カロリー(キン肉マンマリポーサ夢小説)
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はじめはそろそろと、やがてくつろいで。熱い風呂に身体をひたすときのように、夏の暑さも慣れてしまえばこの季節にしか味わえない醍醐味もあるのだと毎年気づく。風鈴の音、花火のにおい、それから。
盂蘭盆会がおわって、街はいつもの様相をほぼ取りもどしたけれど、あいかわらず朝から暑い。おまけにまだまだ夏休みを満喫するつもりの学生や、あえて混雑時期をさけた旅行者などもいて、街はオンとオフがごった煮になっていた。人より遅れたけれど彼女も明日から夏休みだ。マリポーサがどこかに行こうと誘ってくれて、せっかくだから彼女は泳ぎに行きたかった。しかし海はもう波が高くなりすぎているだろうし、クラゲもいる。
だが、プールならば問題ないだろうということで、二人はプールに行くことにした。
約束の日、マリポーサはシティホテルのラウンジを待ちあわせ場所に指定してきた。そこで落ちあって、いざプールへという段取りなのかと考えていたら、ホテルの最上階にあるプールで泳ぐのだという。
マリポーサにうながされてエレベーターで最上階にあがり、水着に着かえてくだんのプールサイドにたってみれば、そこはテラコッタの床と漆喰の壁であつらえられた吹きぬけの広い空間で、そこかしこに観葉植物がおかれていた。高い天井からさしこんだ陽光が部屋の中央にあるプールの水面でキラキラとかがやく。静謐でおだやかな、まさに都会のオアシスといった感じだ。
「さあ、泳ごうか」
当然のことながら、マリポーサはプールでもマスクをかぶっていた。何もかもがあらわになっているのにあえてそこだけを秘しているというのは、観るものの好奇心をたまらなく刺激する。
カットの深いブーメランタイプの白のスイムショーツと褐色の肌の対比は、どこまでも扇情的だ。
こんなとき、たいてい人間は身体の一部が焼けずに白くのこっていたりする。日焼けした場所とそうでない場所はなんだか日常と非日常がとなり合っているみたいで、ふとした瞬間に夢からさめてしまうけれど、マリポーサはそれが地の肌なので、そんなこともない。
二人はならんでゆっくりと水をかいた。しなやかに水をかいてすすむマリポーサの腕は筋肉が盛りあがり、褐色の肌は玉のように水をはじく。甘やかなコロンの香りをまとわせていないマリポーサは、リングでみせる猛々しさの片鱗をのぞかせているようで、泳いでいるあいだ、彼女はずっと夢見ごこちだった。
しばらくたって、ひと休みしようということになり、プールサイドのドリンクバーで飲みものをもとめた。マリポーサはマイ・タイを、彼女はピニャコラーダだ。「呑みおわってすぐに泳ぐと危ないぞ」と彼は彼女に注意をうながしだ。
デッキチェアであまいカクテルをたのしみながら、彼女は心の底からくつろいでいた。となりのマリポーサにもそんな様子がうかがえる。ともあれ彼はいつも悠々としたたたずまいなのだが。
「マリポーサってこういう場所がよく似合う」
「こういう、とは?」
「ゴージャスって言ったらいいのかな。キラキラしてて優雅な場所」
マリポーサは周囲をグルリと見わたしたあと、意を得たとばかりに小さくうなずいた。それからマイ・タイを口にふくみ、まろやかなカクテルがのどをすべり落ちると、おもむろに口をひらいた。
「おまえに私が貧しかったころの話をしたことがあるだろう?生きるためにいろいろやった。こんな明るいところでは口にだせないようなことも。そういう、色々なものが抜けきらないのだろうな。だから金を使えば充たされると思っているのかもしれない――さもしい男なんだ、私は」
天井からふりそそいだ光をあおぐマリポーサの横顔は、まるで告解室で神にゆるしを乞う罪人のようだった。
「そんなことない、わたしだってこういう場所でデートしたらうれしいし、それにマリポーサは誰かのためにたくさん自分を犠牲にしてきたじゃない。自分だけ満足すればいいなんて思ってる人はそんなことできないよ」
「そう思うか?」
「うん、わたしは絶対ずっとそう思ってる」
彼は彼女をジッと見つめたまま、ふたたび問いかけた。
「絶対に?ずっと?」
「うん、絶対」
彼女の瞳のなかに一片の濁りもないことをみとめて、マリポーサは口の端に笑みをうかべた。
「おまえがとなりにいてくれてよかった」
それから彼は彼女に触れるだけのキスをした。
帰りにクルマで彼女を自宅まで送りとどけたあと、なんとなしにマリポーサはカーラジオのスイッチをいれた。夕方のラッシュアワーにさしかかったせいか、道は混雑している。ノロノロとすすむクルマの列をながめながら、彼は昼間の会話を反すうしていた。
生きるために盗む。
善悪ではない――いや、なかった。だけどそんな生を抜け出したあとも盗み、奪いつづけた。だからこそ自分はキン肉スグルに敗れたのだ。それは紛れもない事実だ。しかし、生きるために誰かの糧を奪わなければ、いまここにマリポーサという超人は存在していなかった。それはもう確信をもって断言することができる。
そして地球の、日本の、ごく普通の家庭に生まれ育った善良な彼女が、そのことを理解できないだろうということも。
だから彼は己の過去を否定してみせた。
きっと彼女はマリポーサのことを哀しい過去をおった男だと、その傷を癒せるのは自分しかいないと思っただろう。
ああ、なんて可愛い彼女。
蝶は羽ばたきつづけるために、たくさんのカロリーが要るのだ。
そう。
あまいあまい、蜜が。
end
(書き下ろし 2024.08.12)
盂蘭盆会がおわって、街はいつもの様相をほぼ取りもどしたけれど、あいかわらず朝から暑い。おまけにまだまだ夏休みを満喫するつもりの学生や、あえて混雑時期をさけた旅行者などもいて、街はオンとオフがごった煮になっていた。人より遅れたけれど彼女も明日から夏休みだ。マリポーサがどこかに行こうと誘ってくれて、せっかくだから彼女は泳ぎに行きたかった。しかし海はもう波が高くなりすぎているだろうし、クラゲもいる。
だが、プールならば問題ないだろうということで、二人はプールに行くことにした。
約束の日、マリポーサはシティホテルのラウンジを待ちあわせ場所に指定してきた。そこで落ちあって、いざプールへという段取りなのかと考えていたら、ホテルの最上階にあるプールで泳ぐのだという。
マリポーサにうながされてエレベーターで最上階にあがり、水着に着かえてくだんのプールサイドにたってみれば、そこはテラコッタの床と漆喰の壁であつらえられた吹きぬけの広い空間で、そこかしこに観葉植物がおかれていた。高い天井からさしこんだ陽光が部屋の中央にあるプールの水面でキラキラとかがやく。静謐でおだやかな、まさに都会のオアシスといった感じだ。
「さあ、泳ごうか」
当然のことながら、マリポーサはプールでもマスクをかぶっていた。何もかもがあらわになっているのにあえてそこだけを秘しているというのは、観るものの好奇心をたまらなく刺激する。
カットの深いブーメランタイプの白のスイムショーツと褐色の肌の対比は、どこまでも扇情的だ。
こんなとき、たいてい人間は身体の一部が焼けずに白くのこっていたりする。日焼けした場所とそうでない場所はなんだか日常と非日常がとなり合っているみたいで、ふとした瞬間に夢からさめてしまうけれど、マリポーサはそれが地の肌なので、そんなこともない。
二人はならんでゆっくりと水をかいた。しなやかに水をかいてすすむマリポーサの腕は筋肉が盛りあがり、褐色の肌は玉のように水をはじく。甘やかなコロンの香りをまとわせていないマリポーサは、リングでみせる猛々しさの片鱗をのぞかせているようで、泳いでいるあいだ、彼女はずっと夢見ごこちだった。
しばらくたって、ひと休みしようということになり、プールサイドのドリンクバーで飲みものをもとめた。マリポーサはマイ・タイを、彼女はピニャコラーダだ。「呑みおわってすぐに泳ぐと危ないぞ」と彼は彼女に注意をうながしだ。
デッキチェアであまいカクテルをたのしみながら、彼女は心の底からくつろいでいた。となりのマリポーサにもそんな様子がうかがえる。ともあれ彼はいつも悠々としたたたずまいなのだが。
「マリポーサってこういう場所がよく似合う」
「こういう、とは?」
「ゴージャスって言ったらいいのかな。キラキラしてて優雅な場所」
マリポーサは周囲をグルリと見わたしたあと、意を得たとばかりに小さくうなずいた。それからマイ・タイを口にふくみ、まろやかなカクテルがのどをすべり落ちると、おもむろに口をひらいた。
「おまえに私が貧しかったころの話をしたことがあるだろう?生きるためにいろいろやった。こんな明るいところでは口にだせないようなことも。そういう、色々なものが抜けきらないのだろうな。だから金を使えば充たされると思っているのかもしれない――さもしい男なんだ、私は」
天井からふりそそいだ光をあおぐマリポーサの横顔は、まるで告解室で神にゆるしを乞う罪人のようだった。
「そんなことない、わたしだってこういう場所でデートしたらうれしいし、それにマリポーサは誰かのためにたくさん自分を犠牲にしてきたじゃない。自分だけ満足すればいいなんて思ってる人はそんなことできないよ」
「そう思うか?」
「うん、わたしは絶対ずっとそう思ってる」
彼は彼女をジッと見つめたまま、ふたたび問いかけた。
「絶対に?ずっと?」
「うん、絶対」
彼女の瞳のなかに一片の濁りもないことをみとめて、マリポーサは口の端に笑みをうかべた。
「おまえがとなりにいてくれてよかった」
それから彼は彼女に触れるだけのキスをした。
帰りにクルマで彼女を自宅まで送りとどけたあと、なんとなしにマリポーサはカーラジオのスイッチをいれた。夕方のラッシュアワーにさしかかったせいか、道は混雑している。ノロノロとすすむクルマの列をながめながら、彼は昼間の会話を反すうしていた。
生きるために盗む。
善悪ではない――いや、なかった。だけどそんな生を抜け出したあとも盗み、奪いつづけた。だからこそ自分はキン肉スグルに敗れたのだ。それは紛れもない事実だ。しかし、生きるために誰かの糧を奪わなければ、いまここにマリポーサという超人は存在していなかった。それはもう確信をもって断言することができる。
そして地球の、日本の、ごく普通の家庭に生まれ育った善良な彼女が、そのことを理解できないだろうということも。
だから彼は己の過去を否定してみせた。
きっと彼女はマリポーサのことを哀しい過去をおった男だと、その傷を癒せるのは自分しかいないと思っただろう。
ああ、なんて可愛い彼女。
蝶は羽ばたきつづけるために、たくさんのカロリーが要るのだ。
そう。
あまいあまい、蜜が。
end
(書き下ろし 2024.08.12)
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