愛の軛(バッファローマン夢小説)
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チン、と軽やかにベルの音をたて、エレベーターの扉がゆっくりと開いた。姿を現したのは、シャンパンゴールドのハイヒールとニットのワンピースに身をつつんだ彼女。そのまま真向かいにのバーに足を踏みいれる。
照明をおとした店内の床は毛足の長いカーペットで一面おおわれ、屋外に面した壁は全面がガラス張りになっている。窓の向こうには、街の灯りが地上におちた星屑のようにキラキラと輝いていた。高架道路をゆくクルマのライトが連なって、川のように流れてゆく。都心のホテルの高層階ならではの佳景だ。
この店で人と待ち合わせをしていることを彼女がウェイターに告げると、暗がりのボックス席へと案内され、そこに求める相手がいた。
その姿は文字どおり、「偉容」で「異様」だった。
膂力を感じさせる巨躯、シトリン色の瞳、両の側頭から生える角。
伝説超人(レジェンド)・バッファローマン。
会うのは一年、いや一年半ぶりか。レッスル星のヘラクレス・ファクトリーで教鞭を執っているバッファローマンが、久々の休暇で地球に戻ってきたのだ。
「ごめんなさい、久しぶりなのに待たせちゃって」
彼女はこぼれるような笑みを浮かべて彼に歩みよる。
「いや、オレも来たばかりだ」
バッファローマンは呼びかけにふり向いて鷹揚にうなずき、笑みをうかべた目元には、小さなシワがいくつかあらわれた。襟あしまでとどくストーレトヘアを整髪料できれいに撫でつけ、後ろで一つにたばねている。スーツをまとった巨体がアンティークなスタンディングライトに照らされ、やわらかな灯りに浮かび上がる襟のステッチから、そのスーツがとりわけ上質な仕立てであることがうかがえた。手にしたグラスの中身は、おそらくバーボンだろう。
彼女はバッファローマンの向かいにおもむろに腰をおろした。体格ではるかに人間に勝る超人でも問題なくくつろげるよう、座具はたっぷりと寸法に余裕をもたせてある。その身体はまるで掌中の珠のようにソファにつつみこまれた。
彼女はオーダーしたマルガリータが運ばれてくると、乳白色の美しい飲み物で口をちょっぴり湿らせた。バッファローマンはその様子に「元気そうじゃないか」と、目を細めた。
「うん。バッファもね」
「それだけがオレの取り柄だからな」
おさだまりの安否確認のあとで、二人はあの頃のように他愛ないおしゃべりに興じた。
ドライブで海に行ったことや、バッファローマンが迷子の子犬を拾ってきたこと。そんな思い出話をするためだけに、ぜいたくな酒を口に運ぶ。
バッファローマンがつとめてレッスル星での話をしないのは、彼女にいらぬ気苦労をかけまいとする彼の愛情だ。
いつしか時が過ぎ、バッファローマンに促されて彼女は席をたち、二人はバーをあとにした。エレベーターの前で、バッファローマンは覆いかぶさるように彼女にささやいた。
「部屋、とってあるんだ」
「わざわざ?」
「ああ」
本当は気づいていた。バッファローマンが伝票に部屋番号を記したところを見ていたから。そしてそのことを、バッファローマンも知っている。
久しぶりの会瀬を楽しむための小芝居。
確かめあうような念のはいった交わりは、いくども繰りかえされた。深更をすぎてようやっとバッファローマンの昂りが治まると、二人はかつてのように並んでベッドに横たわった。触れあった肌のあいだに溜まる温もりも、あの頃と変わらない。
交わりの余韻で少し乱れた彼女の髪のあいだに顔をうずめ、バッファローマンがささやいた。
「こんなふうにおまえを抱きしめてる夢を見るよ、たまに。それで、むさっ苦しい教官部屋で着のみ着のままのジャージ姿で目が覚める」
「洗濯とか、どうしてるの?」
「自分で洗ってるぜ」
「そんなこと一度もしなかったのにね」
「おまえに甘えてたんだろうな、たぶん」
バッファローマンは含み笑いとともに答えた。
数日後、二人の姿は宇宙港にあった。
彼女はバッファローマンを見上げて、にっこりと笑みを浮かべた。
「またね」
「ああ、元気でな」
それだけ。
待っていろ、とも待っている、とも言わない。言えば相手の負担になることがお互いに判っているから。だけど信じて待つには二人を隔てる距離はあまりにも遠くて、彼女にとっては苦行に近い。それでもなけなしのプライドで、引きとめようとする言葉を飲みこんだ。
(――元気でさえいてくれたら、それでいい)
小さくなっていくバッファローマンの背中を見つめているうちに、鼻の奥がツン、と痛み、視界がぼやけはじめた。もう、涙がこぼれても大丈夫だろう。しかし、彼女がそう思った瞬間、バッファローマンはくるりと向きなおり、急ぎ足で彼女のもとに戻ってきた。
「忘れもんだ」
彼はそういうと巨躯をかがめ、彼女の額にキスをした。
「……泣いてたろ?」
彼女の顔をのぞきこんでニヤリと笑うバッファローマンに、負けじと彼女も泣き笑いをかえした。
「泣いてないよ」
「よし、じゃあな」
そうして今度こそ、本当に去っていった。
バッファローマンを乗せた宇宙船は、地球の重力を逃れるべく猛烈な速度で上昇していた。バッファローマンは、五点式のハーネスでシートに身体をガッチリと固定され、加速によって生じる猛烈なGに耐えていた。やがて宇宙船が重力の軛から解き放たれた瞬間、ふわりと彼の身体にかかっていた圧が消えた。
愛は重力の軛 に似ている。
目には見えなくとも近づけば捕らわれ、為すすべもなく落ちていく。
落ちながら時にあがき、あがいても詮ないのだと、とうとう身を任せるときにわき上がる、安堵にも似たあの気持ち。
それは知っているからだ。
そこが自分にとっての終着点なのだと。
だからバッファローマンは声には出さずポソリとつぶやいた。
「またな」
end
(初出:オンラインイベント 2023.02)
照明をおとした店内の床は毛足の長いカーペットで一面おおわれ、屋外に面した壁は全面がガラス張りになっている。窓の向こうには、街の灯りが地上におちた星屑のようにキラキラと輝いていた。高架道路をゆくクルマのライトが連なって、川のように流れてゆく。都心のホテルの高層階ならではの佳景だ。
この店で人と待ち合わせをしていることを彼女がウェイターに告げると、暗がりのボックス席へと案内され、そこに求める相手がいた。
その姿は文字どおり、「偉容」で「異様」だった。
膂力を感じさせる巨躯、シトリン色の瞳、両の側頭から生える角。
伝説超人(レジェンド)・バッファローマン。
会うのは一年、いや一年半ぶりか。レッスル星のヘラクレス・ファクトリーで教鞭を執っているバッファローマンが、久々の休暇で地球に戻ってきたのだ。
「ごめんなさい、久しぶりなのに待たせちゃって」
彼女はこぼれるような笑みを浮かべて彼に歩みよる。
「いや、オレも来たばかりだ」
バッファローマンは呼びかけにふり向いて鷹揚にうなずき、笑みをうかべた目元には、小さなシワがいくつかあらわれた。襟あしまでとどくストーレトヘアを整髪料できれいに撫でつけ、後ろで一つにたばねている。スーツをまとった巨体がアンティークなスタンディングライトに照らされ、やわらかな灯りに浮かび上がる襟のステッチから、そのスーツがとりわけ上質な仕立てであることがうかがえた。手にしたグラスの中身は、おそらくバーボンだろう。
彼女はバッファローマンの向かいにおもむろに腰をおろした。体格ではるかに人間に勝る超人でも問題なくくつろげるよう、座具はたっぷりと寸法に余裕をもたせてある。その身体はまるで掌中の珠のようにソファにつつみこまれた。
彼女はオーダーしたマルガリータが運ばれてくると、乳白色の美しい飲み物で口をちょっぴり湿らせた。バッファローマンはその様子に「元気そうじゃないか」と、目を細めた。
「うん。バッファもね」
「それだけがオレの取り柄だからな」
おさだまりの安否確認のあとで、二人はあの頃のように他愛ないおしゃべりに興じた。
ドライブで海に行ったことや、バッファローマンが迷子の子犬を拾ってきたこと。そんな思い出話をするためだけに、ぜいたくな酒を口に運ぶ。
バッファローマンがつとめてレッスル星での話をしないのは、彼女にいらぬ気苦労をかけまいとする彼の愛情だ。
いつしか時が過ぎ、バッファローマンに促されて彼女は席をたち、二人はバーをあとにした。エレベーターの前で、バッファローマンは覆いかぶさるように彼女にささやいた。
「部屋、とってあるんだ」
「わざわざ?」
「ああ」
本当は気づいていた。バッファローマンが伝票に部屋番号を記したところを見ていたから。そしてそのことを、バッファローマンも知っている。
久しぶりの会瀬を楽しむための小芝居。
確かめあうような念のはいった交わりは、いくども繰りかえされた。深更をすぎてようやっとバッファローマンの昂りが治まると、二人はかつてのように並んでベッドに横たわった。触れあった肌のあいだに溜まる温もりも、あの頃と変わらない。
交わりの余韻で少し乱れた彼女の髪のあいだに顔をうずめ、バッファローマンがささやいた。
「こんなふうにおまえを抱きしめてる夢を見るよ、たまに。それで、むさっ苦しい教官部屋で着のみ着のままのジャージ姿で目が覚める」
「洗濯とか、どうしてるの?」
「自分で洗ってるぜ」
「そんなこと一度もしなかったのにね」
「おまえに甘えてたんだろうな、たぶん」
バッファローマンは含み笑いとともに答えた。
数日後、二人の姿は宇宙港にあった。
彼女はバッファローマンを見上げて、にっこりと笑みを浮かべた。
「またね」
「ああ、元気でな」
それだけ。
待っていろ、とも待っている、とも言わない。言えば相手の負担になることがお互いに判っているから。だけど信じて待つには二人を隔てる距離はあまりにも遠くて、彼女にとっては苦行に近い。それでもなけなしのプライドで、引きとめようとする言葉を飲みこんだ。
(――元気でさえいてくれたら、それでいい)
小さくなっていくバッファローマンの背中を見つめているうちに、鼻の奥がツン、と痛み、視界がぼやけはじめた。もう、涙がこぼれても大丈夫だろう。しかし、彼女がそう思った瞬間、バッファローマンはくるりと向きなおり、急ぎ足で彼女のもとに戻ってきた。
「忘れもんだ」
彼はそういうと巨躯をかがめ、彼女の額にキスをした。
「……泣いてたろ?」
彼女の顔をのぞきこんでニヤリと笑うバッファローマンに、負けじと彼女も泣き笑いをかえした。
「泣いてないよ」
「よし、じゃあな」
そうして今度こそ、本当に去っていった。
バッファローマンを乗せた宇宙船は、地球の重力を逃れるべく猛烈な速度で上昇していた。バッファローマンは、五点式のハーネスでシートに身体をガッチリと固定され、加速によって生じる猛烈なGに耐えていた。やがて宇宙船が重力の軛から解き放たれた瞬間、ふわりと彼の身体にかかっていた圧が消えた。
愛は重力の
目には見えなくとも近づけば捕らわれ、為すすべもなく落ちていく。
落ちながら時にあがき、あがいても詮ないのだと、とうとう身を任せるときにわき上がる、安堵にも似たあの気持ち。
それは知っているからだ。
そこが自分にとっての終着点なのだと。
だからバッファローマンは声には出さずポソリとつぶやいた。
「またな」
end
(初出:オンラインイベント 2023.02)
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