a million(キン肉マン二次小説)
アンドロメダ星雲レッスル星。
レッスル星で水は貴重だ。荒廃した土地は長く水分を地表や取得可能な深部に蓄えることが出来ないうえに、そもそもの降雨がほぼ見こめないからだ。自然現象だけで生活に必要な量の水をまかなうことができないため、不足分は人口装置で生成されている。そんな状況では、もちろん地球にいるときのように蛇口をひねったら流しっぱなしのままというような使い方は出来ない。
ところが今日は朝からしとしとと雨が降り続いていた。だから。
「……特異日だな」
ウルフマン教官は教官室の窓から屋外を眺めてポツリとつぶやいた。
超人相撲の横綱として名を馳せていた頃と変わらない、鬢付油でキレイに撫でつけて結った髷。しかしもはや、ところどころに白いものが混じり始めている。血気盛んな時分には眉間にいつも浮かんでいた皺も、いまやその跡を残すのみとなった。
力士の理想形と言われるあんこ型の体型。その全体の輪郭がほんの少し小さくなったように見えるのは気のせいだろうか。
彼は人気のない教官室で次の授業の準備を終えると、教材を手に部屋を後にした。
ウルフマンが廊下を歩くたびに、しめった足音があたりにひびいた。気のせいか空気にもじっとりしたものを感じる。この様子では実技も屋内だろう、などど考えながら彼が歩いていると、屋内訓練場の方から思いがけず、双角巨躯のシルエットが姿を現した。
「バッファロ-マン教官、お疲れさん」
呼びかける声とウルフマンの姿に、バッファローマンもまた片手をあげて相好を崩した。
「よお、ウルフ。これから授業か?」
「ああ。そちらはもう終わったのか」
「まあな、この天気だ。今日は久しぶりの屋内実技だったから『ラクできる』ってヤツら小躍りしてやがったぜ」
バッファローマンは肩をすくめて苦笑した。
本来なら実技の授業は屋外で行われる。気を抜けば命を落とすような過酷なプログラムばかりで、訓練用設備が設置されていない屋内での実技は彼らにとって息抜きのようなプログラムなのである。それだって、ロープに片手でぶら下がって懸垂100回とか、腹に三人のせた状態でのレスラーブリッジだの、人間はおろか並の超人でさえ尻込みするようなメニューだったりするのだが。
ややもすれば命を落としかねないような厳しい訓練を若い正義超人 たちに課しているのは、全て悪行超人に対抗するためだ。そしてバッファローマン教官は、率先して彼らの鍛錬を受け持っている。彼は訓練生たちに鬼教官と称されているが、けして情けや慈悲がないわけではない。今はそれよりも優先されるべき使命があるだけだ。そのうえ、彼の課す訓練こそが若き超人たちの命をつなぐ希望ともなるのだ。
ウルフマン教官は「憎まれ役は辛いな」と、苦笑するとバッファローマンは相手の肩をバシバシと叩いた。
「いいってコトよ、こういう役回りは慣れてんだ――それより次の講義はなんだ?」
バッファローマンの問いに、ウルフマンは手にしたテキストを掲げた。表題には「儀礼のなかの格闘技」と記されている。
彼、ウルフマン教官やネイティブアメリカン出身であるジェロニモ教官らは格闘技の伝統文化的側面を教える機会が多く、今日の講義内容もネイティブなどのなかで培われ、伝えられてきた「儀式や祭礼として行われる闘技」についてのものだった。
「かっけえな。オレもやっときゃよかった、超人相撲」
感じいってつぶやくバッファローマンに、ウルフマンは取りなすように言った。
「お前にはルールや枠組みなど凌駕する圧倒的な超人パワーがあるだろう、超人レスラーの理想だ」
「ま、オマエは伝統技術のオーソリティで、オレはタコ殴りのオーソリティ……ってトコだな」
「そうそう」
意見のあった二人はフフ、と顔を見あわせて笑いあった。
バッファローマンは続ける。
「そんで、つけ加えるとオマエとオレの違いは『心』だな。いわゆる心・技・体のなかの。強えぇヤツ、デカくてタフなヤツはいくらでもいるが。だが、心だけは育てないと身につかない。お前を見てるとつくづくそう思う」
「やめてくれ、こっぱずかしい」
「いいや、オレはそう思ってる」
決まり事や理念が所作、身づくろいを定め、それらがウルフマンを作りあげる。そしてウルフマンの存在そのものが超人相撲を体現している。それが、ウルフマンの姿にいつもバッファローマンが感じているものだった。
真摯なバッファローマンの眼差しに、ウルフマンは同じ眼差しを返した。
「バッファローマンよ、忘れているかもしれないが、オレはあの時お前の100万パワーをもらってこの世に還ってきたんだ。だから今彼らに教えているのはオレの心であり、お前の心でもある……違うか?」
あの日、アレキサンドリア・ミートの身体を人質に、キン肉スグルと彼の仲間たちにバッファローマンら悪魔超人は戦いを挑んだ。
バッファローマンは悲願としていたスグルとの激闘を経て、今までの肩書を捨てて正義超人として生きようと試みた。叶わぬ願いと知りながら。粛清の槍に身体を貫かれ、その願いが潰えたとき、彼はわずかに残った自分の命の精髄を、戦いで倒れた正義超人たちに譲り渡した。その中の一人がウルフマンだ。
もう30年以上も昔の、当のバッファローマンでさえ忘れそうになる出来事だった。面映ゆそうに笑うウルフマンをバッファローマンはつくづくと眺め(なるほど『心』を教えるってのは……やっぱりコイツにしか出来ないコトだ)と、あらためて感じた。
「ま、そう思ってくれんなら久しぶりに今夜あたり……どうだ?」
バッファローマン教官はクイ、と片手で猪口を傾ける仕草をしてみせた。
「ああ、もちろんだ。雨音を肴にたまには一杯やるか」
「よし、楽しみにしてるぜ」
「じゃ、また夜に」
「ああ、またな」
背中越しに片手を挙げて去っていくバッファローマン教官の姿を見ながら、今夜は地球から届いたばかりの陸奥男山の新酒を開けようと、ウルフマン教官は思った。
end
(初出:pixiv 2021.06.01)
レッスル星で水は貴重だ。荒廃した土地は長く水分を地表や取得可能な深部に蓄えることが出来ないうえに、そもそもの降雨がほぼ見こめないからだ。自然現象だけで生活に必要な量の水をまかなうことができないため、不足分は人口装置で生成されている。そんな状況では、もちろん地球にいるときのように蛇口をひねったら流しっぱなしのままというような使い方は出来ない。
ところが今日は朝からしとしとと雨が降り続いていた。だから。
「……特異日だな」
ウルフマン教官は教官室の窓から屋外を眺めてポツリとつぶやいた。
超人相撲の横綱として名を馳せていた頃と変わらない、鬢付油でキレイに撫でつけて結った髷。しかしもはや、ところどころに白いものが混じり始めている。血気盛んな時分には眉間にいつも浮かんでいた皺も、いまやその跡を残すのみとなった。
力士の理想形と言われるあんこ型の体型。その全体の輪郭がほんの少し小さくなったように見えるのは気のせいだろうか。
彼は人気のない教官室で次の授業の準備を終えると、教材を手に部屋を後にした。
ウルフマンが廊下を歩くたびに、しめった足音があたりにひびいた。気のせいか空気にもじっとりしたものを感じる。この様子では実技も屋内だろう、などど考えながら彼が歩いていると、屋内訓練場の方から思いがけず、双角巨躯のシルエットが姿を現した。
「バッファロ-マン教官、お疲れさん」
呼びかける声とウルフマンの姿に、バッファローマンもまた片手をあげて相好を崩した。
「よお、ウルフ。これから授業か?」
「ああ。そちらはもう終わったのか」
「まあな、この天気だ。今日は久しぶりの屋内実技だったから『ラクできる』ってヤツら小躍りしてやがったぜ」
バッファローマンは肩をすくめて苦笑した。
本来なら実技の授業は屋外で行われる。気を抜けば命を落とすような過酷なプログラムばかりで、訓練用設備が設置されていない屋内での実技は彼らにとって息抜きのようなプログラムなのである。それだって、ロープに片手でぶら下がって懸垂100回とか、腹に三人のせた状態でのレスラーブリッジだの、人間はおろか並の超人でさえ尻込みするようなメニューだったりするのだが。
ややもすれば命を落としかねないような厳しい訓練を
ウルフマン教官は「憎まれ役は辛いな」と、苦笑するとバッファローマンは相手の肩をバシバシと叩いた。
「いいってコトよ、こういう役回りは慣れてんだ――それより次の講義はなんだ?」
バッファローマンの問いに、ウルフマンは手にしたテキストを掲げた。表題には「儀礼のなかの格闘技」と記されている。
彼、ウルフマン教官やネイティブアメリカン出身であるジェロニモ教官らは格闘技の伝統文化的側面を教える機会が多く、今日の講義内容もネイティブなどのなかで培われ、伝えられてきた「儀式や祭礼として行われる闘技」についてのものだった。
「かっけえな。オレもやっときゃよかった、超人相撲」
感じいってつぶやくバッファローマンに、ウルフマンは取りなすように言った。
「お前にはルールや枠組みなど凌駕する圧倒的な超人パワーがあるだろう、超人レスラーの理想だ」
「ま、オマエは伝統技術のオーソリティで、オレはタコ殴りのオーソリティ……ってトコだな」
「そうそう」
意見のあった二人はフフ、と顔を見あわせて笑いあった。
バッファローマンは続ける。
「そんで、つけ加えるとオマエとオレの違いは『心』だな。いわゆる心・技・体のなかの。強えぇヤツ、デカくてタフなヤツはいくらでもいるが。だが、心だけは育てないと身につかない。お前を見てるとつくづくそう思う」
「やめてくれ、こっぱずかしい」
「いいや、オレはそう思ってる」
決まり事や理念が所作、身づくろいを定め、それらがウルフマンを作りあげる。そしてウルフマンの存在そのものが超人相撲を体現している。それが、ウルフマンの姿にいつもバッファローマンが感じているものだった。
真摯なバッファローマンの眼差しに、ウルフマンは同じ眼差しを返した。
「バッファローマンよ、忘れているかもしれないが、オレはあの時お前の100万パワーをもらってこの世に還ってきたんだ。だから今彼らに教えているのはオレの心であり、お前の心でもある……違うか?」
あの日、アレキサンドリア・ミートの身体を人質に、キン肉スグルと彼の仲間たちにバッファローマンら悪魔超人は戦いを挑んだ。
バッファローマンは悲願としていたスグルとの激闘を経て、今までの肩書を捨てて正義超人として生きようと試みた。叶わぬ願いと知りながら。粛清の槍に身体を貫かれ、その願いが潰えたとき、彼はわずかに残った自分の命の精髄を、戦いで倒れた正義超人たちに譲り渡した。その中の一人がウルフマンだ。
もう30年以上も昔の、当のバッファローマンでさえ忘れそうになる出来事だった。面映ゆそうに笑うウルフマンをバッファローマンはつくづくと眺め(なるほど『心』を教えるってのは……やっぱりコイツにしか出来ないコトだ)と、あらためて感じた。
「ま、そう思ってくれんなら久しぶりに今夜あたり……どうだ?」
バッファローマン教官はクイ、と片手で猪口を傾ける仕草をしてみせた。
「ああ、もちろんだ。雨音を肴にたまには一杯やるか」
「よし、楽しみにしてるぜ」
「じゃ、また夜に」
「ああ、またな」
背中越しに片手を挙げて去っていくバッファローマン教官の姿を見ながら、今夜は地球から届いたばかりの陸奥男山の新酒を開けようと、ウルフマン教官は思った。
end
(初出:pixiv 2021.06.01)
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