ここに分類不可の三題噺を置きます。
三題噺(割れたシャボン玉、始発前のパン屋、銀色のボタン)
2026/10/03 21:53「君が欲しがる銀色のボタン、割れたシャボン玉となら交換してあげよう」
割れたシャボン玉など影も形も残らない。つまりは、孫の俺にでさえやりたくなかったんだろう。爺ちゃんの葬式が終わって、婆ちゃんの遺影の隣に写真が並んだ。線香に火をつけ、煙が俺の服に染みる。手を合わせる。朝の薄暗い時間、仕事のために始発に乗る。今日だけだけど。朝ってこんなに寒いんだと、白んだ空を遠く眺めた。どこかに爺ちゃんがまだいるんだろうか。四十九日は終わっていない。……銀色のボタンについて、聞いておけばよかったな。俺がなんで銀色のボタンを欲しがったのかも忘れたけれど。
「おはようございます」
いつも朝に立ち寄るパン屋の店員さんが、パン屋のシャッターを開けるところで、挨拶をされた。俺は驚いて、声を出すのに少し時間がかかった。
「……おはようございます。いつもこの時間からパン焼いてるんですか?」
「そうですねー今から焼かないと7時には間に合わないし。パンって前日に仕込むんですけど、発酵したタイミングを逃してしまうと美味しく焼けないんですよ」
「あぁ……そうなんですね」
知らなかった。ひとつ、賢くなった。会釈をして、駅へ急ぐ。始発に乗らなくては。……タイミング、か。あの日あの時、「何故?」と聞いておけばよかったんだ。銀色のボタンが大事なわけも、割れたシャボン玉なんて言い訳も。ぜーんぶ爺ちゃんは墓場に持っていっちまった。でも、それはもう美味しく焼けないパンと一緒で、忘れてしまってもいいのかもしれない。……いや、爺ちゃんがあの時見せた困った顔だけは、覚えておこうと思った。始発に乗る。タイミングよく。
割れたシャボン玉など影も形も残らない。つまりは、孫の俺にでさえやりたくなかったんだろう。爺ちゃんの葬式が終わって、婆ちゃんの遺影の隣に写真が並んだ。線香に火をつけ、煙が俺の服に染みる。手を合わせる。朝の薄暗い時間、仕事のために始発に乗る。今日だけだけど。朝ってこんなに寒いんだと、白んだ空を遠く眺めた。どこかに爺ちゃんがまだいるんだろうか。四十九日は終わっていない。……銀色のボタンについて、聞いておけばよかったな。俺がなんで銀色のボタンを欲しがったのかも忘れたけれど。
「おはようございます」
いつも朝に立ち寄るパン屋の店員さんが、パン屋のシャッターを開けるところで、挨拶をされた。俺は驚いて、声を出すのに少し時間がかかった。
「……おはようございます。いつもこの時間からパン焼いてるんですか?」
「そうですねー今から焼かないと7時には間に合わないし。パンって前日に仕込むんですけど、発酵したタイミングを逃してしまうと美味しく焼けないんですよ」
「あぁ……そうなんですね」
知らなかった。ひとつ、賢くなった。会釈をして、駅へ急ぐ。始発に乗らなくては。……タイミング、か。あの日あの時、「何故?」と聞いておけばよかったんだ。銀色のボタンが大事なわけも、割れたシャボン玉なんて言い訳も。ぜーんぶ爺ちゃんは墓場に持っていっちまった。でも、それはもう美味しく焼けないパンと一緒で、忘れてしまってもいいのかもしれない。……いや、爺ちゃんがあの時見せた困った顔だけは、覚えておこうと思った。始発に乗る。タイミングよく。
