永遠の子ども(キン肉マン二次小説)
ずっとお城でくらしてる
東西ドイツ再統一が実現されてしばらくが経つ。
そこは昔から近隣の人々に「超人館 」と呼ばれていた。
ドイツの名門軍人ブロッケン一族が代々住まう館なのであるが、現当主・ブロッケンjr.の姿をここのところ誰も見かけていない。
いま、双角をもつ巨躯の超人がその館をを訪れていた。重厚なつくりの門柱に据えられたおもちゃのようなインターフォンを、彼は鳴らす。どこか遠くのほうでかすかなチャイムの音がひびいたような気がした。しばしののち、ボソボソとしたかすれ声がインターフォンのスピーカーから聞こえた。
「――バッファローマンか。何だ、いきなり」
バッファローマンと呼ばれた超人は、いかにも不機嫌そうなスピーカーの声音にはあえて気づいていないような陽気な声で応えた。
「よお、オレだ!野暮用で近くまで来たんだよ。連絡しないで悪いとは思ったが、最近どうしてるかと思ってな、寄ってみたんだ」
「……判った。いま行く」
玄関に姿を現した館の当主は、顔をしかめて突然の来客を出迎えた。
「ブロッケン、久しぶりだな」
「ああ、まあ入れよ」
バッファローマンはブロッケンJr.に導かれ、館に足を踏みいれた。
広い屋敷の中は生活に必要な最低限の場所だけカーテンが開いていて、その他の場所は薄暗く、ガランとしていた。掃除は行き届いているようだが、どこも何だか陰鬱な雰囲気を漂わせており、さながら館までもが主の懊悩を分かち合っているようだった。
ブロッケンJr.がある日を境に仲間たちとの連絡を絶って、もうずい分になる。会合や集まりにも一切顔を見せなくなったし、気にかけた者が電話や手紙で彼に連絡をとっても返信は絶えて久しかった。風の噂では、彼は人生に行き詰まり、心の憂さを晴らすために酒に溺れているとのことだった。そんなブロッケンJr.の身を憂えたバッファローマンは、思いたって遠くスペインから、はるばるドイツまでやってきた。用事のついでに立ち寄ったなどとは全くのウソだった。
バッファローマンは目の前を歩くブロッケンJr.の背中を、注意深く観察した。芬々と酒気を漂わせいくらか痩せてはいるが、筋肉のつきかただけは昔のままだった。トレーニングだけは欠かさず続けているのだろう。
バッファローマンはそのことに少しだけ安堵する。
己の身体を鍛える事までやめてしまったら、超人としての人生は本当に終わりだ。彼がそれを手放してしまう前に、何か自分に出来ることはないだろうか。
――ブロッケンJr.が、ブロッケンJr.でなくなってしまう前に。
バッファローマンは二十平米ほどの来客用の部屋にとおされた。厚くしきつめられた絨毯に彼の黒い革靴がしずみこむ。「そこで待っててくれ」と告げられ、彼は超人用にあつられられた大きなソファに腰かけた。なにからどんなふうに切りだしたものかバッファローマンが考えあぐねていると、ブロッケンJr.はコーヒーをみたした二つのカップを手にしてふたたび姿を現し、そのうちの一つを「ほら」とバッファローマンの前のテーブルにおいた。
「サンキュー」
ブロッケンJr.はバッファローマンと向かいあい、ソファに腰をおろした。彼はそれきりむっつりと口をとざし、チビチビとコーヒーをすすっていた。
「悪ぃな、いきなり押しかけちまって」
「ああ」
「用事でもあったんじゃねぇのか?」
「べつに」
「ちっと、痩せたんじゃねえか?」
「……かもな」
相手の気を引きたてようと、いろいろ口にしてみたものの、何を話してもおざなりな応えしか返されず、居心地の悪い沈黙がおりてしまう。業を煮やしたバッファローマンは、とうとうずっと気にかかっていたことを切りだした。
「――なぁ、酒、飲んでんのか?」
「飲んでるが。悪いか?」
バッファローマンの問いかけに、ブロッケンJr.はリモコンハットの奥からキロリと目をむけた。やっと自分にむけられた関心を失わないよう、バッファローマンはあわてて言葉を継いだ。
「べつに、悪くねえよ。人のこと言えた義理じゃない、オレの牛飲馬食は知ってるだろ?ただ、家に篭りっきりで一人で飲んでも旨くねえだろってな。ただ、それだけだよ」
「……べつに。一人なら、いくら飲もうと誰にも咎められないしな」
「お、お前さ、しばらく会わないうちに生っちろくなったんじゃないか?もう少し陽のあたるところで暮らしたほうがいい。もしお前さえよければ、しばらくスペインに来いよ。気候はいいし、メシは旨い。ワインだって、フルボディの赤なんかちょっとしたもんだ。ついでにいい女もいっぱいいる」
バッファローマンは思いつくままに語りかけた。まるで最後の希望をつなぐように。けれど、ブロッケンJr.はちいさなため息をひとつつき、神託のように告げた。
「昔っから、そうだ。食って、飲んで、それからセックス――いいな、アンタは」
「…なんだよ、ソレ」
ブロッケンJr.はことさら深くリモコンハットをかぶりなおすと、あらためてゴブラン織りの古めかしいソファに沈みこんだ。
その表情は、全く窺うことができない。
「なあ、帰ってくれないか?」
東西ドイツ再統一が実現されてしばらくが経つ。
そこは昔から近隣の人々に「
ドイツの名門軍人ブロッケン一族が代々住まう館なのであるが、現当主・ブロッケンjr.の姿をここのところ誰も見かけていない。
いま、双角をもつ巨躯の超人がその館をを訪れていた。重厚なつくりの門柱に据えられたおもちゃのようなインターフォンを、彼は鳴らす。どこか遠くのほうでかすかなチャイムの音がひびいたような気がした。しばしののち、ボソボソとしたかすれ声がインターフォンのスピーカーから聞こえた。
「――バッファローマンか。何だ、いきなり」
バッファローマンと呼ばれた超人は、いかにも不機嫌そうなスピーカーの声音にはあえて気づいていないような陽気な声で応えた。
「よお、オレだ!野暮用で近くまで来たんだよ。連絡しないで悪いとは思ったが、最近どうしてるかと思ってな、寄ってみたんだ」
「……判った。いま行く」
玄関に姿を現した館の当主は、顔をしかめて突然の来客を出迎えた。
「ブロッケン、久しぶりだな」
「ああ、まあ入れよ」
バッファローマンはブロッケンJr.に導かれ、館に足を踏みいれた。
広い屋敷の中は生活に必要な最低限の場所だけカーテンが開いていて、その他の場所は薄暗く、ガランとしていた。掃除は行き届いているようだが、どこも何だか陰鬱な雰囲気を漂わせており、さながら館までもが主の懊悩を分かち合っているようだった。
ブロッケンJr.がある日を境に仲間たちとの連絡を絶って、もうずい分になる。会合や集まりにも一切顔を見せなくなったし、気にかけた者が電話や手紙で彼に連絡をとっても返信は絶えて久しかった。風の噂では、彼は人生に行き詰まり、心の憂さを晴らすために酒に溺れているとのことだった。そんなブロッケンJr.の身を憂えたバッファローマンは、思いたって遠くスペインから、はるばるドイツまでやってきた。用事のついでに立ち寄ったなどとは全くのウソだった。
バッファローマンは目の前を歩くブロッケンJr.の背中を、注意深く観察した。芬々と酒気を漂わせいくらか痩せてはいるが、筋肉のつきかただけは昔のままだった。トレーニングだけは欠かさず続けているのだろう。
バッファローマンはそのことに少しだけ安堵する。
己の身体を鍛える事までやめてしまったら、超人としての人生は本当に終わりだ。彼がそれを手放してしまう前に、何か自分に出来ることはないだろうか。
――ブロッケンJr.が、ブロッケンJr.でなくなってしまう前に。
バッファローマンは二十平米ほどの来客用の部屋にとおされた。厚くしきつめられた絨毯に彼の黒い革靴がしずみこむ。「そこで待っててくれ」と告げられ、彼は超人用にあつられられた大きなソファに腰かけた。なにからどんなふうに切りだしたものかバッファローマンが考えあぐねていると、ブロッケンJr.はコーヒーをみたした二つのカップを手にしてふたたび姿を現し、そのうちの一つを「ほら」とバッファローマンの前のテーブルにおいた。
「サンキュー」
ブロッケンJr.はバッファローマンと向かいあい、ソファに腰をおろした。彼はそれきりむっつりと口をとざし、チビチビとコーヒーをすすっていた。
「悪ぃな、いきなり押しかけちまって」
「ああ」
「用事でもあったんじゃねぇのか?」
「べつに」
「ちっと、痩せたんじゃねえか?」
「……かもな」
相手の気を引きたてようと、いろいろ口にしてみたものの、何を話してもおざなりな応えしか返されず、居心地の悪い沈黙がおりてしまう。業を煮やしたバッファローマンは、とうとうずっと気にかかっていたことを切りだした。
「――なぁ、酒、飲んでんのか?」
「飲んでるが。悪いか?」
バッファローマンの問いかけに、ブロッケンJr.はリモコンハットの奥からキロリと目をむけた。やっと自分にむけられた関心を失わないよう、バッファローマンはあわてて言葉を継いだ。
「べつに、悪くねえよ。人のこと言えた義理じゃない、オレの牛飲馬食は知ってるだろ?ただ、家に篭りっきりで一人で飲んでも旨くねえだろってな。ただ、それだけだよ」
「……べつに。一人なら、いくら飲もうと誰にも咎められないしな」
「お、お前さ、しばらく会わないうちに生っちろくなったんじゃないか?もう少し陽のあたるところで暮らしたほうがいい。もしお前さえよければ、しばらくスペインに来いよ。気候はいいし、メシは旨い。ワインだって、フルボディの赤なんかちょっとしたもんだ。ついでにいい女もいっぱいいる」
バッファローマンは思いつくままに語りかけた。まるで最後の希望をつなぐように。けれど、ブロッケンJr.はちいさなため息をひとつつき、神託のように告げた。
「昔っから、そうだ。食って、飲んで、それからセックス――いいな、アンタは」
「…なんだよ、ソレ」
ブロッケンJr.はことさら深くリモコンハットをかぶりなおすと、あらためてゴブラン織りの古めかしいソファに沈みこんだ。
その表情は、全く窺うことができない。
「なあ、帰ってくれないか?」
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