王は途方に暮れた

キッドは彼を連れて、日本で行きつけのステーキ・ハウスのドアを開けた。店内はアメリカ西部開拓時代風の造作でふんだんに木材が使われ、これもまた木材で出来たテーブル席に二人は向かい合って腰をかけた。
「こういうお店は初めてです」
チェックは店内を見渡すといかにも嬉しそうに言った。
「一度、連れてこようと思ってたんだ。チェックは食べることが好きだから」
「ハハ、お恥ずかしい」
孤児時代のチェックはずっと栄養状態が悪く、その肉体は脆弱であった。サンシャインはそれを格闘超人にふさわしい肉体に変えるため、タンパク質の豊富なゆで卵の白身や鶏のササミばかりを食事として彼に与えた。そんな簡素な食べ物しか知らなかったチェックは、正義超人になって様々な料理を知り、今ではすっかり食べることが楽しみの一つになっていた。
「さて、どれにする?」
キッドはテーブルの上のメニューを開くと相手に差し出した。
そこには部位やスパイス、ソース、焼き方などステーキのメニューがずらりと並んでいる。
「ううん……どれも美味しそうですが、こういう料理についてはサッパリなんです。良ければキッドが選んでくれませんか?」
「そうかい?それならTボーンステーキがいいんじゃないか?食べごたえのあるサーロインと、やわらかいフィレが一度に味わえるから」
「いいですね!それにします」
オーダーをとりにきたウエイターにくだんのメニューを1ポンドずつ二人前注文した。チェックが抵抗はないとのことなので焼き方はレアだ。
料理を待つあいだ、二人は万太郎の体調などについて語り合った。その流れでやがて話題は過日の「超人オリンピック ザ・レザレクション」移った。彼らも超人オリンピックにそれぞれアメリカ代表、モナコ代表として出場したが、どちらもトーナメントまで駒をすすめることは出来なかったのだ。キッドは予選第三競技の「ビーチフラッグでイェイ!」、チェックは予選第四競技の「二人三脚でZEI! ZEI!」で惜しくも敗退していた。
「何だかオリンピックが終わってから、気が抜けた感じなんだよな。自分の結果もだけど、万太郎とケビンの試合が凄すぎて毒気を抜かれた感じなんだ……悔しいけど」
「判ります、同年代の超人にあれだけ鬼気迫るファイトを見せられると焦りますね、少し」
キッドとチェックは顔を見合わせて苦笑した。

「うわ!新世代超人ニュージェネレーションのテリー・ザ・キッドとチェック・メイトだ!」

突然店内に響いた歓声へ二人が顔を向けると、派手な格好をした青年らが、こちらのテーブルに近づいてくるところだった。
「オレ、チェックのファンなんだよ!嬉しいなあ!」
なかの一人はそう言ってチェックに握手をもとめてきた。
「そうですか、それはありがとうございます」
「オリンピックは残念だったよな。オレたち会場で応援してたんだよ?チェックが予選であのデブじゃなくて他のヤツを選んでれば、絶対優勝してたのに!」
その時、キッドはチェックの表情を見て、彼の気持ちがあまり引き立っていないように思えた。
悪行超人として長く過ごしてきたため、このような場面になじみがないのだろうか。
気をきかせて彼らを遠ざけてやろうかと思った瞬間、注文したステーキが湯気を立てながら運ばれてきた。
若者たちはそれを見ると、あいさつを残してテーブルを離れていった。
「さあ、チェック。熱いうちに食おうぜ!」
キッドとチェックの目の前に置かれた鉄板の上では、ワイルドな骨つき肉のステーキがシズル感たっぷりにじゅうじゅうと音を立てている。焼けた肉の匂いや、スパイスの香りがいやおうなく若い二人の食欲を刺激した。
チェックはキッドに教えられたとおり、まずフィレの部分にナイフを入れた。一辺を切り分けると期待に満ちた眼差しで口に運ぶ。熱いかたまり肉をかみしめた瞬間、口内はうま味たっぷりの肉汁で満たされた。
「これは……!」
彼は目をみひらいて絶句した。咀嚼をつづけるうちにきめ細かな肉は段々と小さくなっていき、ついにはそれをゴクンとのみ込んだ。
「旨いだろ?」
その様子を眺めていたキッドはしてやったり、と笑みを浮かべた。
もちろん彼も柔らかなその部位を口に運んでいる。
「とてもきめが細かいんですね、それに肉汁の風味の豊かなこと。味付けがシンプルなのも頷けます」
「万太郎がいると、肉といえばカルビだからなぁ」
「たしかに。あれも美味しいですけれどね」
そこからは二人とも食べることに専念した。もう片側のサーロインも、カリッと焼かれた表面の香ばしさと内部の柔らかさ、脂の甘みとそれを受けとめるしっかり腰のすわったコクのある赤身の味の対比がすばらしい。キッドの講釈によれば、牛の赤身は肉類のなかでもとりわけタンパク質の含有量が多いのだという。
気がつくとチェックは師・サンシャインのことを考えていた。彼はこの食べ物を知っていただろうか。
d.M.pのなかで主だった悪魔超人はサンシャインと彼、そしてレックス・キングのみだった。荒くれ者ぞろいの悪行超人のなかで三人は常に肩身のせまい思いをしていた。自分とレックスに食べさせることも楽ではなかったに違いない。
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