刀鍛冶の少女

ストライカーを飛ばしに飛ばし、バーニングエイトに着いたのは太陽が頭の真上に来た頃だった。浜辺に降りた瞬間、ぐぎゅるるる……と腹が鳴る。そういえば、朝飯もそこそこに出発してしまったことを思い出す。会いに行く前に腹ごしらえだなぁ。俺はアケビの工場に向かうまでの道の、飯屋を思い浮かべながら歩き出した。匂いに引き寄せられ、一軒の飯屋に決め暖簾をくぐる。カウンター席に座り、注文を終えて一息ついたところでポケットの違和感に気が付いた。

(…………財布、忘れた)

自分が無一文なことに気付き、やっちまったと後悔したところで遅い。料理はもう運ばれて来ている。……食い逃げするか。そう決まれば焦る必要はなく、俺は悠々と食事を楽しんだ。ん、ちょっと塩辛いけどなかなか美味い。

「じゃ、ごちそうさまでした!」
「食い逃げだあぁああ!」

店を飛び出し、一目散に走り出す。慌てた店主が叫びながら俺を追う。なかなかしつこく、また足の速い店主で、真っ直ぐに走っていては撒けないと思った。俺は大通りを右に曲がった。

「!! エースだ!! やっほー!!」
「!? アケビ……」
「アケビちゃんそいつ捕まえてくれー!! 食い逃げなんだ!!」

曲がった瞬間、自分の百メートル程先にアケビがいた。アケビは俺に気付くと笑顔で手を振ったが、店主の叫びを聞いて状況を把握したらしい。俺はアケビの手を掴んで走ろうと手を伸ばす。だがアケビは俺の身体を止めるように、目の前に立ちはだかった。

「なっバカ! 危なっ……!!」

全力疾走の勢いは殺せず、思いっきり小さな身体に体当たりしてしまった。弾き飛んだアケビの身体を、咄嗟に抱き寄せ受け身を取らせた。俺の腕がアケビの下敷きになり、アケビの身体の上に俺がのしかかっている様な状態になった。アケビから炭の匂いに混ざって甘い香りがする。

「いてて……」
「! おい、アケビ怪我してねぇか? 痛いところは!?」
「大丈夫ですよ*エースは平気ですか?」

にへら、と気の抜ける顔でアケビが笑う。ほっとした瞬間、あまりにも近い距離に反射的に飛び退いた。

「??」
「大丈夫、大丈夫だ……!」
「大丈夫じゃねぇよ! 飯代払え!」

追いついてきた店主が俺の頭を殴るが、そんなこと気にもならない程にアケビから目を離せずにいた。今朝の出発時の事もあり、俺の脳内は混乱に混乱を極めていた。そうこうしてるうちに、アケビは立ち上がり店主と何か話すと、店主はいい笑顔で帰って行った。

「エース? エース!?」
「うっわ! え、えと、なんだ?」
「代金、払っておきました。食い逃げはダメですよ」

そう言って微笑む彼女が、眩しい日差しに照らされて天使かなんかに見えた。あぁ、俺の頭は相当やられている。

「エース?」
「……アケビはキレイだな」
「!? 綺麗って……そんなわけないですよ*いつも工場でススだらけだし! それに……」
「キレイだ」

そう真っ直ぐ伝えてやれば、リンゴみたいに真っ赤になって黙り込んだ。どうしたもんか、やっぱり俺は。

「……今日のエースは、ちょっと変です」

誤魔化せない程、彼女に恋をしているらしい。困った様に顔を背けるアケビが、意地らしくて可愛くて。

「……飯代、悪かった。払わせて」
「え、別にそんな! 私こう見えて刀工としてそこそこ稼いでますし!」

そういう問題じゃねぇと思うんだが、誇らし気に胸を張るアケビの頭を撫でて褒めてやった。嬉しそうに頭を下げてくるアケビ。あぁ、電話で褒めた時もこんな顔してたのか?

「えへへ。今日は夕飯当番なんです。食べていきます?」
「本当か!? アケビが作るのか!?」
「そうですよ*」

電話だけじゃ、もう満足出来ないかもしんねぇ。もっと知りたい、彼女のことを。そんな想いを募らせながら、アケビの後ろをついて歩いた。
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