ミスマッチ(ペンタゴン夢小説)
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昨日は冬ならではの冷たい雨がふった。大気のなかのチリやホコリは雨滴とともにすっかり地上におち、雨雲も強い風によって夜のあいだにどこかへ連れ去られてしまった。空は一点のくもりもなく、気高ささえ感じられるほど澄んだ青い色をしている。
「風が冷たいわね」
「そう言ったろう?」
「でも雨がふったから今日の空はキレイだろうって、空を飛ぶのを楽しみにしてたの」
ペンタゴンと彼女は今まさに空を飛んでいた。ペンタゴンはストップ・ザ・タイムやクロノス・チェンジのような時空をあやつる特殊能力のほかに、背中に生えた翼で天使のように空を飛ぶこともできる――もっとも彼は自分の翼に宗教的イメージを重ね合わせられることを忌避しているけれど。
それはともかくとして、とかく二人は空の上でデートすることが多い。落下防止用にスカイダイビングのタンデムジャンプのように、ハーネスで互いをしっかりつないで。彼女は髪を一つにまとめ、ボトムスは必ずパンツルックを選ぶ。気まぐれに空を見上げた誰かが、眼のやりばに困らないように。手荷物は必要最小限にして、ベストのファスナーポケットにしまっておく。
はなはだロマンスに欠ける様相だが、彼女はこのデートをたいそう気にいっている。なにより大好きな相手と始終密着していられるし、上空の強い風にかき消されないよう、彼女の耳元に口を寄せて話すペンタゴンのささやき声に自分でも恥ずかしくなるくらいドキドキする。
眼下には遠くまで町並みが広がっていた。新築分譲なのか、同じ意匠の戸建てが立ち並ぶ区画は、まるで小さなマッチ箱を並べたようだ。その瓦屋根のオレンジ色と空の青さの対比がうつくしい。
彼女の耳もとで、風がぴゅうぴゅうと唸りをあげる。冬の風は実にかまびすしい。
しかし、こんな強い風のなかでも、ペンタゴンは悠揚と空を飛んでいる。彼は羽ばたきによって揚力を得ているのでも、上昇気流を利用しているのでもない。ただ自身に由来する特殊能力によって自由に大空を翔ぶのだ。それで時たま思いだしたようにバサリ、と羽音をたてて羽ばたく。
「そういえばさ。君、シャンプー変えた?」
ささやき声とともに、やわらかくほんのり温かい息が耳にふれた。
空を飛んでいるあいだ、彼女はいうなれば彼に生殺与奪をにぎられているわけで、まさに身も心も預けた状態だ。ふいにその事実が頭に思いうかんで、ドキリとした。さっきまでつめたかった頬がカッとあつくなり、彼に顔をむけていなかったことにすこし安堵する。
「先週、違うメーカーに変えたの」
「いい香りだね」
ささいな変化に気がついてくれてうれしい。
ほめられたこともうれしい。
だけど吹きさらしの上空300メートルでかわす言葉ではない気がする。
それはまるでペンタゴンと彼女――非日常と日常の取り合わせみたいにミスマッチで、その思いつきに彼女は小さく笑った。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないわ」
それでも彼はなにかを感じとったのか、提案をひとつ彼女に持ちかけた。
「そろそろ地上(した)におりて食事にしないか?」
「そうね。なにか温まるものがいいんじゃないかしら」
「そうだなぁ、舌が火傷しそうなくらい熱いコーヒーとチョコレートドーナツとか」
「アツアツの鍋焼きうどんという手もあるわ」
「それもそそるね。じゃ、着くまでに考えておいてよ」
ペンタゴンはバサリ、と一度大きく羽ばたくと、ゆっくりと降下をはじめた。
end
書き下ろし(2023.12.08)
「風が冷たいわね」
「そう言ったろう?」
「でも雨がふったから今日の空はキレイだろうって、空を飛ぶのを楽しみにしてたの」
ペンタゴンと彼女は今まさに空を飛んでいた。ペンタゴンはストップ・ザ・タイムやクロノス・チェンジのような時空をあやつる特殊能力のほかに、背中に生えた翼で天使のように空を飛ぶこともできる――もっとも彼は自分の翼に宗教的イメージを重ね合わせられることを忌避しているけれど。
それはともかくとして、とかく二人は空の上でデートすることが多い。落下防止用にスカイダイビングのタンデムジャンプのように、ハーネスで互いをしっかりつないで。彼女は髪を一つにまとめ、ボトムスは必ずパンツルックを選ぶ。気まぐれに空を見上げた誰かが、眼のやりばに困らないように。手荷物は必要最小限にして、ベストのファスナーポケットにしまっておく。
はなはだロマンスに欠ける様相だが、彼女はこのデートをたいそう気にいっている。なにより大好きな相手と始終密着していられるし、上空の強い風にかき消されないよう、彼女の耳元に口を寄せて話すペンタゴンのささやき声に自分でも恥ずかしくなるくらいドキドキする。
眼下には遠くまで町並みが広がっていた。新築分譲なのか、同じ意匠の戸建てが立ち並ぶ区画は、まるで小さなマッチ箱を並べたようだ。その瓦屋根のオレンジ色と空の青さの対比がうつくしい。
彼女の耳もとで、風がぴゅうぴゅうと唸りをあげる。冬の風は実にかまびすしい。
しかし、こんな強い風のなかでも、ペンタゴンは悠揚と空を飛んでいる。彼は羽ばたきによって揚力を得ているのでも、上昇気流を利用しているのでもない。ただ自身に由来する特殊能力によって自由に大空を翔ぶのだ。それで時たま思いだしたようにバサリ、と羽音をたてて羽ばたく。
「そういえばさ。君、シャンプー変えた?」
ささやき声とともに、やわらかくほんのり温かい息が耳にふれた。
空を飛んでいるあいだ、彼女はいうなれば彼に生殺与奪をにぎられているわけで、まさに身も心も預けた状態だ。ふいにその事実が頭に思いうかんで、ドキリとした。さっきまでつめたかった頬がカッとあつくなり、彼に顔をむけていなかったことにすこし安堵する。
「先週、違うメーカーに変えたの」
「いい香りだね」
ささいな変化に気がついてくれてうれしい。
ほめられたこともうれしい。
だけど吹きさらしの上空300メートルでかわす言葉ではない気がする。
それはまるでペンタゴンと彼女――非日常と日常の取り合わせみたいにミスマッチで、その思いつきに彼女は小さく笑った。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないわ」
それでも彼はなにかを感じとったのか、提案をひとつ彼女に持ちかけた。
「そろそろ地上(した)におりて食事にしないか?」
「そうね。なにか温まるものがいいんじゃないかしら」
「そうだなぁ、舌が火傷しそうなくらい熱いコーヒーとチョコレートドーナツとか」
「アツアツの鍋焼きうどんという手もあるわ」
「それもそそるね。じゃ、着くまでに考えておいてよ」
ペンタゴンはバサリ、と一度大きく羽ばたくと、ゆっくりと降下をはじめた。
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書き下ろし(2023.12.08)
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