いたちの歌う、希望の歌
暗い部屋の中、私とミハイさんの使用するパソコンの明かりが煌々と目を刺激する。それぞれの作業をしながら、私はミハイさんとこの部屋で共にいることが多い。
「トツキ…………おい、聞いてるのかトツキ」
ミハイさんが私の名前を呼ぶ。本当は呼ばれる前から用があるのは知っていたけれど、敢えてだんまりを決め込んでいた。
「はい、なんでしょう?」
「缶詰」
単語だけで話していちいち説明は寄越さない。この人の人柄を知る者からすれば、らしいと思うのかもしれないが、実はこういった対応は慣れた者……親しい者にしか見せない、ような気がしている(奴隷か下僕認定とも言える)。いつものようにスプーンと、期限の早い缶詰を選んで蓋を開け、献上する。
「ごくろう」
一言労うと、ミハイさんは片手でキーボードを打ちながらザクロの缶詰を咀嚼した。次、水だろうな。そう思い、ペットボトルの用意を気づかれないようにする。
「水」
ほら、そうだろうと思った。けれど、また敢えて自分の作業に戻ったフリをする。
「トツキ!」
「あ、はい。水ですか?」
「そうだ、はやくしろ」
これも蓋を開け渡せば、飲み終われば突っ返される。部屋の定位置に置いて、私も私の作業に戻る。私のしている作業は、音の打ち込み……つまりは音楽制作だ。ヘッドフォンの打ち込み音では、満足がいかなくなってきた。
「トツキ」
「はい、片付けですか?」
「違う、音。テキトーに鳴らして構わんぞ」
カタカタとキーボードを叩く指をわざわざ止め、ミハイさんがこちらを見た。私も、ヘッドフォンを外して耳を真摯に傾ける。
「そろそろ生音でやりたい頃合いだろう。私もひと段落ついたとこだ。休憩にするのでな」
「はい、ありがとうございます」
「いいから、はやくしろ。私は演奏を聴かせろとも言っている」
それくらい、言わなくても分かるだろう。そんな眼差しを向けられ、私は肩をすくめながらアコースティックギターを取り出した。
「まだBメロとか不完全で」
ミハイさんが睨むので、それ以上言い訳はせずに歌いながら録音をした。黙って聴いてくれるミハイさんの表情は好きだが、だからこそ見るのには勇気が必要だ。私は、私の想いをミハイさんにバレたくないので。
(なんか引っかかりある顔だな……)
私の新曲に、どんな評価がつくのか。ギターの音を止めて、次の言葉を待った。
「もうちょっとコード進行を、マイナーにしたらどうだ?」
「暗くなるかなって思ったんだけど」
「周りがどう思うかはいい。お前がどうしたいかで作れ」
「…………じゃあ、マイナーにする」
ミハイさんは、私の作る曲に表れる「聴いてくれる不特定多数への配慮」みたいなものを嫌う。私が、俺が思うままに演奏しろ、とよく釘を刺される。
「アレンジとプロデュースは私がやるのだ。貴様は純粋にやりたいことをぶつけろ」
何回か聞いたお小言を頂戴し、私はやれやれとため息を吐いた。幸せなことだが、求められるものの要求が高い高い。
「さて、ゲームに復帰するか」
ミハイさんは私の進捗に満足したのか、ゲームに戻った。また静かな時間が訪れる。私もミハイさんのことは少し忘れて、制作に集中しよう。
…………数時間経った。正確には、認識してないが。キーボードのソロが気に食わなくて、作ったフレーズのリプレイを繰り返す。
「トツキ、トツキ!」
「うわっ! なんですか!」
ヘッドフォンを取り上げられて、耳元で怒鳴られたので驚く。ミハイさんの顔を見上げると、ニヤッと笑った。怒ってはいないようだ。
「もう飯の時間だ。今日はピザらしいぞ」
「えっと……」
正直、ピザよりも作業をもう少し続けたい。返答に迷っていると、
「仕方がない。トツキの為に私がピザを確保しておいてやろう。感謝するがよい」
と言って、クシャと頭を撫でたあと部屋を出て行った。
「………っ今のなに!?」
ミハイさんとの付き合いは2年ほどになる。意思疎通もツーカーの域に入ってきた気がする。それは私が望んだことだけど。これ以上の距離感は、どうしたらいいのか分からない。
「俺、そういう柄じゃないんだよ……」
恋愛なんて、縁がないと。ずっとそう思ってたんだ。それなのに、相手が吸血鬼とか。本当に、このままでいられればそれで充分なんだけど。
(結局、集中力切れた……)
ミハイさんが確保してくれるピザ、いつ取りに行こう。
「トツキ…………おい、聞いてるのかトツキ」
ミハイさんが私の名前を呼ぶ。本当は呼ばれる前から用があるのは知っていたけれど、敢えてだんまりを決め込んでいた。
「はい、なんでしょう?」
「缶詰」
単語だけで話していちいち説明は寄越さない。この人の人柄を知る者からすれば、らしいと思うのかもしれないが、実はこういった対応は慣れた者……親しい者にしか見せない、ような気がしている(奴隷か下僕認定とも言える)。いつものようにスプーンと、期限の早い缶詰を選んで蓋を開け、献上する。
「ごくろう」
一言労うと、ミハイさんは片手でキーボードを打ちながらザクロの缶詰を咀嚼した。次、水だろうな。そう思い、ペットボトルの用意を気づかれないようにする。
「水」
ほら、そうだろうと思った。けれど、また敢えて自分の作業に戻ったフリをする。
「トツキ!」
「あ、はい。水ですか?」
「そうだ、はやくしろ」
これも蓋を開け渡せば、飲み終われば突っ返される。部屋の定位置に置いて、私も私の作業に戻る。私のしている作業は、音の打ち込み……つまりは音楽制作だ。ヘッドフォンの打ち込み音では、満足がいかなくなってきた。
「トツキ」
「はい、片付けですか?」
「違う、音。テキトーに鳴らして構わんぞ」
カタカタとキーボードを叩く指をわざわざ止め、ミハイさんがこちらを見た。私も、ヘッドフォンを外して耳を真摯に傾ける。
「そろそろ生音でやりたい頃合いだろう。私もひと段落ついたとこだ。休憩にするのでな」
「はい、ありがとうございます」
「いいから、はやくしろ。私は演奏を聴かせろとも言っている」
それくらい、言わなくても分かるだろう。そんな眼差しを向けられ、私は肩をすくめながらアコースティックギターを取り出した。
「まだBメロとか不完全で」
ミハイさんが睨むので、それ以上言い訳はせずに歌いながら録音をした。黙って聴いてくれるミハイさんの表情は好きだが、だからこそ見るのには勇気が必要だ。私は、私の想いをミハイさんにバレたくないので。
(なんか引っかかりある顔だな……)
私の新曲に、どんな評価がつくのか。ギターの音を止めて、次の言葉を待った。
「もうちょっとコード進行を、マイナーにしたらどうだ?」
「暗くなるかなって思ったんだけど」
「周りがどう思うかはいい。お前がどうしたいかで作れ」
「…………じゃあ、マイナーにする」
ミハイさんは、私の作る曲に表れる「聴いてくれる不特定多数への配慮」みたいなものを嫌う。私が、俺が思うままに演奏しろ、とよく釘を刺される。
「アレンジとプロデュースは私がやるのだ。貴様は純粋にやりたいことをぶつけろ」
何回か聞いたお小言を頂戴し、私はやれやれとため息を吐いた。幸せなことだが、求められるものの要求が高い高い。
「さて、ゲームに復帰するか」
ミハイさんは私の進捗に満足したのか、ゲームに戻った。また静かな時間が訪れる。私もミハイさんのことは少し忘れて、制作に集中しよう。
…………数時間経った。正確には、認識してないが。キーボードのソロが気に食わなくて、作ったフレーズのリプレイを繰り返す。
「トツキ、トツキ!」
「うわっ! なんですか!」
ヘッドフォンを取り上げられて、耳元で怒鳴られたので驚く。ミハイさんの顔を見上げると、ニヤッと笑った。怒ってはいないようだ。
「もう飯の時間だ。今日はピザらしいぞ」
「えっと……」
正直、ピザよりも作業をもう少し続けたい。返答に迷っていると、
「仕方がない。トツキの為に私がピザを確保しておいてやろう。感謝するがよい」
と言って、クシャと頭を撫でたあと部屋を出て行った。
「………っ今のなに!?」
ミハイさんとの付き合いは2年ほどになる。意思疎通もツーカーの域に入ってきた気がする。それは私が望んだことだけど。これ以上の距離感は、どうしたらいいのか分からない。
「俺、そういう柄じゃないんだよ……」
恋愛なんて、縁がないと。ずっとそう思ってたんだ。それなのに、相手が吸血鬼とか。本当に、このままでいられればそれで充分なんだけど。
(結局、集中力切れた……)
ミハイさんが確保してくれるピザ、いつ取りに行こう。
