夜炎(マリポーサ夢小説)
名前を変える
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
彼女とマリポーサは休日の昼に待ち合わせをして、映画とショッピングのあとで、おいしい食事をたっぷり楽しんだ。レストランをあとにするころには月がすっかり中天にかかっていて、このまま帰って休んだほうが明日からの仕事のためにはいいのだろう。だけど、あっさりサヨナラするのが名残り惜しく、彼女の様子からそれをみてとったマリポーサは「せっかくだから一服して帰るか?」と、提案した。
彼は彼女をつれて、レトロな雰囲気のちいさな喫茶店のドアをあけた。夜おそくまで営業していて、ほの暗い雰囲気のなかで秘密めいたおしゃべりがゆっくりと楽しめる、隠れ家のような店だった。マリポーサと彼女は別珍のソファに腰をおちつけ、マンデリンとカフェモカをオーダーした。やがてはこばれてきたふたつのカップにそれぞれ口をつける。
本当のことをいえば、マリポーサはクレマたっぷりのエスプレッソが好きなのだが、美しい白と青のマスクを金茶色の泡で汚してしまわないよう、出先ではいつもドリップコーヒーを選んでいる。それはもちろんマスクに対する畏敬の念からくるものだが、余人の目があるところでマスクの汚れをふき取るなどという、まぬけた姿をさらしたくないという気概にもとづいたものでもある。
伊達者で、洒落者なのだ。
マリポーサはまず目をつぶって香りをたのしんだ。
「いい香りだ」
それからおもむろにコーヒーを口にふくむ。
彼の茶褐色の肌と珈琲色があいまって、一幅の絵画のような調和をかもしだしている。
彼女は甘くてクリーミーなカフェモカを少しずつつ味わいながら、その様子にみとれていた。
一説によれば五王子のなかで女性ファンが一番多いのはマリポーサだという。さもありなん、あながち間違いではないだろうし、少なくとも彼女はそれを信じている。
つまり彼の恋人である自分には、たくさんの恋仇がおり、彼女らは彼女の後がまをつねに虎視眈々と狙っている。
マリポーサとの恋はまさにタイトロープダンシングだ。
ふと、マリポーサの白のシルクシャツの胸ポケットにおさまっていたモバイルがバイブレーションによる着信をつげた。彼はそれをとりだし、相手を確認すると「すまんな」とひとことことわって席をはずした。戸口へむかう背中は超人特有の筋肉におおわれ、さながら丘のようにもりあがっている。「ああ、私だ。うん、うん……」そこで低い声はドアのむこうに消えたので、どのような類の通話なのか察することはできなかった。
それでも彼女は電話の相手を確認した瞬間、マリポーサの横顔がどことなくうれしげなことに気がついていた。彼は朴念仁ではないけれども開けっぴろげというわけでもない。ごく親しいものにしか本心はみせないし、つねに冷静だ。電話の主はそんな人物に笑みを浮かべさせる相手というわけだ。
気になる。
正直にいえば猛烈に気になる。席をたってコッソリ近づいて会話を盗み聞きしたい。でも、そんなことをしたと知ったらマリポーサはどう思うだろうか。もちろん「ごめんない」とあやまれば「気にするな」と許してくれるだろう。だけど彼のなかに彼女への失望が芽生えてはいないかと、そのあとずっと気になってしまうにちがいない。
彼女はコーヒカップをのぞきこんで自分の考えにひたっていた。
気がつくと電話をおえたマリポーサが席にもどってくるところだった。
「一人にしてすまなかったな」
「う、うん」
彼女の神妙な面持ちに、マリポーサはけげんな表情をうかべた。
「なにかあったのか?」
(――誰とはなしてたの?)
(――私のことホントに好き?)
「なんでもないよ」
(――こういうことを聞くと嫌がられるって知ってるもの)
するとマリポーサはすべて察したとばかりに、のどの奥でクツクツとわらった。
「もしかして心配しているのか?」
「してないよ、信じてるし」
「履歴をみてもかまわないぞ?」
マットブラックのモバイルがテーブルのうえにゴトリ、とおかれた。
「ううん、みない」
彼女が顔をあげると、熱っぽく、それでいて思わせぶりなマリポーサのまなざしが、彼女をひたと見すえていた。
「可愛いな、おまえは」
「……マリポーサって『わたしがあなたのこと嫌いにならない』って知ってるよね」
「うん、まあ、そうだな」
「いいよ。くやしいけど、そのとおりだから」
「だがな、私もおまえにたいして同じように思っているぞ」
彼女はうれしさと恥ずかしさに顔をほてらせながら(ああ、本当にこの人はわたしのことを有頂天にさせるのが上手だ)と思った。
いったい誰が彼のことをマリポーサ――蝶などと呼んだのだろう。彼は蝶ではない。蝶をまどわせ、あげくその身を焼いてしまう夜の炎だ。その火種は彼の心の奥ふかくでつねにまたたき、モクテスマのあの希薄な大気でさえ、その灯を絶やすことはかなわなかった。
今夜、その炎に身を焦がされるのは彼女だ。
だけど彼女はそれを心からよろこんでいる。
end
(2024.05.02 書き下ろし)
彼は彼女をつれて、レトロな雰囲気のちいさな喫茶店のドアをあけた。夜おそくまで営業していて、ほの暗い雰囲気のなかで秘密めいたおしゃべりがゆっくりと楽しめる、隠れ家のような店だった。マリポーサと彼女は別珍のソファに腰をおちつけ、マンデリンとカフェモカをオーダーした。やがてはこばれてきたふたつのカップにそれぞれ口をつける。
本当のことをいえば、マリポーサはクレマたっぷりのエスプレッソが好きなのだが、美しい白と青のマスクを金茶色の泡で汚してしまわないよう、出先ではいつもドリップコーヒーを選んでいる。それはもちろんマスクに対する畏敬の念からくるものだが、余人の目があるところでマスクの汚れをふき取るなどという、まぬけた姿をさらしたくないという気概にもとづいたものでもある。
伊達者で、洒落者なのだ。
マリポーサはまず目をつぶって香りをたのしんだ。
「いい香りだ」
それからおもむろにコーヒーを口にふくむ。
彼の茶褐色の肌と珈琲色があいまって、一幅の絵画のような調和をかもしだしている。
彼女は甘くてクリーミーなカフェモカを少しずつつ味わいながら、その様子にみとれていた。
一説によれば五王子のなかで女性ファンが一番多いのはマリポーサだという。さもありなん、あながち間違いではないだろうし、少なくとも彼女はそれを信じている。
つまり彼の恋人である自分には、たくさんの恋仇がおり、彼女らは彼女の後がまをつねに虎視眈々と狙っている。
マリポーサとの恋はまさにタイトロープダンシングだ。
ふと、マリポーサの白のシルクシャツの胸ポケットにおさまっていたモバイルがバイブレーションによる着信をつげた。彼はそれをとりだし、相手を確認すると「すまんな」とひとことことわって席をはずした。戸口へむかう背中は超人特有の筋肉におおわれ、さながら丘のようにもりあがっている。「ああ、私だ。うん、うん……」そこで低い声はドアのむこうに消えたので、どのような類の通話なのか察することはできなかった。
それでも彼女は電話の相手を確認した瞬間、マリポーサの横顔がどことなくうれしげなことに気がついていた。彼は朴念仁ではないけれども開けっぴろげというわけでもない。ごく親しいものにしか本心はみせないし、つねに冷静だ。電話の主はそんな人物に笑みを浮かべさせる相手というわけだ。
気になる。
正直にいえば猛烈に気になる。席をたってコッソリ近づいて会話を盗み聞きしたい。でも、そんなことをしたと知ったらマリポーサはどう思うだろうか。もちろん「ごめんない」とあやまれば「気にするな」と許してくれるだろう。だけど彼のなかに彼女への失望が芽生えてはいないかと、そのあとずっと気になってしまうにちがいない。
彼女はコーヒカップをのぞきこんで自分の考えにひたっていた。
気がつくと電話をおえたマリポーサが席にもどってくるところだった。
「一人にしてすまなかったな」
「う、うん」
彼女の神妙な面持ちに、マリポーサはけげんな表情をうかべた。
「なにかあったのか?」
(――誰とはなしてたの?)
(――私のことホントに好き?)
「なんでもないよ」
(――こういうことを聞くと嫌がられるって知ってるもの)
するとマリポーサはすべて察したとばかりに、のどの奥でクツクツとわらった。
「もしかして心配しているのか?」
「してないよ、信じてるし」
「履歴をみてもかまわないぞ?」
マットブラックのモバイルがテーブルのうえにゴトリ、とおかれた。
「ううん、みない」
彼女が顔をあげると、熱っぽく、それでいて思わせぶりなマリポーサのまなざしが、彼女をひたと見すえていた。
「可愛いな、おまえは」
「……マリポーサって『わたしがあなたのこと嫌いにならない』って知ってるよね」
「うん、まあ、そうだな」
「いいよ。くやしいけど、そのとおりだから」
「だがな、私もおまえにたいして同じように思っているぞ」
彼女はうれしさと恥ずかしさに顔をほてらせながら(ああ、本当にこの人はわたしのことを有頂天にさせるのが上手だ)と思った。
いったい誰が彼のことをマリポーサ――蝶などと呼んだのだろう。彼は蝶ではない。蝶をまどわせ、あげくその身を焼いてしまう夜の炎だ。その火種は彼の心の奥ふかくでつねにまたたき、モクテスマのあの希薄な大気でさえ、その灯を絶やすことはかなわなかった。
今夜、その炎に身を焦がされるのは彼女だ。
だけど彼女はそれを心からよろこんでいる。
end
(2024.05.02 書き下ろし)
1/1ページ
