氷菓(ザ・ニンジャ夢小説)
名前を変える
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「暑いわね、ニンジャさん」
「うむ、暑いな」
よく晴れた夏のある休日、彼女とザ・ニンジャは街へでかけていた。夕べ、ネットで見たかき氷を食べてみたいと彼女が言いだしたのだ。ニンジャとしてはとくに異論もなく、それでは明日はちょうど休みだから二人で食べにいこうということになった。
ニンジャは世俗にうといため知らなかったのだ。当世はかき氷といえば、天然氷だの純氷だのと氷の出自からその削り方、はては氷の上にかけるシロップまで、こだわりにこだわったものが店の数だけ出まわっていることを。彼の頭のなかには駄菓子屋かせいぜい甘味屋あたりが大きな氷削り器で氷をガリガリとかき、どぎつい色のシロップをかけたものというイメージしかなかった。だからいま、納得ずくで店の前の順番待ちの列に並んでいても(今はだいたい真ん中より先頭に近いあたりだった)、なんだかキツネにつままれたような、どこか釈然としない思いにとらわれていた。そもそもただの水を凍らせただけなのにどうしてこんな値がはるのだろう。夏に氷といえば氷室に貯蔵したものしかなかったという時代であれば話は別だが。しかし周囲の人々はなんらの疑問もいだいていない様子で、のんびり席があくのを待っている。
それにしても、暑い。
こんな陽気だからさすがに今日は忍装束はやめておいた。頭をすっぽり覆った頭巾や鉢金を仕込んだ額あて、鎖帷子など、ニンジャ当人はもちろん、その姿を見る者の気分まで暑くさせてしまう。短く刈った頭髪に真夏の太陽が照りつけ、汗が頭皮をつたって額に流れおちた。
ニンジャはボディバックから手ぬぐいを取りだし、汗をぬぐった。その様子に彼女は手にした扇子をニンジャにむけて小さくあおいだ。ぬるい風がやわく顔にあたる。その感じはどこかなつかしく、ニンジャは思わず笑みがこぼれた。
「ありがとう、だが拙者は大丈夫だ。そなたは自分をあおいでいてよいぞ」
それからしばらくして、ようやっと席があいて二人の順番がまわってきた。席につくやいなや「わたしはイチゴミルク!」と宣言する。メニューを見るまでもなく、お目当ては決まっていたらしい。ニンジャもメニューにさっと目をはしらせると「拙者は抹茶を」とウェイトレスにつげた。
「たのしみね、ニンジャさん」
「そうだな、せっかくそなたが選んでくれた店だ、どんな品がでてくるか楽しみだな」
「ホントは意外だったの、ニンジャさん人混みとか嫌いでしょ?よく出かける気になってくれたなって」
事実その通りで、彼が考え違いをしていただけなのだが、彼女の楽しそうな様子に「たまにはこういうのも悪くない」とニンジャは思いはじめていた。
そこへタイミングよく二人の注文したかき氷がはこばれてきた。どちらも涼しげなガラスの器に白く薄い氷がこんもりと盛られている。イチゴの果実がたっぷりはいった赤いシロップと、とろりとした抹茶の緑の対比があざやかでうつくしい。
「これはなんとも風流だ」
「さ、いただきましょ!」
木さじはなんらの抵抗もなく氷をすくいあげ、彼女はそれをすかさず口にはこぶ。口内の熱にふれた瞬間、氷は淡雪のようにフワリと溶けた。煮つめたイチゴの濃い果実味がとけた氷がみごとなハーモニーをかもしだし、練乳のコクが豊饒さをつけくわえている。
抹茶のかき氷もまた香りたかくさわやかで、清水に浮いた一葉のような透きとおった風味を、甘みがしっかり受けとめている。甘さのなかの濃厚なコクは黒糖を使っているからだろうか。
「このかき氷、すっごくまろやかね、イチゴもあまずっぱくてとってもあうわ。抹茶はどう?」
「食べてみるか?」
ニンジャは自分のかき氷をひとさじすくうと彼女にさし出し――その瞬間、やに下がった男のようなふるまいをした自分に内心驚愕した。
彼女もニンジャは絶対そんなことをするタイプではないと思っていたのだろう、きょとんとしたあと、顔を赤くして「い、いいの?」とたずねた。
そうか、自分はそれほどけったいなことをしたのか――そう考えたらニンジャはなぜだか愉快な心もちになった。
「早くしないと、溶けるぞ?」
すると、彼女はおっかなびっくり顔をつき出して、抹茶味のかき氷をパクリと食べた。
「美味いか?」
「うん!大人の味ね。ニンジャさんも、どうぞ」
真っ赤なかき氷をのせた木さじがニンジャの目の前にさし出された。
そうだろう、こういう流れになるだろう。ニンジャはとっくに納得ずくで、さっきの彼女のと同じように――そしてどこにでもいる恋人同士のように――顔をのばし、イチゴのかき氷をたいらげた。
それから二人は溶けないうちに、と真剣に氷の山にとりくんだ。どんなにあわてて食べても昔のように頭がキーンと痛くならないのは天然氷を使っているかららしい。
世界はあっという間に変わっている。
ニンジャは氷塊を噛み砕くような、骨太な日々をずっと送ってきた。それはたしかに鮮烈に生を実感させるものであったけれど、そればかりでは生きることに少々疲れてしまうのではないか。ふと、そんな考えが頭にうかんだ。
きっとこれは、触れた瞬間に溶けてゆく、あわくはかない氷菓のせいだ――ニンジャは自分らしくないその感傷を、久しぶりに食べたかき氷のせいにしてしまうことにした。
end
(書き下ろし 2024.08.01)
「うむ、暑いな」
よく晴れた夏のある休日、彼女とザ・ニンジャは街へでかけていた。夕べ、ネットで見たかき氷を食べてみたいと彼女が言いだしたのだ。ニンジャとしてはとくに異論もなく、それでは明日はちょうど休みだから二人で食べにいこうということになった。
ニンジャは世俗にうといため知らなかったのだ。当世はかき氷といえば、天然氷だの純氷だのと氷の出自からその削り方、はては氷の上にかけるシロップまで、こだわりにこだわったものが店の数だけ出まわっていることを。彼の頭のなかには駄菓子屋かせいぜい甘味屋あたりが大きな氷削り器で氷をガリガリとかき、どぎつい色のシロップをかけたものというイメージしかなかった。だからいま、納得ずくで店の前の順番待ちの列に並んでいても(今はだいたい真ん中より先頭に近いあたりだった)、なんだかキツネにつままれたような、どこか釈然としない思いにとらわれていた。そもそもただの水を凍らせただけなのにどうしてこんな値がはるのだろう。夏に氷といえば氷室に貯蔵したものしかなかったという時代であれば話は別だが。しかし周囲の人々はなんらの疑問もいだいていない様子で、のんびり席があくのを待っている。
それにしても、暑い。
こんな陽気だからさすがに今日は忍装束はやめておいた。頭をすっぽり覆った頭巾や鉢金を仕込んだ額あて、鎖帷子など、ニンジャ当人はもちろん、その姿を見る者の気分まで暑くさせてしまう。短く刈った頭髪に真夏の太陽が照りつけ、汗が頭皮をつたって額に流れおちた。
ニンジャはボディバックから手ぬぐいを取りだし、汗をぬぐった。その様子に彼女は手にした扇子をニンジャにむけて小さくあおいだ。ぬるい風がやわく顔にあたる。その感じはどこかなつかしく、ニンジャは思わず笑みがこぼれた。
「ありがとう、だが拙者は大丈夫だ。そなたは自分をあおいでいてよいぞ」
それからしばらくして、ようやっと席があいて二人の順番がまわってきた。席につくやいなや「わたしはイチゴミルク!」と宣言する。メニューを見るまでもなく、お目当ては決まっていたらしい。ニンジャもメニューにさっと目をはしらせると「拙者は抹茶を」とウェイトレスにつげた。
「たのしみね、ニンジャさん」
「そうだな、せっかくそなたが選んでくれた店だ、どんな品がでてくるか楽しみだな」
「ホントは意外だったの、ニンジャさん人混みとか嫌いでしょ?よく出かける気になってくれたなって」
事実その通りで、彼が考え違いをしていただけなのだが、彼女の楽しそうな様子に「たまにはこういうのも悪くない」とニンジャは思いはじめていた。
そこへタイミングよく二人の注文したかき氷がはこばれてきた。どちらも涼しげなガラスの器に白く薄い氷がこんもりと盛られている。イチゴの果実がたっぷりはいった赤いシロップと、とろりとした抹茶の緑の対比があざやかでうつくしい。
「これはなんとも風流だ」
「さ、いただきましょ!」
木さじはなんらの抵抗もなく氷をすくいあげ、彼女はそれをすかさず口にはこぶ。口内の熱にふれた瞬間、氷は淡雪のようにフワリと溶けた。煮つめたイチゴの濃い果実味がとけた氷がみごとなハーモニーをかもしだし、練乳のコクが豊饒さをつけくわえている。
抹茶のかき氷もまた香りたかくさわやかで、清水に浮いた一葉のような透きとおった風味を、甘みがしっかり受けとめている。甘さのなかの濃厚なコクは黒糖を使っているからだろうか。
「このかき氷、すっごくまろやかね、イチゴもあまずっぱくてとってもあうわ。抹茶はどう?」
「食べてみるか?」
ニンジャは自分のかき氷をひとさじすくうと彼女にさし出し――その瞬間、やに下がった男のようなふるまいをした自分に内心驚愕した。
彼女もニンジャは絶対そんなことをするタイプではないと思っていたのだろう、きょとんとしたあと、顔を赤くして「い、いいの?」とたずねた。
そうか、自分はそれほどけったいなことをしたのか――そう考えたらニンジャはなぜだか愉快な心もちになった。
「早くしないと、溶けるぞ?」
すると、彼女はおっかなびっくり顔をつき出して、抹茶味のかき氷をパクリと食べた。
「美味いか?」
「うん!大人の味ね。ニンジャさんも、どうぞ」
真っ赤なかき氷をのせた木さじがニンジャの目の前にさし出された。
そうだろう、こういう流れになるだろう。ニンジャはとっくに納得ずくで、さっきの彼女のと同じように――そしてどこにでもいる恋人同士のように――顔をのばし、イチゴのかき氷をたいらげた。
それから二人は溶けないうちに、と真剣に氷の山にとりくんだ。どんなにあわてて食べても昔のように頭がキーンと痛くならないのは天然氷を使っているかららしい。
世界はあっという間に変わっている。
ニンジャは氷塊を噛み砕くような、骨太な日々をずっと送ってきた。それはたしかに鮮烈に生を実感させるものであったけれど、そればかりでは生きることに少々疲れてしまうのではないか。ふと、そんな考えが頭にうかんだ。
きっとこれは、触れた瞬間に溶けてゆく、あわくはかない氷菓のせいだ――ニンジャは自分らしくないその感傷を、久しぶりに食べたかき氷のせいにしてしまうことにした。
end
(書き下ろし 2024.08.01)
1/1ページ
