残照(スプリングマン夢小説)
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今では彼女もスプリングマンの金属質のボディにすっかり馴染んでいる。
拒絶するような硬さや冷たさは触れあっていればその部分からすぐに溶けてゆくし、
不快な匂いや汚れを簡単に清められる特性は何者にも染まらない清廉さを現わしているように思える。
今夜だって目の前のロースターでじゅうじゅう音をたてるホルモンがもうもうと白煙をあげているけれど、帰宅して固く絞ったタオルで全身をさっとぬぐうだけで、その名残はすぐに消えてしまうだろう。
彼女の髪など風呂に入ってきちんと洗わないとそれを落とすことが出来ないというのに。
もしかすると、生きていくうちに心に刻み込まれる喜怒哀楽の痕跡も、そんな風に簡単にぬぐい去ってきたから彼はあれほど長い生を歩んでこられたのかもしれない。
「食わないのか?」
スプリングマンはちょうど食べごろになったシロをタレ皿に取りながら彼女に問いかけた。
「食べる食べる。ちょっとね、考えてたの」
あわててロースターの上のホルモンに箸を伸ばしふうふう息を吹きかけて口に運んだ。
「あなたって、不思議だなあと思ってたの。とっても長く生きてるのにとっても普通だし」
「普通ってどういう意味だ?」
「ずっと同じことをしていて飽きない?特別なことをしてみたくならない?私みたいなどこにでもいる平凡な人間より、もっとずっとすぐれた能力をもってる生き物――例えば超人とか――と一緒にいた方が楽しくない?」
「すぐには答えられないような質問を一度にいくつもされると困るんだがなあ」
「ごめん、また思いついてすぐ言っちゃった」
「まあ、いいよ」
スプリングマンはジョッキのなかの黒ホッピーを飲み干し、傍らのビンの残りを確かめるとカウンターに向かって「マスター、ナカひとつ」と声をかけた。
「そうだなあ……」
自分自身に確かめるように彼は答え始めた。
「ずっと同じこと、これは違うな。どこかの一日はそれ以外の他の一日に変えられない。それぞれが、独立した、特定の一日だ。
昔は、ずっとずっと昔はそう思ってなくて、ハッキリ言えばおまえが言うようなことも考えた。人より永く生きるヤツは最低一度はそういう時期を過ごす。
でもな、気が付くんだ。生きてるヤツに一人として同じヤツがいないように、過ぎていく時間にも一瞬として同じものはないんだって。
それから特別なこと――だったか?特別ってなんだ?とてつもなくサプライズなコトか?もの凄く大きな何かを壊すことか?
今のオレにとっての特別なことはこうやっておまえと好物を食べて、それから、まあ朝まで二人で過ごすことだ。
おまえが平凡かどうかってコトとその後の部分は……まあ今の答えで察してくれ」
そんな風に、最後は少し恥ずかしそうにして彼は言葉をしめくくった。
スプリングマンは彼女のなかに気まぐれに浮かび上がった問いにも、いつもきちんと向き合って答えを用意してくれる。
煙でいぶされて膜のかかったような、ホルモン屋の鈍い照明の下でも彼の身体は曇りなく清らかだ。
この人の隣にいれば、自分もきっと輝きを失わずにいられる。
彼女は改めてそう感じ、今夜も彼と過ごす時間をいとおしむのだった。
End
初出:PIXIV 2022.04.06
拒絶するような硬さや冷たさは触れあっていればその部分からすぐに溶けてゆくし、
不快な匂いや汚れを簡単に清められる特性は何者にも染まらない清廉さを現わしているように思える。
今夜だって目の前のロースターでじゅうじゅう音をたてるホルモンがもうもうと白煙をあげているけれど、帰宅して固く絞ったタオルで全身をさっとぬぐうだけで、その名残はすぐに消えてしまうだろう。
彼女の髪など風呂に入ってきちんと洗わないとそれを落とすことが出来ないというのに。
もしかすると、生きていくうちに心に刻み込まれる喜怒哀楽の痕跡も、そんな風に簡単にぬぐい去ってきたから彼はあれほど長い生を歩んでこられたのかもしれない。
「食わないのか?」
スプリングマンはちょうど食べごろになったシロをタレ皿に取りながら彼女に問いかけた。
「食べる食べる。ちょっとね、考えてたの」
あわててロースターの上のホルモンに箸を伸ばしふうふう息を吹きかけて口に運んだ。
「あなたって、不思議だなあと思ってたの。とっても長く生きてるのにとっても普通だし」
「普通ってどういう意味だ?」
「ずっと同じことをしていて飽きない?特別なことをしてみたくならない?私みたいなどこにでもいる平凡な人間より、もっとずっとすぐれた能力をもってる生き物――例えば超人とか――と一緒にいた方が楽しくない?」
「すぐには答えられないような質問を一度にいくつもされると困るんだがなあ」
「ごめん、また思いついてすぐ言っちゃった」
「まあ、いいよ」
スプリングマンはジョッキのなかの黒ホッピーを飲み干し、傍らのビンの残りを確かめるとカウンターに向かって「マスター、ナカひとつ」と声をかけた。
「そうだなあ……」
自分自身に確かめるように彼は答え始めた。
「ずっと同じこと、これは違うな。どこかの一日はそれ以外の他の一日に変えられない。それぞれが、独立した、特定の一日だ。
昔は、ずっとずっと昔はそう思ってなくて、ハッキリ言えばおまえが言うようなことも考えた。人より永く生きるヤツは最低一度はそういう時期を過ごす。
でもな、気が付くんだ。生きてるヤツに一人として同じヤツがいないように、過ぎていく時間にも一瞬として同じものはないんだって。
それから特別なこと――だったか?特別ってなんだ?とてつもなくサプライズなコトか?もの凄く大きな何かを壊すことか?
今のオレにとっての特別なことはこうやっておまえと好物を食べて、それから、まあ朝まで二人で過ごすことだ。
おまえが平凡かどうかってコトとその後の部分は……まあ今の答えで察してくれ」
そんな風に、最後は少し恥ずかしそうにして彼は言葉をしめくくった。
スプリングマンは彼女のなかに気まぐれに浮かび上がった問いにも、いつもきちんと向き合って答えを用意してくれる。
煙でいぶされて膜のかかったような、ホルモン屋の鈍い照明の下でも彼の身体は曇りなく清らかだ。
この人の隣にいれば、自分もきっと輝きを失わずにいられる。
彼女は改めてそう感じ、今夜も彼と過ごす時間をいとおしむのだった。
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初出:PIXIV 2022.04.06
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