永遠の子ども(キン肉マン二次小説)

招宴仕舞い

鈍器で頭を叩かれるような痛み、そして喉の渇きをおぼえてバッファローマンは目をさました。見覚えのない天井。彼はカーペットの床に直に寝転がっており、お情けていどの薄い毛布が身体にかけられていた。毛布をわきにのけて身をおこす。夕べから着たきりになっている黒のスラックスとワインレッドのドレスシャツはどちらもシワだらけになっていた。彼があたりを見わたすと、壁の一面はガラスにおおわれていて、そこからふんだんに陽がさしこんでいる。いま自分がいるのは上等なホテルの室内だろうと察せられた。
(――オレ、ここに泊まったのか?)
その瞬間、部屋の向こうでドアの開く音がした。バッファローマンがそちらに眼をやると、アシュラマンが姿をあらわすところだった。そちらはバスルームなのだろう、鏡やカーテンがドアの向こうに見えた。彼はいかにもノリのきいたモーブ色のシャツ(もちろん袖は六本分ある)にピシリと線のはいったマスタード色のスラックス、ピカピカに磨きあげられた黒のエナメルシューズと、一部の隙もないいで立ちだった。そして身体をおこしたバッファローマンの姿にひとつうなずくと、さげすむように相手を見おろした。
「起きたか。それにしても夕べは飲みすぎだ。貴様は覚えていないだろうが、介抱で大変だったのだぞ」
「迷惑かけちまったんだな。悪かった」
「何だ、やけにしおらしいではないか。気味が悪い」
どう言いつくろったものか分からず、バッファローマンはガシガシと頭をかいた。
「いや、まあ。夕べは、なんていうか……」
「とりあえず食事と風呂、どちらが先でも構わないからすませろ。時間になったら部屋を出るぞ」
見れば、白いテーブルクロスがかけられた窓際のテーブルには、朝食の膳が整えられていた。
「あんたは食ったのか?」
「とっくに済ませた。ついでに言えば貴様が急に呼びつけたせいで持ってこなければならなかった仕事もな」
アシュラマンの視線につられ、バッファローマンがソファテーブルに目をやると、雑多な書類の束が山と積まれていた。
「……ほんと、すまなかった。あんたにも、ニンジャ、それからソルジャーにも」
「話すのは食事をしながらでもできるだろう」
「そうだな、じゃあ食わしてもらうわ」
バッファローマンが椅子をひいて座ると、彼の巨体を受け止めたそれはギイ、と抗議の音をたてた。カフェテーブルの上にはクランブルエッグに新鮮な葉野菜添えたものや、オレンジジュース、ミルク、コーンフレーク、厚切りのトーストなど、洋風の朝食がならんでいる。フルーツは汁気の多そうなメロンだった。ポットのコーヒーをカップにを注ぐと、快い香りと湯気がたちのぼった。
彼はもモソモソ食べ物を口にはこびながら、感じいったようにつぶやいた。
「――変わったな、あんた」
ソファに座って、書類の束を片付けていたアシュラマンは、自分への指摘にふと顔をあげた。
「何のことだ」
「昔の、現役バリバリの六騎士時代のあんたなら、絶対こんなことしなかった。自業自得とか言って、オレを捨ておいたに決まってる。夕べはオレのこと『お友だちごっこ』なんて言ってたが、傍から見たらこれだって『お友だちごっこ』みたいなモンじゃないのか?」
アシュラマンは端正な顔をしかめた。
「知ったふうな口を聞くな。ソルジャーとニンジャに『次の仕事があって面倒をみてやれないから』と頼まれたのだ。だいたいだな、さっき謝罪の言葉は聞いたが礼のひとつも言われてないぞ」
ピシャリと叩きつけるアシュラマンらしい物言いに、バッファローマンは安堵したように笑みをうかべて肩をすくめた。
「ワルい、忘れてた。感謝してる」
「そもそも我々は血盟軍で共闘するまで、同じ悪魔超人軍といえども、親しく関わることなどなかったではないか」
「そうだな。オレもあんたも――それからあの二人も、ソルジャーと関わって随分変わった気がするよ」
会話の合間にも朝食を食べ進めていたバッファローマンは、すっかり空になった皿のうえで手についたパンくずをはらい落とした。
「なあ、アシュラマン。ひとつ聞いていいか?」
「なんだ?」
「あんたは魔界の王位継承者だろ?いずれは結婚とかするのか」
「決まっているだろう、何を当たり前のことを」
「魔族の女ってのは、どうなんだ?」
質問の意図を計りかね、アシュラマンは聞き返した。
「『どう』というのは、どういう意味だ」
「だから、アレだよアレ。気性が荒いとか好戦的だとか、実は気立てがいいのも結構な数いるんだとか」
「女など、どの種族も同じだ。貴様の言葉を借りるなら、良いのも悪いのもいくらでもいる」
「いや、そうじゃなくて、何て言ったらいいか――ああ!いいや、もう」
バッファローマンは両手でアタマをかきむしると、かぶりをふった。
「結局、何が聞きたいのだ――」
ふいにアシュラマンは言葉の途中で悟ったように片眉をあげた。
「――もしかして、貴様、結婚したいのか?」
「べつに、そういう訳じゃねえけど……。夕べみたいに『おまえに所帯をもつのはムリだ』なんて断言されると気になるよな、ヤッパリ」
「カーカカカカ!これはいい!!王位の頃は女をとっかえひっかしていたおまえが!とうとう超人界のドン・ファンも引退か!?」
アシュラマンの仏頂面が文字どおりの笑い面に変じ、かわりにバッファローマンが彼の不機嫌がのり移ったようにしかめ面をうかべた。
「ヤッパリ言うんじゃなかった、忘れてくれ。悪いけど帰るわ――それからこの部屋の払いはオレにもたせてくれよ」
「王族の私が平民に金を払わせると思うのか?無礼だぞ」
アシュラマンは申し出を鼻でわらい、その様子にバッファローマンは肩をすくめた。
「なら、今回はあんたの世話になるわ。向こうに帰っても、達者でな」
「貴様こそ、息災であれよ」
「ああ、またな」
手早く身支度をととのえると、バッファローマンは片手をあげて部屋をあとにした。
「小僧を心配して大騒ぎをしたり、ソルジャーの言葉に右往左往したり――本当に忙しい奴だな、おまえは」
身の丈250㎝の角の生えた子どもを見送ったアシュラマンは、口の端にちいさな笑みをうかべ、ひとりポツンとつぶやいた。

End
(初出:pixiv 2020.04.08)
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