見た目を追求しただけの華美なものではなく、質のよい建材や調度品でととのえられた、ゆったりとくつろげるしつらえになっていた。彼が二人ですごす時間を大切に思っていることが、この店を選んだことからもよく伝わってきて、彼女はうれしかった。
それは、彼女が二杯目のピニャ・コラーダをはんぶんほど飲みおえたタイミングだった。
「おまえ、夏の休みはとれそうか?」
来月には仕事もひと段落する予定で、上司からも代休をまとめてとっていいと(口約束だったが)許可をもらっていた。
「うん、大丈夫だと思う」
「もし休みがとれるなら、どこか旅行でもいかないか?」
「ほんと!?」
「ああ、海でも山でも。おまえのいきたいところにいこう」
「うれしい!」
初めての旅行!ああ、どこにしようか。彼女のあたまのなかは一瞬でリゾートのイメージで満たされた。涼しげな高原のリゾートホテルでゆっくりするか。海なら、泳げるかもしれない。ふいに去年の夏のマリポーサの水着姿を思いだして、とたんに顔がカッと熱くなった。
すると、マリポーサは彼女の顔をのぞきこんで言った。
「顔が赤いな」
「そうかな、赤い?」
「すこしペースが速いんじゃあないか?」
「そんなこと、ないと思うけど」
「仕事あがりだ。疲れているときは酔いのまわりもいつもと違う。気をつけたほうがいい」
「うん、そうだね」
それから、マリポーサの言葉にしたがっていつもよりペースをおとして飲んだ。あいまにフードも。
「酒ばかりでは胃によくない」
そう言ってマリポーサが選んでくれたのはフレンチトーストだった。だけど運ばれてきたのは、いつも彼女が友だちと日曜日にカフェで食べているようなスイーツではなかった。ちいさなバゲットに卵液をしませて焼いてあるところまでは同じだけど、そのうえにはホイップのかわりにマスカルポーネチーズがのっていて、シロップでなくてクシャッと丸まった生ハムがひと切れのっていた。ナイフもフォークもなくて、だから手でつまんで食べられるようにこの大きさなのだろう。口にはこぶと、オリーブオイルの青く若々しい香りがふわりと鼻にぬける。
マリポーサは料理にあわせたベリーニもオーダーしてくれた。桃の果汁をシャンパンでわったカクテルだが、ちょうど旬の時期だったので今夜は生の桃をスクイーズしたものでつくってあった。グラスをかたむけると、豊饒な桃の香りとシャンパンのきめの細かい泡がのどをすべりおちていく。
彼女は自らの幸福を再確認するみたいにホゥ、とちいさくため息をついた。となりにはすっかりくつろいだマリポーサがいて、おだやかな眼差しをこちらにむけている。うれしくて彼女がほほえむと、マリポーサもまたマスク越しにまなじりをさげた。そして彼はポツリとつぶやいた。
「出あったばかりのころのおまえは、なんだかいつも私から目をそむけているようだったから、きっと嫌われているのだろうとずっと思っていた」
「ちがうよ、ちゃんと見れなかったの……その、マリポーサがあんまりステキだから、それでつい」
「そうなのか?」
「うん」
「それは、もっと早く知りたかったものだ」
もはや彼女は天国にいるような心もちだった。気がつけば笑みをうかべたマリポーサのまわりでキラキラと光の粒がかがやいているのがみえた。
――あの光ってなんだろう。きっと目にみえないほどのちいさな粒がライトを光を反射して、それが輝いているんだろう。これって超人ならみんなできるんだろうか。でもきっと、彼だけのような気がする。むしろそうであって欲しい。そうすれば、わたしがこのキラキラをひとり占めできるから。
「おまえ、今度こそ酔っているだろう」
「ううん酔ってない」
まさか、あなたに見とれて夢心地だったとは言えないが。
「これは、酔いではないのか?」
マリポーサは彼女にそっと手をのばすと、褐色のひとさし指で目尻のきわをたどった。ほんのり赤らんだ敏感な部分をくすぐるようになでられて、彼女のなかにポッとちいさな焔がともった。
マリポーサは身をかがめると、まるで刻印でも押すみたいに、彼女にひとつキスをした。
それから二人は店をでた。
「このまま、まっすぐ帰るか?」
「マリポーサのうちに……いってもいい?」
「ああ、もちろん」
マリポーサはモバイルを繰って、すばやくタクシー呼んだ。いくらもしないうちに、彼らに向かって近づいてくるヘッドライトがみえた。
「タクシーがきたようだ」
黒塗りのセダンがマリポーサの目の前にスゥ、と横づけされた。音もなくひらいたドアの向こうにマリポーサが身をしずませる。そのしぐさはまるで横づけされた馬車にのって式典をひきあげる貴人のようで、幼いころの彼――まさに真逆の――がまるで偽りであるように感じられるほどの気高さだった。
それともそれは心さえ、志さえあれば
「ほら」
マリポーサは車中から身をかたむけ、彼女に手をさしのべた。
――わたしもこの
彼女は心からそう願いながらマリポーサの手をとって、彼と同じ車内に乗りこむのだった。
end
(2025.07.16 書き下ろし)
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