テキサス・サンライズ(キン肉マン二次小説)

熱血男と情熱男 (日本:1987年12月2日夜-テキサス:12月1日朝)

氷は熱で溶ける。
熱血と情熱、二つの熱に右と左からあぶられ、『氷の精神』を持つウォーズマンは困り果てた結果、顔から汗を流していた。

朝食の席で、テリーマンは「今度の対決のために『リベンジバスター』を体験させてほしい」バッファローマンにと頼んだ。しかし、バッファローマンはけんもほろろにその要求を突っぱね、それから侃々諤々が続いていた。
「それじゃ、ユーは何のためにテキサスくんだりまで来たんだ」
「そりゃそうだが、整地もできてないオンボ――」しまった、という顔でバッファローマンは口を閉ざした。
「オンボロリング、まさにおっしゃる通りさ」
テリーマンは肩をすくめた。
「テリーマン、バッファは別に悪気があったわけじゃなくて」
実際、牧場の裏手にしつらえられたこのリングは有り合わせの材料を利用した簡素なものだった。興業の予定がはいっていれば、それに合わせてトレーニングメニューを組むが、その際は設備の整った都市部のジムを利用する。この場所で行うのはルーチンの基礎トレーニングが主だ。
『キン肉バスター』並びに『リベンジバスター』は接地の瞬間、技をかけられたほうの股、背骨、首が一直線になった状態で衝撃を受けるから、かろうじて生きていられるのだ。ならされていないリングで技を受けた場合、その状態を実現するのは難しく、エネルギーが折れ線の頂点に集中し、その部分に取り返しのつかないようなダメージを負いかねない。

「ユーやアシュラマンに攻略されたとはいえ、キン肉バスターの破壊力はオレが一番よく知っている。知っているからこそ、その上を行く『リベンジバスター』がどんな技なのか、そしてその使い手すら倒すのがキン肉マンの『火事場のクソ力』なのだということを再確認したいんだ。その上で覚悟を決めて、ヤツを越えたい。」
かつて、テリーマンとキン肉マンは「ザ・マシンガンズ(マッスルブラザーズ)」としてタッグを組んでいた。ツープラトン『マッスルドッキング』は『キン肉バスター』と『キン肉ドライバー』の複合技だ。そのためテリーマンはバスターのかけ手になったこともある。
彼にはリベンジバスターを行うに足る経験と素地があるのだ。
「テリー、オレはお前が悲願を果たすための手伝いにきたんだ。不幸な事故で負傷させてドリームマッチをぶち壊すために来たんじゃない」
憮然とした表情のバッファローマンと、むっつり口をつぐんだテリーマン。
沈黙に耐えかねて、間に挟まれたウォーズマンはそろりと口を開いた。
「マットの状態、バスターの初出地点、バスター返し発動時の高度と角度とタイミングを設定すれば披ダメージ値は算出可能だけど?」
「リスクが予測できるなら何とかなるか……」
「参考値の測定は俺のセンサーだから多少の誤差は勘弁してくれ」
「厳密なデータでなくていい。とにかく経験して体感を掴むのが重要なんだ。さすがウォーズ、来た甲斐があったな」
「いや、もう少し重要な役割を果たしたいよ……」

かくて準備は整い、テリーマンとバッファローマンはリングの上で相対した。ウォーズマンがゴングの鐘をならす。
打ち合わせ通りテリーマンがバッファローマンにガッと掴みかかり、その身体を宙に投げあげ、間をおかず彼自身も飛び上がった。
バッファローマンの頭を下にすると、彼の膝関節あたりを掴みつつその首を自分の肩口で支え、二つ折になるようにホールドする。『キン肉バスター』の体勢が完成した。二人は一つになって落下していく。
「いくぜ」
バッファローマンの低い声がボソリと耳元で聞こえた。
直後にグイ、とフックか何かで引っ張られる感覚とともに視界がグルリと回転し、気がついたときにはホールドされる側になっていた。
テリーマンが抵抗する間もなくバッファローマンはマットに着地し、その瞬間に首と腰に圧を、併せて股関節が外れるような衝撃が伝わった。一拍おいたあと「降ろすぜ」と声をかけられ戒めが解かれた。
地に足を着けたテリーマンは大きく息をついた。
「大丈夫か?」
バッファローマンの気づかうような口調にテリーマンは苦笑した。
「想定内だ、ミーが頼んだことだし。礼を言うよ、バッファローマン」
ロープの外で成り行きを見守っていたウォーズマンもホッと肩をなでおろした。
テリーマンの無事を確かめたバッファローマンは、そのままリング上でキン肉バスター攻略のレクチャーにはいる。
「落下のとき、膝より先は自由になってんだろ?ソコを利用すんのさ。脚を起点に側転のイメージで身体を横に振って、かけ手の体勢がズレた隙に自分の腕を外して、
足首をまず掴む。そっから身体を引き寄せてバスターの形に決めれば完成だ」
全容を言葉にすれば簡単だが実践するとなると全くの別次元だ。それでもこんなに開けっ広げに語ってしまっていいのだろうか。
それは料理人でいえば秘伝のレシピのようなもので、完成品を目にすることはあっても過程を見ることはなかなか難しい。
いぶかしむテリーマンを見てバッファローマンは笑った。
「何だよ、どうしてもリベンジバスターをかけてほしいって言ってたのに。大サービスなんだぜ?もっと喜んでくれるかと思ったんだがな」
「いや、かけ方まで教えてもらえるとは……」
かつてバッファローマンはキン肉マンに向かって「フィニッシュホールドに『キン肉バスター』を使え」とリクエストするほどその技に固執した。最終的にその時キン肉マンと戦っていた(彼の仲間である)アトランティスはキン肉バスターによってピリオドを打たれた。そこからヒントを得て編み出されたのが『リベンジバスター』だった。
「あと、コイツはバスターのかけ手の10倍の超人強度がないと成功しないとされてる」
――10倍。
キン肉マンの超人強度は95万。
もしも彼に対してリベンジバスターを成立させるには最低でも950万パワーの超人強度が必要ということだ。
テリーマンの超人強度はキン肉マンと同じ95万。
「ぬか喜びさせておいて最後にそんなタネ明かしか。ユーらしくない悪趣味だな、バッファローマン」
片頬をゆがめてテリーマンは笑った。
ややもすると卑屈にも見えるテリーマンの様子を、ウォーズマンは無理もないと感じた。
バッファローマンは初めて正義超人たちの前に姿を現したとき、彼は圧倒的なまでに力の象徴で、その怒涛の迫力にみなが腹の底から震え上がった。ウォーズマンがバッファローマンと初めてリングで合間見えたとき、彼のフェイバリットホールド『パロスペシャル』は、単純に力だけで外されてしまった。その瞬間の衝撃を今も覚えている。
その場に漂う苦い沈黙を破ったのはバッファローマンだった。
「オレがそんな底意地の悪いことすると思ってんのか?10倍の強度が必要とされてるがな、10倍以下のヤツに不可能だとは誰も言っちゃいない。お前のファインティングスピリッツなら『テリー版リベンジバスター』はきっと可能だ」
「……可能だろうか」
虹彩も瞳孔もない、シトリンの色をしたその瞳は真剣な色をたたえ、ヒタとテリーマンを見据えていた。
「信じなきゃ始まらねえよ」
かつて制裁の槍に貫かれ、またある時には頭蓋を砕かれ、それでもなお己の信念を貫いた双角の正義超人は不敵に笑った。

とっぷりと日は暮れ、すっかり夕食の時刻となっていた。
「バッファローマン、ウォーズマン、もう少し肉をどうだ?」
「ありがとう、もう充分いただいたよ」
「オレもだ。旨いもので腹いっぱいっつうのは何とも贅沢で幸せなことだな」
「素晴らしく美味しいステーキだったよ」
バッファローマンとウォーズマンが口を揃えて賛美するのは、テリーマンがーベキューグリルで手ずから焼いたアメリカンステーキの出来栄えだった。アメリカではバーベキューは多く男性の仕事とされているが、なかでもテキサスはそれが顕著だ。
メキシコがスペインの植民地だった時代、スペイン人の持ち込んだ牛肉食の文化はやがてテキサスにも伝播した。分厚い塊肉を焼くには丁寧なトリミングや微妙な火加減が欠かせない。他にも焼く前の漬けダレ、焼き方、一緒に食べる付け合わせまでテキサスの男たちはそれぞれの哲学を持っていて、目の前のテキサス・ブロンコも例外ではなかった。
「口にあって良かったよ。ビタ一文出やしないのにテキサスくんだりまで来てくれた大切な仲間にせめてものもてなしさ」
それにしても、と言葉を継いだ彼が喉の奥でクツクツと笑いだした。
「テ、テキサスロングホーン……」
「笑えよ、好きなだけ」
腹を抱えて本格的に笑いだしたテリーマンと、仏頂面をうかべたバッファローマン。
「今夜の話を聞いたら、キン肉マンも大笑いするだろうな」
ウォーズマンも微笑を浮かべた。

テリーマンズランチはごく小規模の牧場で、乳牛の飼育、食肉牛の肥育やその際に騎乗する使役用の馬を育てている。
『テキサスロングホーン』はそんな肉牛の一品種だった。
今夜のテーブルに載せられたのはそのテキサスロングホーンのとびきりの部位で、矢継ぎ早にナイフで切っては口に運ぶバッファローマンにテリーマンは「気に入ったか?」とたずね、双角の男は「気に入らないはずがない、こんな旨いステーキは久しぶりだ」そう絶賛した。
その感想をきいたテリーマンは、ニヤニヤ笑いをうかべながら告げた。
「その牛は『テキサスロングホーン』という種類なんだ」
ロングホーンの持ち主がロングホーンを食べている――彼はそう言いたいのだろう。
ウォーズマンは吹出しそうになりながらテリーマンを見た。
今では誰も口にしなくなったが、昔はバッファローマンとの食事に牛肉を使った料理が提供されると『共食いだ』と彼をからかうことがあった。軽いジャブ、通過儀礼みたいなものだ。
当人も初めは渋面を浮かべたていたが、いきおい慣れて最後には「すき焼きか、今夜は共食いだな」などと自らネタにしていた。
そんな懐かしい揶揄を久しぶりに聞いて、バッファローマンは心が和んだ。
「それにしても、本当にそんな名前の牛がいるのか?」
「ウチの主力の肉牛のひとつだ。元々はスペイン人の入植者が連れてきて野生化したのが始まりなんだ。成長が遅くて大量消費には向かないんだが、脂肪が少なくて肉本来の味わいが楽しめるから、観光客用の地元食材として人気でね」
「何だか奇妙な縁を感じるな、聞いていると」感じ入ったようにウォーズマンが言う。

すっかり夜も更け、テリーマンは就寝前に火の元と戸締りを確認しようと玄関へ足をむけた。バッファローマンとウォーズマンはしばらく前にそれぞれの寝室へ引きとった。消したはずの玄関ポーチのライトがなぜかついている。窓のそとに目をこらすと双角巨躯の影がみえたので、テリーマンはドアをあけて相手に声をかけた。
「どうした?バッファローマン」
バッファローマンは降るような星空をあおいで言った。
「テキサスの夜が名残惜しくてな、つい」
テリーマンは彼のかたわらに立つと同じ星々をながめた。
「この星空は世界一だと思わないか?」
「ああ。あの頃もずい分なぐさめられたよ」
若いころ、鳴かず飛ばずの三流レスラー時代が長く続いたバッファローマンは、一念発起しテキサスの大自然のなかで修行にはげんだ。精神と肉体の極限まで己をおいこみ、結果、生みだされたのがかのハリケーンミキサーだ。
強さも名声もなく、孤独に荒野をさまよっていたあの頃、自分はどんな目をしていただろう。今は、もう思い出せない。

トレーニングは最終日を迎えた。今日の夕方には日本へ向けて発つことになっている。
今回は総仕上げとして試合同様のトレーニングを行い、実戦から遠ざかっていたテリーマンのために、勘を取り戻すことにした。ただし、テリーマンはバッファローマンとウォーズマンの二人を一度に相手にする。
これはテリーマン本人が言い出したことだった。王位継承戦決勝でキン肉マンスーパーフェニックスと戦った際のキン肉マンの成長ぶりに、彼は少なからず畏怖を覚えていた。

「行くぞ、テリーッ!」
ウォーズマンが鳴らしたゴングを合図にバッファローマンがテリーマンに殴りかかる。たくみなフットワークで回避したテリーマン。そこをすかさずウォーズマンのベアクローが襲う。鋭利な鉄の爪もまたギリギリの距離で回避し、相手の腕をとり一本背負いに持ち込んだ。
大きな音とともにウォーズマンはマットに叩きつけられた。
初日とほぼ同じ運びだが、テリーマンのフットワークは格段に良くなっていた。
そのスキをついて、テリーマンの背後からバッファローマンが猛スピードで接近する。
「ハリケーン・ミキサー!」
しかしテリーマンはそちらの気配もすでに察していた。気合一閃、ひらりととんぼを切り、空中でバッファローマンのロングホーンを両手ではっしと掴み、相手のぼんのくぼを片膝で押さえ、そのまま顔面をマットに叩きつけた!
「カーフ・ブランディングーッ!」
テリーマンはロングホーンから手を離し、身を起こすと大きく息を吐いた。
「やった……っ!」
「おみごと!テリーマン!」
称賛しながら起き上がるバッファローマン。
マットへ叩きつけられたにも関わらず、その顔には微塵の悔しさもなく、むしろ晴れがましい笑顔を浮かべていた。ウォーズマンもまた立ち上がり、喜びの様子を表している。
「おめでとう、テリーマン!」
パチパチと小さな拍手とともに、ナツコが家屋の裏手から姿を現した。
「ナツコ!」
「わたしこれから街にいってくるね」
ナツコは今朝搾乳したばかりのミルクを街に届けに行くところだった。ここ数日トレーニングに明けくれていたため、本業の牧場管理はナツコにまかせきりだった。
「すまないな」
「結婚資金を稼がないとね!」
ピックアップトラックへ歩み去ってくナツコを、テリーマンは嬉しそうに見送った。
「さあテリーマン、出立までもうひと汗かくか」
「ああ!」
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