ここに分類不可の三題噺を置きます。

三題噺(欠けたマグカップ、無人のバス停、黄色いレシート)

2026/10/05 21:23
姉が指定した本屋のレシートは、いつも黄色だった。他のものと混ざらなくていいわねって。俺が混ぜてしまわぬよう、プレッシャーをかけている。ハードカバーの本を2冊ほど買い、ビニールの袋をかけてリュックに仕舞う。何故、姉の家に行く時は雨が多いんだろうか。ため息をひとつ置き、バス停へ向かう。1日に4便しかないバスに乗り、9つ目、無人のバス停に降りる。そこから少し坂を登る。今日は雨が酷くて、高いところから低いところへと雨水が流れて川のようだ。姉の住む家に到着。呼び鈴を鳴らすがさっさと合鍵で中に入る。奥の姉の私室へ向かう。姉は窓際で外を見ていたーーいや、雨音に耳を澄ませているのか。
「お願いした本、買ってきてくれた?」
「おう。タイトル読み上げるぞ」
姉は俺に顔を向けず、タイトルを聞くとうんうんと頷いた。
「じゃあ、いつものように本棚に並べてちょうだい」
「…………これ、自分で触ることあるのか?」
「滅多にないわね」
「じゃあ、なんで??」
「……見える形で何かが残った方が、遺された人にはいいでしょう?」
「そうか?」
盲目の姉には、この本棚を確認する手段もないのに。本の中身は、オーディオブックで把握しているらしい。いや、因果関係が逆で、オーディオブックで聞いて面白かった本を、俺に頼んでハードカバーで買っているのだ。それらを、必要ないはずの本棚に並べているのである。
「……お前は遺伝の影響がなくて、よかったわね」
「まぁ……どうも」
そもそも姉と俺は母親が違う。盲目だったのは姉の母で、俺に遺伝なんてするわけはない。姉はひょっとすると、俺のことが気に食わないのかもしれない。
「さ、黄色のレシートを読み上げてちょうだい。1円も誤魔化さずにね」
「分かったよ」
姉は本の代金は必ず返してくれた。それ以外の俺の交通費だとか、頼まれて買ってきたものに関してはどんぶり勘定だ。本だけは譲れないということなのか。
「お茶を淹れる。茶道具を借りるぞ」
「お好きになさって」
戸棚を見ると、欠けたマグカップがあるので報告する。
「マグカップが欠けてるが、どうする?」
「あら、取り返しはつきそう?」
マグカップをよく見た。いつに撮ったのか、姉家族の写真が印刷されていた。俺は戸惑う。急かすように遠雷が鳴った。
「……同じものは難しいんじゃないか」
「そう。なら、新聞紙に包んでゴミに出してちょうだい」
新聞紙を持ってきて、欠けたマグカップを包もうとしたが。……目の見えない姉が、マグカップが欠けていることに気づかないわけはないのだ。耳も指も、人より鋭い。こんな山奥で生活しているのも、都会では耳が痛くなるからだ。俺は新聞紙でマグカップを包むと、自分のリュックに突っ込んだ。

コメント

[ ログインして送信 ]

名前
コメント内容
削除用パスワード ※空欄可