テキサス・サンライズ(キン肉マン二次小説)

テキサス・サンセット (日本時間:12月3日朝-テキサス:12月2日夕方)

昼過ぎには戻ると言って出ていったナツコだったが、すでに陽はすっかり傾いているにも関わらずいまだ戻っていなかった。
テリーマンはずっと帰りを待ちわび、荷物をピックアップトラックに積み込みながらも始終ソワソワしていた。
「遅いな、ナツコ」
「そろそろココを出ないと飛行機に間に合わないぞ」
バッファローマンが呼びかけ、ウォーズマンが続けた。
「市場の人とおしゃべりでもしているんじゃないか?」
「一緒に来てもナツコさんは会場に入れない、ここで留守番をしているのがベストだろう」
「……そうだな、そろそろ行くとするか」
二人の言葉にテリーマンも出発する気持ちになったようだ。
ピックアップトラックに全員乗り込み、テリーマンがキーを回したまさにその瞬間、暗くなりかけた道の向こうから車のヘッドライトがやってくるのが見えた。
出発直前に間一髪で間に合ったのはスタンという名の近隣の牧場主だった。スタンは慌てふためいて車を降り、トラックに駆けよると「ナツコが運転中に単独事故を起こし救急車でアマリロ総合病院に運ばれた」とテリーマンに伝えた。

病院へかけつけたテリーマンが目にしたのは、体中に包帯をまかれ、意識のない状態で集中治療室のベッドに横たわるナツコの痛々しい姿だった。身体につながれた何本ものコードは、四角いモニターに続き、画面には定期的に緑色の波形があらわれている。テリーマンは医師から説明を受けながら、茫然自失の態で立ち尽くしていた。
事故による負傷は右腕と左足の骨折と頭部打撲で、骨折よりも頭部打撲による意識消失が深刻な状態とのことだった。夜明けまでが山場とのことだった。
ショックをうけた面持ちでICUから出てきたテリーマンを心配そうにバッファローマンとウォーズマンが出迎えた。
「どうだ?怪我の具合は」
バッファローマンの問いかけにテリーマンは医師から伝えられた内容をそっくりそのまま告げた。
「テリーマン、試合はどうするんだ。今すぐ出立してもギリギリだぞ」
「今は、行けない」
「……」
テリーマンは「すまない」と小さく詫び、ICUの室内に戻っていった。
「オーマイガッ!またこの闘いは幻におわっちまうのか!?」
「バッファ、仕方ないよ。いや、むしろ当然だ」
むしろ当然――そう、それが人間の感覚だ。しかし生粋の格闘超人であるバッファローマンにとって、戦いとは他の何にも替えがたく尊ぶべきものだった。しかも今回は一生に一度、目にすることがあるかどうかという試合だ。

テリーマンは二人に背を向け白く清潔な領域に再び足を踏み入れると、ベッドの脇パイプ椅子に腰をおろした。ナツコの様子は少しも変化がない。身じろぎひとつせず、青白いまぶたは閉ざされたままだ。ただ人工呼吸器とモニターの規則正しい作動音だけが部屋にひびいている。ナツコを見つめるテリーマンの背中を、バッファローマンとウォーズマンがICUの外から窓越しに見つめていた。
「まだ望みは捨てねえぞ、あの『飛んでるナツコ』がいつまでも大人しく寝こけてるわけない」
「そうだね」

事態が動いたときすぐ対応できるよう仮眠をとることにし、ICU前のベンチを寝床代わりにしたが、ウォーズマンでさえ苦労して身を横たえるサイズだった。身長250センチのバッファローマンに至っては通勤ラッシュですし詰めになったような、キュウキュウの姿勢になっている。だのに彼は自身のバッファローサポーターを腕からはずすと、枕の代用品としてご丁寧に頭の下に敷いた。
ウォーズマンはそれを見て、ムクツケキこの巨牛にも案外繊細というか微笑ましいところもあるのだ、と切迫した状況にも関わらず、ついほのぼのとした気分になってしまった。
バッファローマンは自分を観察するウォーズマンの様子になにか勘違いしたのか「使うなら貸すぜ?」ともう片方のサポーターを差し出してきた。
「ありがとう、でも大丈夫。気持ちだけいただいておくよ。眠りの質には拘らない質だから」
ウォーズマンは丁寧に辞退したが、本当のことを言えば彼は昼間見てしまったのだ。激しいトレーニングのあとでバッファローマンがくだんのサポーターはずすと、内部に貯まっていた汗がポタポタと開口部から落ちてきたのを。
ウォーズマンはけして潔癖症ではない。そんな気質の人物は格闘家には不向きだ。だけど自分以外の者の汗がたっぷり染みこんだ寝具に心理的抵抗を覚えない者がはたしているだろうか。これはたぶんそういう問題だ。
ウォーズマンがそんな物思いにふけっていると、隣のベンチから太い寝息が聞こえ始めた。
彼も気を取り直し、休息すべく眼を閉じた。
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