背(キン肉マン二次小説)
その若者はいつも誰かの背中を追いかけていた。
陽にやけた赤銅色の膚、長く毛量の多い茶色の髪。それを押さえるため、額には芥子色のバンダナを巻いている。
口元はいつもキリリと引き締まっていた。
警戒を怠らないように。
前髪に隠れ、時折見える瞳はいつも決意の光を湛えていた。
初心を忘れないように。
「――ジェロニモ」
一人の男が背後から彼に呼びかけた。
呼びかけられた若者は振り返り声の主に笑いかけた。
「テリーマン先輩」
ジェロニモが一番長く追いかけていた背中の持ち主。
熱い情熱と固い信念の男。彼が自分もこうなりたい、と憧れた超人の理想そのままの姿だった。
だけど、夢は叶えてからが試練の始まりだ。
人間だったジェロニモは幼き日に超人に命を救われたことがきっかけで彼らに憧れ、自らも超人になりたいと願い、数々の苦難の末にそれを果たした。
そして、新しく始まった生は苦闘の連続だった。
砂に姿を変える悪魔超人やあらゆる形に姿を変える知性の徒、絶対無比の完璧超人。
無数の相手に蹂躙され、屈辱に涙したことも一度や二度ではない。
それでも彼がその歩みを止めなかったのは、テキサスブロンコ・テリーマンの背中を追い続けていたからだ。
それが、今日終わる。
「支度はできたのか?」
テリーマンが問いかけるとジェロニモはコクリ、とうなずいた。
ジェロニモはこれから超人の存亡をかけ、神々の試練を受けて闘うのだ。
「オラ、先輩にお礼を言いたかったズラ。さっきザ・マン様が塔に挑む超人を募って、オラが立候補したとき、先輩が『ぜひジェロニモを塔に行かせてやってくれ』って推薦してくれたこと」
彼が決意を表明したとき、悪魔六騎士のひとりアシュラマンは言ったのだ。
『ジェロニモごときが』と。
無理もない。
ジェロニモはテリーマンとタッグを組んで、彼――正しくは彼らと戦い、完膚なきまでに叩きのめされた過去がある。実力不足なことは自分が一番よく判っていた。
だけど、プリズマンからあの欠片を託された以上、やるしかないのだ。
自分を卑下するような、ジェロニモのいつもの物言いにテリーマンは苦笑した。
「オレはウソ偽りなく、本心でお前ならやれると思ったからああ言ったまでだ」
「ありがとう、先輩。その言葉、オラも信じるだ」
ガレキの山に腰かける彼の膝のうえには一丁の斧が置かれていた。無骨で肉厚な刃の部分は丁寧に磨かれて輝き、長く使い込まれた握りの木材は艶やかな飴色をしていた。
「今回もソイツを持っていくのか?」
「はい、前にもお話ししたがこの斧はオラの半身みたいなもの、どこに行くときも一緒ズラ」
テリーマンは彼から過去に聞いた由来を思い出した。
ジェロニモは元はネイティブアメリカン、チェロキー族の若者だった。
彼らは男児が産まれると一族の秘密の森に赴いて一本の木を植える。
歳月が経ち、やがてその者が成人すると、産まれたときに植えた木を使って一本の手斧を作る。
それは一人前の男の証であり、終生肌身放さず持ち歩くのが彼らの習わしなのだ。
孤児で、妹と育ての親の長老以外に身よりのないジェロニモにとって、その斧は文字通り半身といってよい存在なのだった。
向こうで誰かがジェロニモを呼ぶ声が聞こえ、彼はそれにむかって返事をすると、おもむろに立ちあがった。
「じゃあ行ってくるだ、テリー先輩。安心してくれ、オラを推薦してくれた先輩の顔に泥を塗るような真似は決してしないズラ」
「ジェロ?」
ふと、テリーマンは親しげに彼に呼びかけた。
「『先輩』は今日で卒業だ」
ジェロニモを見つめるテリーマンの顔には友愛に満ちた笑みが浮かんでいた。
「せ……テリーマン」
「生きて、還ってこいよ」
「もちろんズラ!」
ジェロニモは破顔一笑すると、相棒の斧を片手にスックと立ち上がり、テリーマンに向かって深く一礼した。
「行ってきます」
「ああ!」
その言葉を最後に、彼はきびすを返して歩きだした。天高く伸びた塔に向かって歩む背中は、かつて見たどんな姿よりも頼もしげだった。その瞬間、テリーマンは気がついた。テキサスブロンコがむしゃらに走り続けたように、ジェロニモ・ヤングマグダニエルもまた成長し続けていたということを。
――お前の帰りを待ってるぞ、ジェロ。
万感の思いをこめ、テリーマンは今一度青い空に向かって、彼の無事を心から祈るのだった。
end
(初出:pixiv 2021.08.25)
陽にやけた赤銅色の膚、長く毛量の多い茶色の髪。それを押さえるため、額には芥子色のバンダナを巻いている。
口元はいつもキリリと引き締まっていた。
警戒を怠らないように。
前髪に隠れ、時折見える瞳はいつも決意の光を湛えていた。
初心を忘れないように。
「――ジェロニモ」
一人の男が背後から彼に呼びかけた。
呼びかけられた若者は振り返り声の主に笑いかけた。
「テリーマン先輩」
ジェロニモが一番長く追いかけていた背中の持ち主。
熱い情熱と固い信念の男。彼が自分もこうなりたい、と憧れた超人の理想そのままの姿だった。
だけど、夢は叶えてからが試練の始まりだ。
人間だったジェロニモは幼き日に超人に命を救われたことがきっかけで彼らに憧れ、自らも超人になりたいと願い、数々の苦難の末にそれを果たした。
そして、新しく始まった生は苦闘の連続だった。
砂に姿を変える悪魔超人やあらゆる形に姿を変える知性の徒、絶対無比の完璧超人。
無数の相手に蹂躙され、屈辱に涙したことも一度や二度ではない。
それでも彼がその歩みを止めなかったのは、テキサスブロンコ・テリーマンの背中を追い続けていたからだ。
それが、今日終わる。
「支度はできたのか?」
テリーマンが問いかけるとジェロニモはコクリ、とうなずいた。
ジェロニモはこれから超人の存亡をかけ、神々の試練を受けて闘うのだ。
「オラ、先輩にお礼を言いたかったズラ。さっきザ・マン様が塔に挑む超人を募って、オラが立候補したとき、先輩が『ぜひジェロニモを塔に行かせてやってくれ』って推薦してくれたこと」
彼が決意を表明したとき、悪魔六騎士のひとりアシュラマンは言ったのだ。
『ジェロニモごときが』と。
無理もない。
ジェロニモはテリーマンとタッグを組んで、彼――正しくは彼らと戦い、完膚なきまでに叩きのめされた過去がある。実力不足なことは自分が一番よく判っていた。
だけど、プリズマンからあの欠片を託された以上、やるしかないのだ。
自分を卑下するような、ジェロニモのいつもの物言いにテリーマンは苦笑した。
「オレはウソ偽りなく、本心でお前ならやれると思ったからああ言ったまでだ」
「ありがとう、先輩。その言葉、オラも信じるだ」
ガレキの山に腰かける彼の膝のうえには一丁の斧が置かれていた。無骨で肉厚な刃の部分は丁寧に磨かれて輝き、長く使い込まれた握りの木材は艶やかな飴色をしていた。
「今回もソイツを持っていくのか?」
「はい、前にもお話ししたがこの斧はオラの半身みたいなもの、どこに行くときも一緒ズラ」
テリーマンは彼から過去に聞いた由来を思い出した。
ジェロニモは元はネイティブアメリカン、チェロキー族の若者だった。
彼らは男児が産まれると一族の秘密の森に赴いて一本の木を植える。
歳月が経ち、やがてその者が成人すると、産まれたときに植えた木を使って一本の手斧を作る。
それは一人前の男の証であり、終生肌身放さず持ち歩くのが彼らの習わしなのだ。
孤児で、妹と育ての親の長老以外に身よりのないジェロニモにとって、その斧は文字通り半身といってよい存在なのだった。
向こうで誰かがジェロニモを呼ぶ声が聞こえ、彼はそれにむかって返事をすると、おもむろに立ちあがった。
「じゃあ行ってくるだ、テリー先輩。安心してくれ、オラを推薦してくれた先輩の顔に泥を塗るような真似は決してしないズラ」
「ジェロ?」
ふと、テリーマンは親しげに彼に呼びかけた。
「『先輩』は今日で卒業だ」
ジェロニモを見つめるテリーマンの顔には友愛に満ちた笑みが浮かんでいた。
「せ……テリーマン」
「生きて、還ってこいよ」
「もちろんズラ!」
ジェロニモは破顔一笑すると、相棒の斧を片手にスックと立ち上がり、テリーマンに向かって深く一礼した。
「行ってきます」
「ああ!」
その言葉を最後に、彼はきびすを返して歩きだした。天高く伸びた塔に向かって歩む背中は、かつて見たどんな姿よりも頼もしげだった。その瞬間、テリーマンは気がついた。テキサスブロンコがむしゃらに走り続けたように、ジェロニモ・ヤングマグダニエルもまた成長し続けていたということを。
――お前の帰りを待ってるぞ、ジェロ。
万感の思いをこめ、テリーマンは今一度青い空に向かって、彼の無事を心から祈るのだった。
end
(初出:pixiv 2021.08.25)
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