混ぜ込みハンバーグ
初対面の印象は、怖い、底知れない、いけ好かないだった。
「細川兼也。アナタが「不可逆」の否定者かな?」
新月の夜、残業の帰り。意味の分からない問いかけをされて、帰宅が困難になった。貼り付いた笑顔の青年と、武装している集団に囲まれた。恐怖に支配されつつある心の可逆性を、否定して向き合う。
「名前は合っています」
「そっかそっか。じゃあ、黙ってついてきてもらえる? 一応、捕獲優先度はゼロに等しいンだけど、大きな課題の報酬だからね」
「…………」
なんの話をしているのか、当時はさっぱりだったが。泣きわめいても避けられぬ運命なのは、その時に悟ることが出来た。僕はこの世から抹消され、対未確認現象統制組織ユニオンに捕らわれることになった。
それが4年は前の話。僕の能力はニコによって解析、実験され、僕は僕の能力を拡張していった。何故って、それが最良の行動だと考えられたからだ。下手に抵抗すれば、余計に締め付けられ苦しめられる。ならばいっそ、後戻り出来ない道を自ら進んだほうが、傷は少ない。僕は精神を凍らせて、あらゆる理不尽に耐えた。円卓にはなれず、課題には参加が出来ないが、それ以外にも対処しなければならない未確認現象は山ほどある。武術を磨いた。精神を磨いた。それでようやく、足手まといにはならずに済んだ。
「ニーハオ、兼也。最近どう?」
背中から声をかけられ、強制的に足が止まる。声の主の顔を見たいが、それ故に振り向くことが出来ずにいた。
「なんとか生きてますよ」
「そう? じゃあ強くなったよね、手合わせしよう」
「…………嫌なんだけど」
僕の返答を合図に、拳の応酬が始まる。思ったように出せない拳を、自分の不可逆で迷いを消して補いながら、なんとか凌ぐ。シェンの攻撃は精彩さを増していく。追い付けなくなったところで、眼前に拳が迫った。僕はまばたきをせず、顔色ひとつ変えずに衝撃を待った。……寸前で、拳は止まる。シェンは満足したらしい。
「ほんとかっこいいよね、兼也の表情の崩れなさ!」
「僕は生来困っているし、シェンみたいにころころ変わる表情のがいいと思うけど」
シェンの瞳を覗こうとすれば、不真実で反らされる。僕と彼の視線が交わることは、この先一生ないだろう。
(最初に会ったとき、もっと見とけばよかったな)
「元気みたいで安心したよ、またね!」
シェンはひらひらと手を振って去っていく。無表情の僕が、それをただ眺める。……顔に出ないだけで僕は、シェンのことが好きだ。
昔から友達は少なかった。何故か表情が動かない僕を、皆がみんな、気味悪がった。特に酷かったのは小学生の頃か。幼い人間は感情がストレートで、行動にも迷いがない。毎日僕は、泣くことも出来ずにいじめられた。教師や親に訴えても、表情が動かない僕は相手にされなかった。自分の世界に籠りがちになった僕は、自分が人よりも集中力がずば抜けていることに気づいた。それからは、勉学に打ち込む毎日。それはいい大学に行き、大手の企業に勤めやすくするためだ。勉学が出来れば、仕事が出来れば、誰からも文句も言われず一人で生きていける。そんな僕の迷いのなさが、孤独に拍車をかけ、気がつけばひとりぼっちだった。全ては自分の否定の力ーー不可逆のせいだと知ったのは、ユニオンに入ってからだ。僕は可逆性のあるものを自他問わずに否定することが出来る。僕に強制発動していたのは、可逆性のある表情の否定。僕の顔に喜怒哀楽はない。でもそれは、僕に心がないということではないんだ。
「へえ、キミ面白いね! フィルと違って声には感情が乗るみたいだけど」
「.…………え?」
「声は出したら、口の中に戻るわけじゃないだろ? キミの能力の対象外なはずだ。そして、キミは決して感情のない人間じゃない」
このことに初めて気づいてくれたのは、シェンだった。声の秘密のお陰で、僕は自分の感情の出し方にようやく気づけた。表情のない僕に、心があることを見抜いてくれたことが嬉しかった。シェンのことは、最初は苦手で羨ましかったけれど、今ではとても大事な友人と思っている。…………本当はこの想いが、「友人」に向けるものなのか、図りかねているけど。
「僕はシェンが好き。シェンは、どうだろう」
ムイちゃんに訊いてみたことがある。ムイちゃんは目を見開いて、大層驚いた顔をしたが、ニコッと笑ってくれた。
「形は違えど、きっと好きですよ」
「そうだと、いいな」
ムイちゃんみたいに、素敵に想いを伝えられたらな。せめて、シェンの目を見て、真実を伝えられたらな。人は欲しいものを得ると、その次が欲しくなる生き物だ。辛いこともキツいこともあったけれど、僕はユニオンに来てよかった。シェンに本当の想いを伝える為に、僕は今日も神殺しに加担する。この想いはもう、不可逆だから。
「細川兼也。アナタが「不可逆」の否定者かな?」
新月の夜、残業の帰り。意味の分からない問いかけをされて、帰宅が困難になった。貼り付いた笑顔の青年と、武装している集団に囲まれた。恐怖に支配されつつある心の可逆性を、否定して向き合う。
「名前は合っています」
「そっかそっか。じゃあ、黙ってついてきてもらえる? 一応、捕獲優先度はゼロに等しいンだけど、大きな課題の報酬だからね」
「…………」
なんの話をしているのか、当時はさっぱりだったが。泣きわめいても避けられぬ運命なのは、その時に悟ることが出来た。僕はこの世から抹消され、対未確認現象統制組織ユニオンに捕らわれることになった。
それが4年は前の話。僕の能力はニコによって解析、実験され、僕は僕の能力を拡張していった。何故って、それが最良の行動だと考えられたからだ。下手に抵抗すれば、余計に締め付けられ苦しめられる。ならばいっそ、後戻り出来ない道を自ら進んだほうが、傷は少ない。僕は精神を凍らせて、あらゆる理不尽に耐えた。円卓にはなれず、課題には参加が出来ないが、それ以外にも対処しなければならない未確認現象は山ほどある。武術を磨いた。精神を磨いた。それでようやく、足手まといにはならずに済んだ。
「ニーハオ、兼也。最近どう?」
背中から声をかけられ、強制的に足が止まる。声の主の顔を見たいが、それ故に振り向くことが出来ずにいた。
「なんとか生きてますよ」
「そう? じゃあ強くなったよね、手合わせしよう」
「…………嫌なんだけど」
僕の返答を合図に、拳の応酬が始まる。思ったように出せない拳を、自分の不可逆で迷いを消して補いながら、なんとか凌ぐ。シェンの攻撃は精彩さを増していく。追い付けなくなったところで、眼前に拳が迫った。僕はまばたきをせず、顔色ひとつ変えずに衝撃を待った。……寸前で、拳は止まる。シェンは満足したらしい。
「ほんとかっこいいよね、兼也の表情の崩れなさ!」
「僕は生来困っているし、シェンみたいにころころ変わる表情のがいいと思うけど」
シェンの瞳を覗こうとすれば、不真実で反らされる。僕と彼の視線が交わることは、この先一生ないだろう。
(最初に会ったとき、もっと見とけばよかったな)
「元気みたいで安心したよ、またね!」
シェンはひらひらと手を振って去っていく。無表情の僕が、それをただ眺める。……顔に出ないだけで僕は、シェンのことが好きだ。
昔から友達は少なかった。何故か表情が動かない僕を、皆がみんな、気味悪がった。特に酷かったのは小学生の頃か。幼い人間は感情がストレートで、行動にも迷いがない。毎日僕は、泣くことも出来ずにいじめられた。教師や親に訴えても、表情が動かない僕は相手にされなかった。自分の世界に籠りがちになった僕は、自分が人よりも集中力がずば抜けていることに気づいた。それからは、勉学に打ち込む毎日。それはいい大学に行き、大手の企業に勤めやすくするためだ。勉学が出来れば、仕事が出来れば、誰からも文句も言われず一人で生きていける。そんな僕の迷いのなさが、孤独に拍車をかけ、気がつけばひとりぼっちだった。全ては自分の否定の力ーー不可逆のせいだと知ったのは、ユニオンに入ってからだ。僕は可逆性のあるものを自他問わずに否定することが出来る。僕に強制発動していたのは、可逆性のある表情の否定。僕の顔に喜怒哀楽はない。でもそれは、僕に心がないということではないんだ。
「へえ、キミ面白いね! フィルと違って声には感情が乗るみたいだけど」
「.…………え?」
「声は出したら、口の中に戻るわけじゃないだろ? キミの能力の対象外なはずだ。そして、キミは決して感情のない人間じゃない」
このことに初めて気づいてくれたのは、シェンだった。声の秘密のお陰で、僕は自分の感情の出し方にようやく気づけた。表情のない僕に、心があることを見抜いてくれたことが嬉しかった。シェンのことは、最初は苦手で羨ましかったけれど、今ではとても大事な友人と思っている。…………本当はこの想いが、「友人」に向けるものなのか、図りかねているけど。
「僕はシェンが好き。シェンは、どうだろう」
ムイちゃんに訊いてみたことがある。ムイちゃんは目を見開いて、大層驚いた顔をしたが、ニコッと笑ってくれた。
「形は違えど、きっと好きですよ」
「そうだと、いいな」
ムイちゃんみたいに、素敵に想いを伝えられたらな。せめて、シェンの目を見て、真実を伝えられたらな。人は欲しいものを得ると、その次が欲しくなる生き物だ。辛いこともキツいこともあったけれど、僕はユニオンに来てよかった。シェンに本当の想いを伝える為に、僕は今日も神殺しに加担する。この想いはもう、不可逆だから。
