L(キン肉マン二次小説)

Wine cellar

朝から嫌なことを思い出してしまった。ブロッケンJr.はかぶりをふって物思い追いやると、苦々しい気分のままキッチンへに足をむけた。熱いコーヒーでも飲めば少しはシャッキリするだろう。少々古めかしくはあるものの、キッチオンは整理整頓がゆきとどいており、必要な品々がまんべんなくそろっている。それは長年ブロッケン家に仕えているハウスキーパーによるものだ。彼女は定期的に屋敷を訪れて、キッチンの他にも生活に必要なエリアを整えてくれている。でなければ、この屋敷はとっくに廃墟と化していただろう。
それでもクリスマスを目前にひかえ、彼女は先週から長期休みをとっていた。子供や孫にかこまれてそのまま新年を迎えるらしい。結構なことだ。人生の晩年はそうありたい。
ブロッケンJr.はコーヒーの湯気が立ち上るマグカップに口をつけながら、あてどなく冷蔵庫や食材をおさめたキャビネットを開け閉めした。どちらにも彼女が不在のあいだに主が不自由しないよう、食料や飲料がたっぷりとそろえられていた。
唯一、アルコールをのぞいて。
敬虔な福音派プロテスタントのハウスキーパーは自らの飲酒を禁じるだけではなく、存在そのものをつねに身のまわりから遠ざけていた。要するに「酒を飲むなら当主自ら買ってこい」ということだ。だから酒類の管理だけはブロッケンJr.自らが行っている。
コーヒーを飲みおえた彼は、夕べ、飲みほした赤ワインのボトルが買い置きの最後の一本だったことを思いだした。
あらためて冷蔵庫とキャビネットを確認してみたけれど、ワインはおろかビールすらなかった。
ブロッケンJr.は一縷の望みをかけて、久しぶりに地下のワインセラーをのぞくことにした。

地下へと続く古びた扉をあけると、じっとりとした冷気が漂いでて彼の足元にまつわりついた。階段のおりた先の室内は照明スイッチをいれてもほの暗く、オレンジ色の明かりに照らしだされた内部は最後に訪れたときと寸分たがわない。ぐるりと部屋をとりかこんだ壁には天井まで届く木棚が据えつけられていて、そこはやっぱり空だった。酒を補充するのは彼だけなのだから当たり前なのだが。
ブロッケンJr.は再確認するようにため息をついた。

かつてはそこにワインボトルが上から下までビッシリと陳列されていた。彼はまだ幼くてそれらの酒を口にすることが許されていなかったけれど、今なら垂涎ものの銘柄もあったことを覚えている。
まだブロッケン一族の名前に栄華の名残があった頃のことだ。一族はずっと軍閥の家系で、戦うことが誇りでありレゾンデートルであった。
父・ブロッケンマンの大きく逞しい背中は、ブロッケンJr.にとって一族の象徴そのもので、彼は父親に追いつくよう、そして家名に恥じぬよう、後嗣としてひたすらに己を鍛え上げた。
ついに一族の軍帽をかぶることが許されたとき、そこに留められた鷲の紋章がどれだけまばゆく輝いてみえたことか。その様を心に思い浮かべれば、あのとき感じた高揚と歓喜がいまも鮮やかに胸に甦る。そして父も、それと寸分違わぬものを感じていたに違いない。名高い軍人であった彼はいつだって鉄を被ったようにみえて、けして感情を表に出すことなどなかったけれど、あの時だけは喜びにあふれた満面の笑みを息子にむけてくれたのだから。
――だけどそれから長い時間がたって、世界の有りようはずいぶんと変わってしまった。
そしてそのなかでブロッケンJr.に一番大きな影響をおよぼしたのは、しばらく前に訪れた社会システムの刷新だった。経済、生活様式、人々の価値観。ありとあらゆるものが短期間のうちに従来とは全く異なるものに変わり、不幸なことに彼は新しいその波へ上手に乗り移ることができなかった。

ブロッケンJr.は地下室の階段を登りぎわ、背後の部屋を一瞥して思った。
がらんどうになったこのワインセラーは、今の自分とそっくりだ。
埃をかぶったまま打ち捨てられ、誰ひとり見向きもしない。
3/4ページ