ゆきてもどりし(パイレートマン夢小説)
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彼女がバスルームのドアを開けると、テーブルにはすでに朝食がどどいていた。かんたんに身づくろいをして、パイレートマンの向かいに腰をおろす。
パイレートマンはコーヒーポットを手にすると、二人のカップに注ぎわけた。
ガントレットのような手が優美なカップをつまみあげ、しばし香りをたのしむように手を止める。
「いつもながらよい香りだ」
パイレートマンはそうつぶやくと、コーヒーを口にはこんだ。
オメガでは星の滅びとともに大地の荒廃も激化し、美味佳肴を楽しむ余裕もなかったと、いつかの寝物語にきいた。
食事のあいだ、茶器やカトラリーのたてる音だけが室内にひびく。もともと寡黙なパイレートマンだが、今朝の沈黙は別れの予感をはらんでいて、なにやら喉につかえそうな重苦しさがある。
――いまこの瞬間、パイレートマンはなにを考えているのだろう。
遠い星で、辛酸をなめながら同胞の帰りを待ちわびている民びとらのことだろうか。寡黙にふるまっていても、口に出だせないなにかがずっとあったに違いない。いつだって彼女のなかに放たれる迸りには、慟哭のような激しさと熱さがあった。
朝食がすむと、パイレートマンは悠揚迫らざる態度で身じたくをはじめた。
ゆったりとふくらんだ白のパンツ。大きなたて襟と肩あてがつき、房かざりとふちどりで豪奢にいろどられた裾のながい青いコート。コートと色をあわせ、折りかえしのついたロングブーツ。それらを身につけたパイレートマンは、その名のとおり、いかにも豪胆な海の男といったたたずまいだ。彼女はこの姿がたまらなく好きだった。
すっかり支度がすむと、彼は名残りをおしむように相手に向きなおった。
「元気でね」
「おまえもな」
鋼鉄の指が、やわらかな頬をそっとなぜる。
「では、行くとしよう」
パイレートマンはくるりときびすをかえし、おさだまりの海賊帽を頭にのせると、客室のドアをあけて、足を踏みだした。
つぎの瞬間、気がつくと彼女は相手を追いかけ、その広い背中にしがみついていた。
「行かないで……パイレートマン」
言ってしまった。
彼を地球に留めおけるものなど、自分のなかにありはしないのに。
「そうしたいのは、やまやまなのだ」
「ごめんなさい」
「謝ることはない。吾輩とておまえを置いていきたくはない――しかしオメガの民として、散っていった朋輩たちのためにもやらねばならぬことがある」
分かっている。オメガの荒廃と、これから彼が果たすべき努めのことを考えれば、彼は行かなければならない。そして「一緒に連れていって」ともいえない。自分の存在など足かせにしかならないと知っているから。
だから。
「おわかれに、あなたのサッシュベルトをもらってはダメかしら」
「かまわんが……綺麗なものではないぞ」
「うん、いいの」
パイレートマンは腰に巻いていた白のサッシュベルトをスルリとはずし、彼女に手わたした。その布地はまだほんのりと、彼のぬくもりをまとっている。
「ありがとう、大切にするわ。好きよ、パイレートマン……ううん、愛してる」
「吾輩もだ。おまえを愛している」
真剣みをおびた声音に彼女は泣き笑いをうかべた。
「そんなこといわれたら、もっと別れられなくなっちゃう」
厶、とパイレートマンは眉間にシワをよせた。
「では、どうすればよい」
「そうね。それじゃ大急ぎで惑星(ほし)に帰って、大急ぎで役目を終わらせて、また地球にもどってきて?」
明るくほほ笑んでみせる彼女に、パイレートマンもまた小さな笑みをうかべていった。
「分かった。つとめて早く戻ると約束しよう。愛する女よ、お前のために」
それからパイレートマンはやさしく彼女を上向かせるとキスをし、今度こそほんとうに部屋をあとにした。
最後の口づけはつめたくて、少しだけ金気くさかった。
正午をすぎるころ、彼女もホテルをあとにした。そとはよい天気で、空を見あげるとほの白い真昼の月がポツンとうかんでいた。
オメガの星はアレよりもはるかに遠いのだ――そう考えたとたん、心がザワめいた。そこで彼女はバッグに結びつけたあのサッシュベルトに手をのばし、布の表面に指をすべらせた。なめらかな手ざわりを感じるうちに、気もちがおちついた。ともに過ごした時間はけして幻ではない。
「またね、海賊さん」
彼女はそうつぶやくと、ピンと背すじをのばして歩きはじめた。
end
2024.03.16 書き下ろし
パイレートマンはコーヒーポットを手にすると、二人のカップに注ぎわけた。
ガントレットのような手が優美なカップをつまみあげ、しばし香りをたのしむように手を止める。
「いつもながらよい香りだ」
パイレートマンはそうつぶやくと、コーヒーを口にはこんだ。
オメガでは星の滅びとともに大地の荒廃も激化し、美味佳肴を楽しむ余裕もなかったと、いつかの寝物語にきいた。
食事のあいだ、茶器やカトラリーのたてる音だけが室内にひびく。もともと寡黙なパイレートマンだが、今朝の沈黙は別れの予感をはらんでいて、なにやら喉につかえそうな重苦しさがある。
――いまこの瞬間、パイレートマンはなにを考えているのだろう。
遠い星で、辛酸をなめながら同胞の帰りを待ちわびている民びとらのことだろうか。寡黙にふるまっていても、口に出だせないなにかがずっとあったに違いない。いつだって彼女のなかに放たれる迸りには、慟哭のような激しさと熱さがあった。
朝食がすむと、パイレートマンは悠揚迫らざる態度で身じたくをはじめた。
ゆったりとふくらんだ白のパンツ。大きなたて襟と肩あてがつき、房かざりとふちどりで豪奢にいろどられた裾のながい青いコート。コートと色をあわせ、折りかえしのついたロングブーツ。それらを身につけたパイレートマンは、その名のとおり、いかにも豪胆な海の男といったたたずまいだ。彼女はこの姿がたまらなく好きだった。
すっかり支度がすむと、彼は名残りをおしむように相手に向きなおった。
「元気でね」
「おまえもな」
鋼鉄の指が、やわらかな頬をそっとなぜる。
「では、行くとしよう」
パイレートマンはくるりときびすをかえし、おさだまりの海賊帽を頭にのせると、客室のドアをあけて、足を踏みだした。
つぎの瞬間、気がつくと彼女は相手を追いかけ、その広い背中にしがみついていた。
「行かないで……パイレートマン」
言ってしまった。
彼を地球に留めおけるものなど、自分のなかにありはしないのに。
「そうしたいのは、やまやまなのだ」
「ごめんなさい」
「謝ることはない。吾輩とておまえを置いていきたくはない――しかしオメガの民として、散っていった朋輩たちのためにもやらねばならぬことがある」
分かっている。オメガの荒廃と、これから彼が果たすべき努めのことを考えれば、彼は行かなければならない。そして「一緒に連れていって」ともいえない。自分の存在など足かせにしかならないと知っているから。
だから。
「おわかれに、あなたのサッシュベルトをもらってはダメかしら」
「かまわんが……綺麗なものではないぞ」
「うん、いいの」
パイレートマンは腰に巻いていた白のサッシュベルトをスルリとはずし、彼女に手わたした。その布地はまだほんのりと、彼のぬくもりをまとっている。
「ありがとう、大切にするわ。好きよ、パイレートマン……ううん、愛してる」
「吾輩もだ。おまえを愛している」
真剣みをおびた声音に彼女は泣き笑いをうかべた。
「そんなこといわれたら、もっと別れられなくなっちゃう」
厶、とパイレートマンは眉間にシワをよせた。
「では、どうすればよい」
「そうね。それじゃ大急ぎで惑星(ほし)に帰って、大急ぎで役目を終わらせて、また地球にもどってきて?」
明るくほほ笑んでみせる彼女に、パイレートマンもまた小さな笑みをうかべていった。
「分かった。つとめて早く戻ると約束しよう。愛する女よ、お前のために」
それからパイレートマンはやさしく彼女を上向かせるとキスをし、今度こそほんとうに部屋をあとにした。
最後の口づけはつめたくて、少しだけ金気くさかった。
正午をすぎるころ、彼女もホテルをあとにした。そとはよい天気で、空を見あげるとほの白い真昼の月がポツンとうかんでいた。
オメガの星はアレよりもはるかに遠いのだ――そう考えたとたん、心がザワめいた。そこで彼女はバッグに結びつけたあのサッシュベルトに手をのばし、布の表面に指をすべらせた。なめらかな手ざわりを感じるうちに、気もちがおちついた。ともに過ごした時間はけして幻ではない。
「またね、海賊さん」
彼女はそうつぶやくと、ピンと背すじをのばして歩きはじめた。
end
2024.03.16 書き下ろし
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