L(キン肉マン二次小説)
Unsealing
酒を買いに行くならさっさと出かけたほうがいい。陽が落ちればすぐにまた足元から這い上るような寒気が訪れるだろうから。ブロッケンJr.は手早く戸締まりと火の用心を済ませ、玄関のコートハンガーに掛けっぱなしのウールでできたぶ厚いミリタリーコートを手にとって袖をとおした。
街へ出た彼は、雑多な人混みとそこかしこに施されたきらびやかな装飾、そして浮き立った明るい雰囲気に、やっと今日がクリスマスだということを思い出した。屋敷に籠りきりとはいえ、こんな大きなイベントにさえ無関心な自分に軽く呆れた。それとも一人者の中年男ならこんなものだろうか。
ショーウインドウに己の姿を映してみる。頬はこけて無精髭はのび放題、髪はボサボサ。白目が黄色く濁っているのは飲みすぎた翌日の常だ。その様子に我がことながら、彼の気鬱はいや増した。街の様子と反比例するように気分が沈んでいく。
「世界で一番クリスマスから縁遠い人間がここにいるぞ」と、思わず大声で喧伝してやりたくなった。
彼は外出の頻度を最低限にしようと、不精っ気をだして持てるだけの量の酒を買い求めて自邸に帰りついた。飲んだくれていても超人、重さはどうということはない。彼よりも買い物袋のほうが先に音をあげそうだった。門扉を開こうと手にした袋を持ち替えると、なかの酒瓶がこすれあってガチャリと悲鳴をあげた。
開いた鉄扉の向こうにスロープが続く。突きあたりの玄関ドアの前には、出かけるときにはなかった箱が四つ置かれていた。大きな箱がひとつ、小箱がふたつに薄い箱がひとつ。
ブロッケンJr.は箱に貼られた送り状の差出人名にハッと息を飲むと、酒瓶のはいった袋をあわてて地面におろし、四つの箱を邸内に運んだ。
リビングに運びこまれた荷物は大きいものがバッファローマン、小さなものはザ・ニンジャとアシュラマン、薄いものにはキン肉マンソルジャーの名がそれぞれ記されていた。
四人が同時に物を送ってくるなど、一体どうしたというのだ。
ブロッケンJr.は大事に持ち帰った酒瓶を足元に放ったらかしたまま、箱を前にして考えあぐねていた。しかしどんなに頑張って頭をひねっても答えはでない。あげくに何か恐ろしいものがなかに詰まっているのではと、怖気づくに至った。それはおそらくブロッケンJr.のなかにある、チームメイトに対する後ろめたさから生じたものだ。落ちぶれて気概をなくし、超人血盟軍副将を名乗る資格を失った自分。
それでもそれらの箱はブロッケンJr.が開けなければ、ずっとそのままだ。意を決した彼は、まずバッファローマンから送られた大きな箱に手をかけた。見た目に違わずズシリと重い。配送用の梱包用紙をビリビリと無頓着に破いていく。なかからは鮮やかな赤い包みが現れた。緑のリボンの結び目には小さな柊の飾りがついている。
「クリスマス……プレゼント?」
ブロッケンJr.は先ほどよりややていねいな手つきでラッピングを解いた。箱のなかには缶詰や瓶詰め、焼き菓子、乾燥パスタなどが詰まっていた。缶詰の種類はアンチョビ、オイルサーディン、ツナ、オイル漬けのムール貝など。それから種抜き、種あり、スタッフドなどの様々なオリーブ。
小さなギフトカードがそれらの上にチョコンとのっていた。ブロッケンJr.がカードをひらくと、筆圧の高い太い文字で祝いのメッセージと一文がそえられていた。
――酒を飲むときは食べ物も一緒にとるように、と。
ブロッケンJr.は思わずつぶやいた。
「アンタは俺のムッターかよ」
気づかないうちに胸の奥底からじんわりと温かいものが沸き上がり、口の端に笑みがうかぶ。
ずっと使っていなかった頬の筋肉がミシリと強ばった。
次に彼はザ・ニンジャから送られた箱を開けることにした。包みを解くと手のひらに収まるくらいの白い桐箱が現れた。そっと蓋を開けると、真綿をしきつめた箱の中央に美しい組紐でつながれた五つの鈴が納められていた。それらの鈴は下から順に赤銅色、銀青色、黒鉄色、柳緑、草色をしていて、ブロッケンJr.がつまみ上げてそっとゆらすと、チリンと五つの音がした。その音がなんとも心地よくて、そのまま彼はいくどか鈴を揺らした。聴き分けると音色はひとつずつ微妙に異なっていて、それら全てが合わさることで得もいわれぬ響きになっていることに気がついた。
「……ニンジャ」
ブロッケンJr.は思わずギュ、と五つの鈴を手のなかにくるみこんだ。鈴の他にメッセージカードのようなものは一切なくて、はなはだそっけない。だけどかえってそれがニンジャらしかった。言葉にせずとも伝わる想いが、そこには込められていると感じられたから。
彼は自身の体温であたたまった鈴をそうっとテーブルに乗せると、次にアシュラマンの箱を手に取った。
およそ15センチ四方の箱を開けると、アクリル箱のなかに収められた、とても小さな鉢植えが姿をあらした。土からは銀色の茎が一本のびていて、頂点でカーブを描き、たおやかにうつ向いている。先端にはこれもまた小さな紫色の花がポツンとひとつ雫のようにぶら下がっていた。形状は百合に似ているが表面はビロードのような柔毛におおわれている。色といい形といい、きっとドイツでは――いや、地上のどこでも見られないもの。
鉢植えには瀟洒なメッセージカードがそえられていた。かな釘のような独特の筆致でおよそ以下の内容が記されていた。
これは魔界の花であること、
絶対に水を与えてはいけないこと、
枕元におくと悪夢を遠ざけること。
そして末行は「貴殿は魔界の貴人と親しくする者であるのだから、それにふさわしくあるよう務めよ」という言葉で締めくくられていた。
尊大で大上段な文面の裏に透ける真意に、ブロッケンJr.はつい苦笑いを浮かべてつぶやいた。
「相変わらず、素直じゃねえなあ」
最後に手に取ったのはキン肉マンソルジャーの包みだった。手のひらに感じる重さはいままでのなかで一番軽い。だけど彼は、まるで審判をうけるような面持ちでそろりと包装を解いた。小型の薄箱から姿を現したのは一葉の栞だった。艶やかなオイルレザーで仕立てられた簡素なそれを手にとると、手ざわりはしっとりとなめらかで、だけど丹念になめされた強かさもたしかに感じられた。質実剛健なたたずまいは、即ち贈り主その人をブロッケンJr.に思い起こさせた。
かつてブロッケンJr.が血盟軍の四人を初めてこの邸に迎え入れたとき、キン肉マンソルジャーは彼の書斎にひどく関心を示していた。口数少なく、その出で立ちゆえに心中を察するに難いこの超人が、そんなふうに心情を露にするのはたいへん珍しいことだったので、ブロッケンJr.はよく覚えていた。
ふと、彼は手にした栞に焼き印が施されていることに気がついた。
そこにはたった一文字、こう記されていた。
『L 』、と。
その瞬間、ブロッケンJr.は栞を胸にかき抱いてクシャリと顔を歪めた。
「キャプテン……」
うつ向いた彼の表情を知るすべはなかったが、その肩は小刻みにずっと揺れていた。
クリスマスの聖夜もブロッケンJr.は酒を飲んだ。染みついた習慣はすぐに改められるものではないし、懊悩と倦怠も彼のなかにいまだ根を張り続けている。それでもその夜はほんとうに久しぶりに(ソファではなく)ベッドで眠りについた。
枕もとでは魔界の花が彼の眠りを静かに見守っている。
彼の心のなかには少しだけ陽の光が射し始めていた。
それからしばらくが経って、四人の男たちのもとにそれぞれ一通の手紙が届けられた。
簡素なアイボリーのカードにはただ一言「Danke schön 」とだけ記されていた。
宇宙で、地の底で、そして熱く乾いた国で。
それぞれのカードを手にした男たちの口元に、小さく温かな微笑みがうかんでいた。
end
初出:pixiv 2020.12.24)
酒を買いに行くならさっさと出かけたほうがいい。陽が落ちればすぐにまた足元から這い上るような寒気が訪れるだろうから。ブロッケンJr.は手早く戸締まりと火の用心を済ませ、玄関のコートハンガーに掛けっぱなしのウールでできたぶ厚いミリタリーコートを手にとって袖をとおした。
街へ出た彼は、雑多な人混みとそこかしこに施されたきらびやかな装飾、そして浮き立った明るい雰囲気に、やっと今日がクリスマスだということを思い出した。屋敷に籠りきりとはいえ、こんな大きなイベントにさえ無関心な自分に軽く呆れた。それとも一人者の中年男ならこんなものだろうか。
ショーウインドウに己の姿を映してみる。頬はこけて無精髭はのび放題、髪はボサボサ。白目が黄色く濁っているのは飲みすぎた翌日の常だ。その様子に我がことながら、彼の気鬱はいや増した。街の様子と反比例するように気分が沈んでいく。
「世界で一番クリスマスから縁遠い人間がここにいるぞ」と、思わず大声で喧伝してやりたくなった。
彼は外出の頻度を最低限にしようと、不精っ気をだして持てるだけの量の酒を買い求めて自邸に帰りついた。飲んだくれていても超人、重さはどうということはない。彼よりも買い物袋のほうが先に音をあげそうだった。門扉を開こうと手にした袋を持ち替えると、なかの酒瓶がこすれあってガチャリと悲鳴をあげた。
開いた鉄扉の向こうにスロープが続く。突きあたりの玄関ドアの前には、出かけるときにはなかった箱が四つ置かれていた。大きな箱がひとつ、小箱がふたつに薄い箱がひとつ。
ブロッケンJr.は箱に貼られた送り状の差出人名にハッと息を飲むと、酒瓶のはいった袋をあわてて地面におろし、四つの箱を邸内に運んだ。
リビングに運びこまれた荷物は大きいものがバッファローマン、小さなものはザ・ニンジャとアシュラマン、薄いものにはキン肉マンソルジャーの名がそれぞれ記されていた。
四人が同時に物を送ってくるなど、一体どうしたというのだ。
ブロッケンJr.は大事に持ち帰った酒瓶を足元に放ったらかしたまま、箱を前にして考えあぐねていた。しかしどんなに頑張って頭をひねっても答えはでない。あげくに何か恐ろしいものがなかに詰まっているのではと、怖気づくに至った。それはおそらくブロッケンJr.のなかにある、チームメイトに対する後ろめたさから生じたものだ。落ちぶれて気概をなくし、超人血盟軍副将を名乗る資格を失った自分。
それでもそれらの箱はブロッケンJr.が開けなければ、ずっとそのままだ。意を決した彼は、まずバッファローマンから送られた大きな箱に手をかけた。見た目に違わずズシリと重い。配送用の梱包用紙をビリビリと無頓着に破いていく。なかからは鮮やかな赤い包みが現れた。緑のリボンの結び目には小さな柊の飾りがついている。
「クリスマス……プレゼント?」
ブロッケンJr.は先ほどよりややていねいな手つきでラッピングを解いた。箱のなかには缶詰や瓶詰め、焼き菓子、乾燥パスタなどが詰まっていた。缶詰の種類はアンチョビ、オイルサーディン、ツナ、オイル漬けのムール貝など。それから種抜き、種あり、スタッフドなどの様々なオリーブ。
小さなギフトカードがそれらの上にチョコンとのっていた。ブロッケンJr.がカードをひらくと、筆圧の高い太い文字で祝いのメッセージと一文がそえられていた。
――酒を飲むときは食べ物も一緒にとるように、と。
ブロッケンJr.は思わずつぶやいた。
「アンタは俺のムッターかよ」
気づかないうちに胸の奥底からじんわりと温かいものが沸き上がり、口の端に笑みがうかぶ。
ずっと使っていなかった頬の筋肉がミシリと強ばった。
次に彼はザ・ニンジャから送られた箱を開けることにした。包みを解くと手のひらに収まるくらいの白い桐箱が現れた。そっと蓋を開けると、真綿をしきつめた箱の中央に美しい組紐でつながれた五つの鈴が納められていた。それらの鈴は下から順に赤銅色、銀青色、黒鉄色、柳緑、草色をしていて、ブロッケンJr.がつまみ上げてそっとゆらすと、チリンと五つの音がした。その音がなんとも心地よくて、そのまま彼はいくどか鈴を揺らした。聴き分けると音色はひとつずつ微妙に異なっていて、それら全てが合わさることで得もいわれぬ響きになっていることに気がついた。
「……ニンジャ」
ブロッケンJr.は思わずギュ、と五つの鈴を手のなかにくるみこんだ。鈴の他にメッセージカードのようなものは一切なくて、はなはだそっけない。だけどかえってそれがニンジャらしかった。言葉にせずとも伝わる想いが、そこには込められていると感じられたから。
彼は自身の体温であたたまった鈴をそうっとテーブルに乗せると、次にアシュラマンの箱を手に取った。
およそ15センチ四方の箱を開けると、アクリル箱のなかに収められた、とても小さな鉢植えが姿をあらした。土からは銀色の茎が一本のびていて、頂点でカーブを描き、たおやかにうつ向いている。先端にはこれもまた小さな紫色の花がポツンとひとつ雫のようにぶら下がっていた。形状は百合に似ているが表面はビロードのような柔毛におおわれている。色といい形といい、きっとドイツでは――いや、地上のどこでも見られないもの。
鉢植えには瀟洒なメッセージカードがそえられていた。かな釘のような独特の筆致でおよそ以下の内容が記されていた。
これは魔界の花であること、
絶対に水を与えてはいけないこと、
枕元におくと悪夢を遠ざけること。
そして末行は「貴殿は魔界の貴人と親しくする者であるのだから、それにふさわしくあるよう務めよ」という言葉で締めくくられていた。
尊大で大上段な文面の裏に透ける真意に、ブロッケンJr.はつい苦笑いを浮かべてつぶやいた。
「相変わらず、素直じゃねえなあ」
最後に手に取ったのはキン肉マンソルジャーの包みだった。手のひらに感じる重さはいままでのなかで一番軽い。だけど彼は、まるで審判をうけるような面持ちでそろりと包装を解いた。小型の薄箱から姿を現したのは一葉の栞だった。艶やかなオイルレザーで仕立てられた簡素なそれを手にとると、手ざわりはしっとりとなめらかで、だけど丹念になめされた強かさもたしかに感じられた。質実剛健なたたずまいは、即ち贈り主その人をブロッケンJr.に思い起こさせた。
かつてブロッケンJr.が血盟軍の四人を初めてこの邸に迎え入れたとき、キン肉マンソルジャーは彼の書斎にひどく関心を示していた。口数少なく、その出で立ちゆえに心中を察するに難いこの超人が、そんなふうに心情を露にするのはたいへん珍しいことだったので、ブロッケンJr.はよく覚えていた。
ふと、彼は手にした栞に焼き印が施されていることに気がついた。
そこにはたった一文字、こう記されていた。
『
その瞬間、ブロッケンJr.は栞を胸にかき抱いてクシャリと顔を歪めた。
「キャプテン……」
うつ向いた彼の表情を知るすべはなかったが、その肩は小刻みにずっと揺れていた。
クリスマスの聖夜もブロッケンJr.は酒を飲んだ。染みついた習慣はすぐに改められるものではないし、懊悩と倦怠も彼のなかにいまだ根を張り続けている。それでもその夜はほんとうに久しぶりに(ソファではなく)ベッドで眠りについた。
枕もとでは魔界の花が彼の眠りを静かに見守っている。
彼の心のなかには少しだけ陽の光が射し始めていた。
それからしばらくが経って、四人の男たちのもとにそれぞれ一通の手紙が届けられた。
簡素なアイボリーのカードにはただ一言「
宇宙で、地の底で、そして熱く乾いた国で。
それぞれのカードを手にした男たちの口元に、小さく温かな微笑みがうかんでいた。
end
初出:pixiv 2020.12.24)
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