先ぶれ(バッファローマン夢小説)
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気がつくと、空のむこうに墨を流したような黒雲がわき上がっていた。
そこへとつぜんの雨。
ポツンとひと粒、わりと大きな滴が額にあたる。とても冷たいわけではなくて、なんだかゆるい輪郭の、生あたたかいそれ。
「あ、あめ――」
「だ」を言いおえる間もなく、次から次へとあとをおって、雨つぶがバッファローマンと彼女に降りそそぐ。文字どおりの驟雨だった。
「ひでぇな、こりゃ」
脳天気な二人は傘など持っていない。そして目にはいる範囲で雨やどりのできそうな場所もなかった。二人はあっという間にぬれネズミ(と、ぬれ牛)になって、トボトボ歩きつづけていた。
めざしていた駅までは、歩いてあと十五分くらい。バッファローマンならば十分を切るだろうが、もちろん彼女をおいていくなど彼がするはずもない。
いまやバッファローマンのトレードマークである縮毛は、ドレッドヘアのようないくつもの毛束になっている。お気にいりの赤いアロハシャツもすっかりぬれた結果、生来の皮膜であるかのように肌に貼りついていた。
彼女もまたさして変わらないありさまだった。ウェッジソールのサンダルは水をすって、歩くたびにガボガボとマヌケな足音をたてているし、綿のワンピースは足すそがまとわりついて歩きにくいことこのうえない。
「今日はずっと晴れだって言ってたのに……」
「誰かさんの日ごろのおこないが悪 ぃんじゃないか?」
「わかる。もじゃもじゃアタマで角がはえてる人でしょ」
「おい」
そんなかけ合いに花をそえようとでもいわんばかりに、しのつく雨はさらにいきおいを増す。
「うわ、たまんねぇな、コリャ」
バッファローマンはみずからの小脇に彼女を抱えよせた。
「……ありがと」
「焼け石にナントカ、だけどな」
そのうちあたりに雷鳴がとどろきはじめた。腹のそこにひびく、転がるような低い音。あいまに追い打ちをかけるように、稲光があたりをカッと照らしだす。
それらはたちまち彼女の胃の腑をわしづかみにした。
「キャッ!」
「まいったな、フルコースか」
こうなってはともかく黒雲の上のだれかが、バッファローマンのロングホーンに照準をさだめて雷をおとす前に、目的地にたどり着くしかない。
二人は顔をうつむけて、できる限りの早足で駅へといそいだ。
粛々と、まるで巡礼のように歩くうちに雨はやっと小やみになっていた。しかし雷雲だけはしつこく居座りつづけて、まるでスイカを食べすぎて腹具合をわるくしたみたいに、ゴロゴロとぶっそうな音をいつまでもひびかせている。なんだか不運に追いたてられているような気分になって、ポツリと彼女はつぶやいた。
「ついてないな、ひさしぶりのお休みなのに」
「そういう日も、あるさ」
それでもバッファローマンはそれなりの気分だった。蒸し風呂のような暑さと濡れてはりつく衣類がわずらわしくないといったらウソになるけれど、大きな自分とちいさな彼女がまるきり同じにびしょ濡れになって歩いている。
そこにはどこかコントのようなおかしみがあった。
そのとき、なにかの終わりを告げるような、ひとすじの冷たい風が、ぬるい空気のなかをとおりぬけていった。それに気がついたバッファローマンが風のやってきた方向に目をむけると、はるかむこうの雲間から、蒼天がほんの少しだけ顔をのぞかせていた。
それは、いつだってどうにかこうにか帳尻あわせをして、自分のことも世界のことも切り回してきたバッファローマンを後押しするような景色だった。
(――ほらな)
「なあ」
バッファローマンの呼びかけに彼女が振り向くと、彼は遠くの空に視線をむけていた。そうして 「見てみな」と彼女を抱きあげて、丸太のように盛りあがった自身の肩にのせた。
彼女はみた。
バッファローマンがさし示す先を。
暗い雨のさきで二人を待っている、明るく晴れがましい世界の先ぶれを。
end
(2025.07.11 書き下ろし)
そこへとつぜんの雨。
ポツンとひと粒、わりと大きな滴が額にあたる。とても冷たいわけではなくて、なんだかゆるい輪郭の、生あたたかいそれ。
「あ、あめ――」
「だ」を言いおえる間もなく、次から次へとあとをおって、雨つぶがバッファローマンと彼女に降りそそぐ。文字どおりの驟雨だった。
「ひでぇな、こりゃ」
脳天気な二人は傘など持っていない。そして目にはいる範囲で雨やどりのできそうな場所もなかった。二人はあっという間にぬれネズミ(と、ぬれ牛)になって、トボトボ歩きつづけていた。
めざしていた駅までは、歩いてあと十五分くらい。バッファローマンならば十分を切るだろうが、もちろん彼女をおいていくなど彼がするはずもない。
いまやバッファローマンのトレードマークである縮毛は、ドレッドヘアのようないくつもの毛束になっている。お気にいりの赤いアロハシャツもすっかりぬれた結果、生来の皮膜であるかのように肌に貼りついていた。
彼女もまたさして変わらないありさまだった。ウェッジソールのサンダルは水をすって、歩くたびにガボガボとマヌケな足音をたてているし、綿のワンピースは足すそがまとわりついて歩きにくいことこのうえない。
「今日はずっと晴れだって言ってたのに……」
「誰かさんの日ごろのおこないが
「わかる。もじゃもじゃアタマで角がはえてる人でしょ」
「おい」
そんなかけ合いに花をそえようとでもいわんばかりに、しのつく雨はさらにいきおいを増す。
「うわ、たまんねぇな、コリャ」
バッファローマンはみずからの小脇に彼女を抱えよせた。
「……ありがと」
「焼け石にナントカ、だけどな」
そのうちあたりに雷鳴がとどろきはじめた。腹のそこにひびく、転がるような低い音。あいまに追い打ちをかけるように、稲光があたりをカッと照らしだす。
それらはたちまち彼女の胃の腑をわしづかみにした。
「キャッ!」
「まいったな、フルコースか」
こうなってはともかく黒雲の上のだれかが、バッファローマンのロングホーンに照準をさだめて雷をおとす前に、目的地にたどり着くしかない。
二人は顔をうつむけて、できる限りの早足で駅へといそいだ。
粛々と、まるで巡礼のように歩くうちに雨はやっと小やみになっていた。しかし雷雲だけはしつこく居座りつづけて、まるでスイカを食べすぎて腹具合をわるくしたみたいに、ゴロゴロとぶっそうな音をいつまでもひびかせている。なんだか不運に追いたてられているような気分になって、ポツリと彼女はつぶやいた。
「ついてないな、ひさしぶりのお休みなのに」
「そういう日も、あるさ」
それでもバッファローマンはそれなりの気分だった。蒸し風呂のような暑さと濡れてはりつく衣類がわずらわしくないといったらウソになるけれど、大きな自分とちいさな彼女がまるきり同じにびしょ濡れになって歩いている。
そこにはどこかコントのようなおかしみがあった。
そのとき、なにかの終わりを告げるような、ひとすじの冷たい風が、ぬるい空気のなかをとおりぬけていった。それに気がついたバッファローマンが風のやってきた方向に目をむけると、はるかむこうの雲間から、蒼天がほんの少しだけ顔をのぞかせていた。
それは、いつだってどうにかこうにか帳尻あわせをして、自分のことも世界のことも切り回してきたバッファローマンを後押しするような景色だった。
(――ほらな)
「なあ」
バッファローマンの呼びかけに彼女が振り向くと、彼は遠くの空に視線をむけていた。そうして 「見てみな」と彼女を抱きあげて、丸太のように盛りあがった自身の肩にのせた。
彼女はみた。
バッファローマンがさし示す先を。
暗い雨のさきで二人を待っている、明るく晴れがましい世界の先ぶれを。
end
(2025.07.11 書き下ろし)
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