テキサス・サンライズ(キン肉マン二次小説)

有朋自遠方来(日本:1987年11月30日夜-テキサス:11月30日朝)

はたしてバックランド氏の言葉通り、太陽がすっかり姿を現して気温が上がりはじめた頃、周囲をぐるりと柵にかこまれた牧場が見えてきた。柵の向こう側で作業中の若い男に「牧場主に用があるのだ」と声をかけると「屋敷の裏手にいる」と誰何もなく即答された。さもありなん、ここはアイドル超人テリーマンの牧場だ。同じアイドル超人の二人を知らぬものなどここにはいないだろう。騎乗したまま移動し、広場のような場所に出た。
広場の中央にはリングが設けられており、テリーマンはそこにいた。レスリングパンツ、編み上げシューズの他には手首のサポーターだけ。彼はトレーニング用のダミー人形を使って何かの技のモーションに入ろうとしていた。人形を肩に抱え上げるとトン!と足を蹴り、人形をリングマットに叩きつけた。一瞬の後、ホコリが舞い上がるなか立ち上がったテリーマンは肩で大きく息を吐いた。
二人が彼に声をかけようとした瞬間、屋敷の裏手の小さなドアが開いた。
「テリー!」
明るく弾んだ声とともに、一人の女性が彼に近づいていく。毛量の多い明るい栗色の髪をウルフカットにし、黒目がちの大きな瞳と白い肌が快活な印象をあたえている。トップスはネル地のチェックシャツ、ボトムスのジーンズには大きなバックルのついたカーフベルトがまわされていた。
翔野ナツコだ。
バッファローマンやウォーズマンとも顔馴染みで、つい先頃まで女性記者として雑誌『週刊HERO』で活躍していた。主に超人レスリングの記事を扱うことが多かったため、その縁でテリーマンと恋仲になった。そしていささか長すぎる春を経てこの度めでたく婚約し、渡米してここテリーマンズランチで生活している。
ナツコはテリーマンに「おつかれさま」と声をかけながらタオルを差し出した。
「また、ダメにしてしもうたんね」
タオルで顔を拭う婚約者とリングに横たわっているダミー人形を見て、彼女は苦笑した。人形は縫い目が裂けて中の砂がこぼれだしている。
「コレで今すぐ使えるダミー人形はゼロになってしまった」
テリーマンの視線の先には、同じように破損した人形が積み重なっていた。
「ええよ、また私が直しておくから」
「何度もすまないな」
「それよりキンちゃんとの試合、悔いを残さないように頑張り!」
テリーマンを見上げて微笑むナツコ。
「ありがとう、ナツコ。この勝負が終わったら、今度こそ式をあげよう」
「テリー……」

テリーマンもナツコも二人の存在に気がつくことなく恋人同士の世界にひたっているので、バッファローマンはしらけてつぶやいた。
「まさか、わざわざここまできたのに」
「だよなぁ」
彼はリングの上の二人に向かってヒュウ、口笛を吹いた。
「そこのお二人さん、おアツいところ誠に恐縮だが」
思いがけない声にテリーマンがハッと振り返ると、冷やかし笑いを浮かべたバッファローマンと片手を挙げたウォーズマンがそこにいた。
「バッファローマン!ウォーズマン!」
二人の姿を認め、テリーマンの顔が喜びでパッと輝いた。
ナイトレイドから降りたウォーズマンが手綱を手にリングに近づいた。
続いてバッファローマンも勢いをつけてカサブランカから降りる。ズシン、という地響きともにホコリがまいあがった。
「オレたち二人はキン肉マンと戦ったことがあるから、今度の件では色々アドバイスができるんじゃないかと思って来てみたんだ」
「ダミー人形だけじゃ練習にならんだろ?スパーリングパートナーになってやろうと思ってな」
「こんな遠くまで……わざわざ?」
「ああ。テリーが日本を出てすぐ、アイドル超人全員でいろいろ協議したんだ」
「とはいえ、手助けなぞ要らないと突っぱねられるかもしれないってんで問答無用で来ちまったワケ」
「さすがにナツコさんには一報いれたけどね」
イタズラめかしたウォーズマンの言葉にテリーマンは己のフィアンセを見やった。
「だまっててゴメンな。でもウチ、絶対テリーにはアドバイザーが必要だと思ったんよ」
その言葉にテリーマンはかぶりを振った。己の気性も、この対決のことも、知り尽くしてこその振る舞いだ。責める言葉などあろうはずがない。
「ありがとう、バッファローマン、ウォーズマン。遠慮なく胸を借りるよ」
「そうこなくちゃな」
「悔いの残らない試合ができるよう、力を尽くすよ」
四人の顔に笑みが浮かんだ。
「に、してもスゲエな。このダミー人形は全部手作りか?」
「そう、ウチが作ったんよ」
得意気にナツコが胸をはる。穀物用の麻袋を利用したそれは、縫い目は荒いがしっかりとした造作だった。それがおおよそ五十体。目の荒いジュート生地は、人間ならばたちまち皮膚がむけてしまうだろう。
「すごいな、ナツコさん。何でもできるんだね」
ウォーズマンの賛辞にテリーマンはウンウンと頷いた。
「だろう?ナツコはスーパーウーマンなんだ。こんな女性がミーのバートナーだなんて本当に鼻が高いよ」
「やだテリーったら!恥ずかしい」
夫婦漫才を始めた二人を白けた顔で眺めながらバッファローマンは言った。
「やっぱ帰るか?ウォーズ」
「ハ、ハハ……」

バッファローマンとウォーズマンは馬の鞍から荷物をおろすと、息をつく間もなくリングに上がり、テリーマンと対峙した。
「いくぞ!」
バッファローマンの合図と共に二人はテリーマンに躍りかかる。立て続けに繰り出される二方向からのパンチをテリーマンはボクシングのスエーの要領でよけていく。攻撃が数度かわされると、ウォーズマンは手甲部分に格納されている伝家の宝刀『ベアクロー』を取り出し、その鋭い爪で相手に躍りかかった。突然伸びた相手のリーチにつられて、とっさにテリーマンの回避動作がゆらぐ。そのスキを見逃すバッファローマンではない。
「避ける時のアクションが大きすぎる!」
すかさずテリーマンの斜め後ろに回り込んでダブルスレッジハンマーを背中に叩き込んだ。超人レスラーのなかでも屈指のパワーファイターであるバッファローマンの一撃にテリーマンは思わずよろめく。続けて間髪いれずにウォーズマンがエルボーを叩き込むからたまったものではない。
「ガハ……ッ!!」
地に伏したテリーマンの口から肺の息がすべて吐き出されたような音がもれた。
(テリー!!)
休憩用のドリンクを運んできたナツコはその瞬間を眼にし、思わずもれそうになった叫びをグッと飲み込んだ。
トレーニングの邪魔をしてはいけない。
手にした盆の上のレモネードやハチミツ漬けのスライスレモン、テーピング用のテープなどをテーブルにそっと置くと、ナツコは屋内に戻っていった。

超人レスラーたちはリングのなかでどれほど凄惨な行為をうけても、試合終了のゴングが鳴ってロープの外に出た瞬間、それまでの行為の一切を不問にする。両者のあいだにどれだけ力量差があったとしてもそれは変わらず、反則攻撃があった場合も同様だ。リングにいる限り両者は対等で、そこには被害者も加害者もいない。
それは超人たちにしか理解できない思考回路だ。長らく超人格闘技の取材記者を務めてきたナツコでさえ、いまだ奇異に感じている。

その後日暮れまで三人はスパーリングに精を出し、滝のようにかいた汗をシャワーで洗い流した。
一心地ついた彼らにナツコは夕食をふるまったが「急だったからありあわせでしか用意できなくて」としきりに恐縮していた。
テーブルに並べられた料理はいわゆるテクス・メクスと呼ばれるもので、チリコンカーンやファヒータ、メキシカンライスなどだった。スパイスのよく効いた品々はたまさかに男たちの食欲を刺激し、彼らは世辞ではなく心の底から「旨い、旨い」とナツコの料理の腕を褒めちぎり、たちまちのうちにテーブルの上の皿を空にしたのだった。
食後、三人は玄関脇のポーチでビールを傾けながら一息ついた。
「ナツコのチリは旨かったな、ジャパニーズとは思えない」
バッファローマンは手にしていた缶ビールをグイとあおり、満足そうに口から大きなおくびを吐き出した。
テリーマンは自分がほめられたかのように得意気な笑みを浮かべた。
「テリー家直伝のレシピさ」
周知の通り、バッファローマンはスペイン出身の超人だし、テキサスは建国の当初から彼の国と数奇で深い縁がある。また、フェイバリットホールドのハリケーンミキサーはこの地を遠征中に編み出されたものだった。
キン肉マンを介して関わることの多かったバッファローマンとテリーマンだが、蓋を開けてみれば二人には諸々の結びつきが認められるのだった。
「明日は日の出から日没までみっちりトレーニングするぜ。オレたちがサポートについて不様な負け方だけは勘弁願いたいからな」
冗談とも本気ともつかない調子でバッファローマンは言う。
「望むところだ。ユーたちこそ途中でへばるなよ」
ウォーズマンは彼らを眺めながら、己の信条に忠実で、熱い情熱を心のうちに秘めているところもまた、二人の共通点だと新たに気づかされた。
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