理性と知性の(マンモスマン夢小説)
名前を変える
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
冬はマンモスマンの季節だ、と彼女はよく思う。マンモスが主に氷河時代に生息していたこともその考えに影響しているだろう。マンモスマンの姿はあの大型四足獣そのままだから。
半身はフサフサした豊かな毛皮におおわれ、消防車のホースのようにながく伸びた鼻と、芭蕉の葉みたいな耳をそなえている。ついでに鼻のわきからは湾曲した牙がはえていてる。これはけっこう剣呑な雰囲気をただよわせていて、そのせいか彼が歩いているだけで往来の人びとはそそくさと道をあける。
そういうことがわずらわしいのか、マンモスマンは彼女とのデートでよく海にいく。クルマはオープンタイプの黒色の大型ジープだ。いかついボディにこれまた物騒なほどゴツゴツしたタイヤ、シートのまわりにはジャングルジムみたいな鉄棒がはりめぐらされている。はじめてそのクルマを見たとき彼女がそう指摘すると「ロールバーっつうんだ」といってマンモスマンは笑った。
とにかく彼女をそれに乗せて海に行く。といってもなにか目的があるわけではなくて、砂浜までクルマをよせてそのまま海をボーっとながめている。冬の荒波のなかに浮いたり沈んだりしているウェットスーツのサーファーがいると「もの好きなヤツらだ」と揶揄する。
波打ち際を二人で歩くときは、マンモスマンは「ホラ」といって、冷たい海風から彼女を守るためにコートの前をあけて迎えいれてくれる。彼が着ているのはダッフルコートだったりスタジアムジャンパーだったりその時々でちがうけれど、その巨躯のせいで彼女は身のなかばまですっぽり覆われてしまうので、どんなデザインでも問題ない。そんなふうにしてそぞろ歩きながら、彼は思いだしたように「おまえは最近どうなんだよ?」とたずねてくる。
「――いつも嫌なことをいう上司がいてね、このあいだもすごく腹のたつことがあったの」
「ふうん」
なにかもっとデートにふさわしい話をすべきなのだろうが、泰然自若としたこの超人のそばにいると、つい甘えたくなってしまう。
「それで、その人の考えも分からなくはないけど、やっぱり言いかたってあると思わない?」
あらましを語りおえると彼女はそういって話をしめくくった。
「まあ、そうかもな」
「マンモスマン、あなた『くだらないなー』って思ってるでしょ?」
「お、よく分かったな」
「もう!」
マンモスマンが何もかも吹きとばすような勢いで笑いだす。それにつれて彼女の心にささっていた小さなトゲも溶けて消えていく。
海からの帰り道、つかれた彼女はジープのなかですっかり眠りこんでいた。目をさますとクルマは市街地にむかう車列のなかで、ちょうど交差点の手前で信号が変わるのを待っているところだった。
信号の赤に照らされて、マンモスマンの頭部をおおう毛皮や牙が、まるで血に濡れたように光っている。かつて、その牙はリングのうえで幾たびも対戦相手の身体を貫いてきたことを彼女は知っている。
「おきたか?」
「ごめん、寝ちゃってた」
「べつに――それより晩メシなに食う?」
「ステーキがいいな。とってもぶ厚いマンモスのステーキ」
マンモスマンがちらりと彼女に視線をむけた。その瞬間、信号が青にかわり、彼の瞳を理性と知性の色で照らしだす。
「バーカ」
マンモスマンはクシャリと笑った。
end
(書き下ろし 2024.01.20)
半身はフサフサした豊かな毛皮におおわれ、消防車のホースのようにながく伸びた鼻と、芭蕉の葉みたいな耳をそなえている。ついでに鼻のわきからは湾曲した牙がはえていてる。これはけっこう剣呑な雰囲気をただよわせていて、そのせいか彼が歩いているだけで往来の人びとはそそくさと道をあける。
そういうことがわずらわしいのか、マンモスマンは彼女とのデートでよく海にいく。クルマはオープンタイプの黒色の大型ジープだ。いかついボディにこれまた物騒なほどゴツゴツしたタイヤ、シートのまわりにはジャングルジムみたいな鉄棒がはりめぐらされている。はじめてそのクルマを見たとき彼女がそう指摘すると「ロールバーっつうんだ」といってマンモスマンは笑った。
とにかく彼女をそれに乗せて海に行く。といってもなにか目的があるわけではなくて、砂浜までクルマをよせてそのまま海をボーっとながめている。冬の荒波のなかに浮いたり沈んだりしているウェットスーツのサーファーがいると「もの好きなヤツらだ」と揶揄する。
波打ち際を二人で歩くときは、マンモスマンは「ホラ」といって、冷たい海風から彼女を守るためにコートの前をあけて迎えいれてくれる。彼が着ているのはダッフルコートだったりスタジアムジャンパーだったりその時々でちがうけれど、その巨躯のせいで彼女は身のなかばまですっぽり覆われてしまうので、どんなデザインでも問題ない。そんなふうにしてそぞろ歩きながら、彼は思いだしたように「おまえは最近どうなんだよ?」とたずねてくる。
「――いつも嫌なことをいう上司がいてね、このあいだもすごく腹のたつことがあったの」
「ふうん」
なにかもっとデートにふさわしい話をすべきなのだろうが、泰然自若としたこの超人のそばにいると、つい甘えたくなってしまう。
「それで、その人の考えも分からなくはないけど、やっぱり言いかたってあると思わない?」
あらましを語りおえると彼女はそういって話をしめくくった。
「まあ、そうかもな」
「マンモスマン、あなた『くだらないなー』って思ってるでしょ?」
「お、よく分かったな」
「もう!」
マンモスマンが何もかも吹きとばすような勢いで笑いだす。それにつれて彼女の心にささっていた小さなトゲも溶けて消えていく。
海からの帰り道、つかれた彼女はジープのなかですっかり眠りこんでいた。目をさますとクルマは市街地にむかう車列のなかで、ちょうど交差点の手前で信号が変わるのを待っているところだった。
信号の赤に照らされて、マンモスマンの頭部をおおう毛皮や牙が、まるで血に濡れたように光っている。かつて、その牙はリングのうえで幾たびも対戦相手の身体を貫いてきたことを彼女は知っている。
「おきたか?」
「ごめん、寝ちゃってた」
「べつに――それより晩メシなに食う?」
「ステーキがいいな。とってもぶ厚いマンモスのステーキ」
マンモスマンがちらりと彼女に視線をむけた。その瞬間、信号が青にかわり、彼の瞳を理性と知性の色で照らしだす。
「バーカ」
マンモスマンはクシャリと笑った。
end
(書き下ろし 2024.01.20)
1/1ページ
