ポートルポ、観察日記

ポートルポは明け方、湖を泳ぎ切って自分の庭に帰ってきた。身体を揺らして水滴を飛ばす。この場所は木が鬱蒼としていて反対側より薄暗く、ジメジメしている。湿気を飛ばすように、南から風が吹く。ポートルポはなにかを感じとるように目を細めた。空は白く星は消えていくが、太陽そのものはまだここから拝めない。妙に静かで、誰もポートルポを迎えない。一本道の向こうから、スィーっとドロンチが現れる。
「ぽくぽ、ぽくぽ。親父の様子が変なんだ」
「うん」
「親父、ゴーストなのに消えちまうのか……?」
ぽくぽは答えず、とことこと歩き出した。道を外れ、森の獣道を掻き分ける。そのうちに駆け出して、ドロンチはぽくぽを見失う。
「親父、ドラゴンなのに死んじまうのか……?」
ドロンチは肩を落とし、涙が出そうなのを我慢して、ドラメシヤの頃から育ててくれた親父の元へ急ぐ。自分がドラメシヤの頃から親父はドラパルトなのに?今朝もう身体が透き通り始めて、今にも消えそうだったのだ。
「ぽくぽはここに来た頃から変わらずに、いつだって元気なのに」

ぽくぽは少し地面がぬかるむ湿地帯、その側にある小さな洞穴を訪ねた。暗闇から黄色く瞳孔の細い瞳がこちらを見ている。それはぬるぬる揺れながら、頭を出した。ドラパルトの顔には、ドラゴン特有の覇気はなかった。
「……ただーま、ドラパルト」
ぽくぽは、はっきりと発音出来るからドラパルトの名前が好きだった。ドラパルトは元々コウサイ地方にはいない。このドラパルトと先程のドロンチは、人間と上手くやっていけずにこの庭に迷い込んだポケモンたちの1匹である。
「おかえり。外は楽しかったか?」
「うん。ぽくぽ、どこぬうっとーうつもたのすー」
どこに行っても、いつも楽しい。ドラパルトは目を細めて小さく笑う。笑うと咳が出る。ドラパルトの輪郭が崩れ、透き通っていく。
「まっとー。もうすこすだく、はなそう」
ポートルポは自分の背中の鱗を引っ張って剥がすと、ドラパルトの額に置いた。ドラパルトの輪郭がはっきりして、色を取り戻した。
「…………不思議な鱗だ、相変わらず」
ドラパルトは身体の苦しさが和らいで、深呼吸をした。ポートルポの瞳を見つめる。酷く悲しみ、孤独を恐れる幼子のような瞳。ドラパルトは、ぽくぽが何度このような局面に立っても、何度でも慣れることは出来ずに、それでも歌を歌うことを知った。今になって知った。自分は長生きするポケモンだから、ポートルポの横にずっといられると思っていた。それはドラパルトの勘違いだった。ポートルポはもっともっとずっと昔から、この土地に生きていたのだ。
「なにが聞きたい、友よ」
「……ここにくて、すあわすだった?」
ドラパルトは言葉を失って、失われていく身体を恐ろしく思った。ドラパルトが涙を溢すと、ポートルポも同じように泣いた。
「幸せだった、ぽくぽが思っているよりずっと。ありがとう、ここに導いてくれて」
「うん、だーだ。だーだ。もうくるすまなうでうう。ゆっくるやすんだぬ」
ポートルポがドラパルトの手を握る。ドラパルトは一度握り返して、身体の力を抜いた。すうっと、朝日に溶けるようにドラパルトは消えた。空には雨も降っていないのに虹がかかる。ポートルポはそれを見上げて、瞳を擦る。また一匹、また一人。みんな、自分を置いていってしまう。
「ぽくぽ、ぽくぽ!親父は!?」
ようやく追いついたドロンチは辺りをキョロキョロ見渡す。親父の気配がない。どこにもない。
「ぽくぽ……」
ドロンチは大声でわんわん泣いた。ポートルポはドロンチが泣き終わるまでそばにいて、背中を撫でて、抱きしめて。自分の涙は隠した。ポートルポの次に長生きだった、沼の主の最期は、まだ誰も起きてない明け方。金星が暁に飲まれる景色の中、美しく閉じられた。
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