テキサス・サンライズ(キン肉マン二次小説)

おかえりテリーマン (日本時刻12月4日夕方、12月4日未明)

先頭がウォーズマン、その左右斜め後ろにテリーマンとバッファローマン。アメリカ南西部を飛びたった三人の超人たちは、渡り鳥の隊列のように逆V字の形で海上を飛行していた。
飛行を始めてそろそろ10時間を越え、もう間もなく日付変更線を越えるところだった。
虫、つぶて、あるいは大きめの水滴。ピシッ、ピシッ、と鋭い音をたててウォーズマンの顔面にしばしば何かが衝突する。
マスクに覆われていてもその感触は伝わってきた。
ウォーズマンは俗に『ファイティング・コンピュータ』と呼称されることがある。それは各種のデータを基に試合の流れをシミュレーションしながら戦うところからきている。それはかつて師・ロビンマスクがバラクーダと名乗り彼のトレーナーを務めていたころ、ロボ超人のメリットを最大限に発揮するよう考案した戦闘スタイルで、『敵を知り、なお敵を知れ』が彼が教え子にあたえたモットーだった。分析は対戦相手の心拍・呼吸数、体温、表情、目視可能な肉体的損傷などリアルタイムの身体情報に限らず、居住地や社会的身分など、調べられる限りのあらゆる付帯情報を含めて行われる。
忘却というデータ損失の恐れがないウォーズマンにとって、サンプルデータはあればあるほどいい。
そんな経緯から多岐にわたるデータベースを記憶領域に構築しておいたことが、この飛行で最大限に活かされていた。
どこかの国の空軍機が追尾してくるといったこともなく、ここまでさしたるアクシデントもなく飛行を続けられた。
探索、飛行、経路の計算。そんな脳内処理に没頭していると、百年前からこうして飛び続けていたような気分に襲われる。
日本についてロビンマスクが今回の事を知ったら「軽率、無思慮な行動だ」とさぞ怒るだろう。
そして自分は「全くもってその通りだ」と頷きながら頭を垂れるに違いない。
それでも気苦労をかけた申し訳なさと共に、自分を気づかってくれる彼の表情にいつも安堵するのだ。
早く、その顔が見たい。

神奈川県川崎市、等々力陸上競技場。ひそかに設けられた特設リングのなかで、キン肉マンはパイプ椅子にどっかりと腰をおろし、対角線上のもうひとつの椅子を身じろぎもせずに見すえていた。
小半時ほど前に降りだした雨はいまだやまず、すでに彼の身体はしとどに濡れていた。
キン肉族の従者やミートが「身体を冷やさないよう、屋根のあるところで待て」といくど進言しても「気持ちが高ぶって少しも寒くないんじゃ」と頑として動こうとしない。
煌々と場内を照らし出す照明のしたで、ややもするとその肉体から立ちのぼる湯気が見えるようだった。
実際のところ会場にいる他の正義超人たちも同じ心境で、テリーマン、バッファローマン、ウォーズマンの三人がいっかな到着せず、そのことに焦れに焦れて、傘をさすとか屋根のあるところに移動するとか、あるいは濡れた身体をタオルで拭く、そういう些末なことはもうどうでもよくなってしまっていた。
取りまとめ役のロビンマスクがブロッケンJr.やジェロニモらとやり取りをしている。

「まだ現地と連絡はとれないのか」
「何度も電話したけど誰もでない」
「不在ってことは出発はしてると思うズラ」
眉間にシワを寄せたウルフマンが呟く。
「一体どうしたってんだ、巌流島じゃあるまいし」
「するとあそこに座っているのはササキ・コジローか」
ラーメンマンが指し示したのはリングの上のキン肉マン。
「……佐々木小次郎は美男子のはずだぜ?」
「では、人違いだな」
「ちげえねえ」

テリーマン、ウォーズマン、バッファローマンの三人は時速500キロを超える速度で太平洋を飛行し、やっと日本の地を踏んだかと思うと、息をつく間もなく等々力陸上競技場へと全速力で走り出した。会場へ近づくにつれ降りだした雨が彼らの身体を
濡らしていく。
すでに疲労は限界に達し、肺が爆発し脚は千切れそうだ。リングに上がって戦うための余力を懸念する余裕もない。
とにかく残り時間が許す限り走るのみだった。

ちょうどその頃、競技場ではキン肉星の従者が自分の腕時計と会場の大きな時計とを見比べていた。煌々とした夜間照明のなか、時計の針はどちらも18:50をさしている。従者は三人が時刻内に到着することはないと判断したのだろう、大王に声をかけた。
「もう待てません、スグルさま」
泰然自若の態でかまえていたキン肉マンもここにきて焦燥の色を顔に浮かべていた。
「も……もう少し。あと5分いや……2分。や……やつは必ず来る!」
それはさながら自分に言い聞かせているような口調だった。

その時。

広いフィールドの向こう側に小さく見える入場口から三つの影が姿をあらわした。
先頭にテリーマン、後ろにはバッファローマンとウォーズマンが並び立っている。
ついに彼らが会場に到着したのだ。
「ああっ!!」
言葉にならぬ声をあげて椅子から立ち上がるキン肉マン。
「ま……待たせたな、キン肉マン!」
三人とも肩で息をし、小さなアザが身体中に無数にあった。マスクに覆われたウォーズマンは知る由もないが、テリーマン、バッファローマンの顔には疲労の色が濃く、眼の下にはドス黒い隈がてきている。
それでもテリーマンの瞳には、キン肉マンに挑戦を突きつけたあの時と変わらない、情熱の炎がゆらめいていた。
キン肉マンは破顔一笑した。テリーマンの到着は当然のことだと、そしてそれを信じぬいた自分を称賛するように。
「おかえりテリーマン!」

キン肉マンとテリーマン、世紀の対決のために残されていた時間はたったの10分だった。
二人は持てる力の全てを出し尽くし戦った。
激しいやり取りの末、キン肉マンの完成版マッスル・スパークが今まさに炸裂するという瞬間、時間は尽きた。
ロビンマスクがレフェリーストップをかけ、試合結果を引き分けと審判し、この一戦は幕をとじた。
祭りは終わった。

対決がすんだキン肉マンは重臣らとの約束通りただちに撤収し、慌ただしく母星へと帰っていった。テリーマンについてもナツコの状態を聞いたその場の全員が「すぐに帰国しろ」と口を揃えた。
テキサスへの航空便はある。
パスポートも持参した。
しかし出入国の記録がないことが問題だった。経緯を説明すれば不法入国扱いになるだろう。
そこで皆が伝手を総動員し(バッファローマン、ウォーズマンの分も含めて)超法規的措置を受けられるよう奔走した。
結局、帰国の手はずが整ったのは、試合終了から数時間後だった。テリーマンは何度も礼を述べ、慌ただしい帰国を詫びながら機上の人となった。
「ナツコが回復したらぜひ皆で牧場に遊びに来てくれ」
それが別れの際の言葉だった。

主役の二人はいなくなったがこれほどメンバーが揃うのは滅多にないため、慰労会と称して呑んで騒ぐことに決めた。会場は等々力陸上競技場近くにある超人御用達の飲み屋だ。名だたる超人たちが一堂に会している宴席に店主が茫然とするそばから、またたく間に酒のボトルが空になっていく。そのなかでバッファローマン一人だけが座敷のすみで壁にもたれ、眼を閉じ脚を投げだし座っていた。
そこに人影がさした。
影をたどればスラリとした体躯、面長の顔立ち、今ではあまり見かけることのなくなった弁髪。ラーメンマンだ。
「バッファローマン、大丈夫か?」
「あー、まあな」
バッファローマンは顔にかぶせていたタオルを取りラーメンマンに向きなおった。
「座るぞ」
応えを待たずラーメンマンは彼のとなりに腰かけた。
「ずいぶん無茶をしたものだ」
「るせ、無茶はオレの信条だ」
「身体の大きいお前がエネルギー消費量が一番激しかっただろう。だからそんなにひどい疲労なんだ、まったく」
「好きでやったコトだ。ほっといてくれ」
「――放っておく?出発はおろか、事態の報告もない。あげく時間ギリギリに、行倒れ同然で姿を現しておいてよくそんな事が言えたものだ」
会話に割ってはいったのはロビンマスクだった。恐らく今回の件で一番東奔西走したのは彼だろう。それが判っているだけに糾弾ともとれる物言いだったが、バッファローマンは反発をあらわにすることはできなかった。
「仕方ねえだろ、緊急事態だったんだ」
「万事が上手くいったからいいようなものの……冷静で的確な判断力のウォーズまで」
「調子どうだ、アイツ?」
活動限界を越えて飛行を続けたウォーズマンは疲労と消耗の度合いが激しく、全ての外部刺激を遮断し自閉モードで休止状態にはいっていた。
「疲労の蓄積が酷いが回復すれば問題ない」
「今度のコトがどっかから漏れたら国の方から叩かれるかもしんねえ」
「……その時は差し障りないよう私があらゆる手段を尽くす」
「もしもの時はスペインに移り住むっつってたんだけどな」
「ダイナスティはいつだって彼のために席をあけてある。気遣いは無用だ」
「あっそ」
「ウォーズにかわって礼を言っておこう」
「別に。好きでやったことだ。むしろアイツがいなきゃテリーもオレも全てご破算になって向こうでヤケ酒でも呑んでたろうよ」
「有終完美。その事を喜ぼうじゃないか、二人とも」
「そうだな、ラーメンマンの言うとおりだ」「賛成だ」
乾杯しよう、そう言ってロビンマスクは二人のグラスを満たした。二人もまた彼に注ぎ返す。
「キン肉マンとテリーマンの未来に、そしてナツコさんの回復を祈って」
『乾杯』
カチン、とグラスが小さな音をたてた。

ついに今日キン肉マンが彼らの前から去り、ひとつの区切りがついた。それは正義超人界全体においてだけでなく、バッファローマン自身の流転無窮の人生においても同様で、まるで長い夢から醒めたような、なんだか不思議な心持ちだった。
それにしても、とつらつら思いつくままにバッファローマンは語る。
「何だかオレ、正義超人になってから痛い目に合いつづけてる気がすんだよな」
ひのふのみ、と指折り列挙し、しみじみとため息を吐いた。
「正直こんな剣呑だとは思わなかったぜ」
その様子にラーメンマンとロビンマスクは目を見合わせた。
「なぁ、バッファローマン」
「んだよ」
「正義超人稼業が明るく楽しいものだなんて誰がお前に言ったんだ?」
「別に。誰からも聞いてねえ」
「正義を守り通すことは難しい……私などティーンの頃には悟っていたぞ」
何故か胸をはるロビンマスク。
「後悔してるのか?」
どことなく意地悪な笑みを浮かべてラーメンマンが問う。
「そんなもん、オレの辞書にはない」
バッファローマンもまた胸をはる。
「ほう、奇遇だな。私もだ」
「右に同じ……といったところかな」
三人の顔に同じような笑みが浮かび、誰からともなく再びグラスが満たされ、ロビンマスク、ラーメンマン、バッファローマンの声が唱和した。
『正義超人に、乾杯』

end
(初出:pixiv 2021.11.29)
9/9ページ