喫茶BLUEMOONへようこそ
珍しく昼過ぎまで眠った。昨夜は遅くまで書類と格闘していたから、仕方ないと言えば仕方ない。休息も仕事と割り切り、貴重な休日の残りをどのように過ごすか考える。とりあえず何か食べて、本屋にでも行こうか。そうして、その後はカフェに行こう。ポニーテールで接客をするあの子の顔が浮かんで、首を振る。
(いや別に、ユキちゃん目当てで行くわけちゃうし)
なんて自分に言い訳をするが、心の奥底では無駄な足掻きなことくらい分かっている。現にここ最近行く店はBLUE MOONだけだし、休みの度に足を運んでいるのも自覚している。ただ、あの子にチャラい男だと思われたないし。自分みたいないつ死ぬかも分からん奴に、言い寄られても困るやろし。うん、僕はあの店の良い常連さんでいたい。テキトーに食パンをかじり、寝癖をちゃんと整えて、僕は部屋を出た。
本屋で読みたい本を探したが、今日は目ぼしいものはなかった。それでも、カフェには足が向く。たまにはぼんやりコーヒーを飲むだけで過ごすのもいいだろう。時刻はちょうどランチタイムが落ち着いた頃。ドアを開ければ、いつもの笑顔で出迎えられる。
「あ、保科さん! いらっしゃいませ。今窓際の席片付けますね」
「おー慌てんでええよ」
彼女が慌てたところなど、見たことがないのだが。仕事は早いのに、こちらを急かすことのない所作は、プロフェッショナルだと思う。わざわざ空けてくれた、窓際の席に座る。
「ご注文は、いつものでよろしいですか?」
「あ、待って。メニュー見てもええ?」
今日は本持ってきてないし、せっかくだから久々にメニューを開いてみた。手書きで書かれたそれは、ところどころ前見た時と変わっていた。季節限定、なんてのもある。
「これ、ユキちゃんが書いてんの?」
「あ、はい。そうですよ」
「字、綺麗なんやなぁ。羨ましいわ」
「え、えー! そんなとこ褒められたことないですけど……ありがとうございます」
接客用の笑顔とは違う、はにかんだ顔に何故かこちらまで照れてしまって、慌ててメニューに顔を戻した。
「甘いの大丈夫でしたら、いちごミルクとかおすすめですよ」
「……ほな、今日はそれで」
「かしこまりました」
背を向けた彼女を、ぼんやり目で追う。店内には程よい音量でジャズが流れている。ランチの客がまだ幾人かいたが、そのうち席を立ち、会計を済ませて出て行った。客は僕1人になった。
「すみません、お待たせしました。いちごミルクです。かき混ぜながら飲んでくださいね」
「ありがとう」
太いストローを啜ると、いちごの果肉とともにミルクが流れ込んでくる。これは美味いが……甘い。
「今日は本、読まれないんですか?」
「ぐっ!? ゴッホゴホ」
「大丈夫ですか!?」
本を持ってないことを指摘されて、ギクリとしてしまった。別に後ろめたいことなどないのだが。ユキちゃんは不思議そうに僕を見ている。そりゃそうやろ。僕の気にしすぎや。
「いやな、本屋寄ってきたんやけど、読みたい本なくてな」
「そうなんですか。あ、じゃあもしよかったらなんですけど」
ユキちゃんと目が合う。純粋で計算なんてこれっぽっちもない視線が、僕を捉える。
「私の読んだ本、お貸ししましょうか? 実は私も読書好きで……置く場所に困るくらいなんです」
嬉しそうに話す彼女を見て、断るなんて出来るだろうか。
「ええの? 大事な本やろ?」
「保科さんですもん、全然いいですよ」
「…………じゃあ、お願いしよかな」
僕の返事を聞いて、ユキちゃんはいっそう嬉しそうに笑った。あぁ、ホント素直なええ子やなぁ。
「保科さんはどんな小説が好きなんですか?」
「僕? 僕は時代小説とかよく読むけど、ジャンルはなんでもええよ」
「私はファンタジーとか好きなんですよねぇ。あ、趣味に合わなかったら全然読まないでいいので! 気遣いなく!」
ユキちゃんはどんな物語が好きなのだろう。思いがけず訪れた彼女を知る機会に、期待と不安が入り混じる。僕はこのまま、彼女と仲良くなっていってもいいのだろうか。いつになくはしゃいでいる彼女を横目に、甘いいちごミルクを飲み干した。
(いや別に、ユキちゃん目当てで行くわけちゃうし)
なんて自分に言い訳をするが、心の奥底では無駄な足掻きなことくらい分かっている。現にここ最近行く店はBLUE MOONだけだし、休みの度に足を運んでいるのも自覚している。ただ、あの子にチャラい男だと思われたないし。自分みたいないつ死ぬかも分からん奴に、言い寄られても困るやろし。うん、僕はあの店の良い常連さんでいたい。テキトーに食パンをかじり、寝癖をちゃんと整えて、僕は部屋を出た。
本屋で読みたい本を探したが、今日は目ぼしいものはなかった。それでも、カフェには足が向く。たまにはぼんやりコーヒーを飲むだけで過ごすのもいいだろう。時刻はちょうどランチタイムが落ち着いた頃。ドアを開ければ、いつもの笑顔で出迎えられる。
「あ、保科さん! いらっしゃいませ。今窓際の席片付けますね」
「おー慌てんでええよ」
彼女が慌てたところなど、見たことがないのだが。仕事は早いのに、こちらを急かすことのない所作は、プロフェッショナルだと思う。わざわざ空けてくれた、窓際の席に座る。
「ご注文は、いつものでよろしいですか?」
「あ、待って。メニュー見てもええ?」
今日は本持ってきてないし、せっかくだから久々にメニューを開いてみた。手書きで書かれたそれは、ところどころ前見た時と変わっていた。季節限定、なんてのもある。
「これ、ユキちゃんが書いてんの?」
「あ、はい。そうですよ」
「字、綺麗なんやなぁ。羨ましいわ」
「え、えー! そんなとこ褒められたことないですけど……ありがとうございます」
接客用の笑顔とは違う、はにかんだ顔に何故かこちらまで照れてしまって、慌ててメニューに顔を戻した。
「甘いの大丈夫でしたら、いちごミルクとかおすすめですよ」
「……ほな、今日はそれで」
「かしこまりました」
背を向けた彼女を、ぼんやり目で追う。店内には程よい音量でジャズが流れている。ランチの客がまだ幾人かいたが、そのうち席を立ち、会計を済ませて出て行った。客は僕1人になった。
「すみません、お待たせしました。いちごミルクです。かき混ぜながら飲んでくださいね」
「ありがとう」
太いストローを啜ると、いちごの果肉とともにミルクが流れ込んでくる。これは美味いが……甘い。
「今日は本、読まれないんですか?」
「ぐっ!? ゴッホゴホ」
「大丈夫ですか!?」
本を持ってないことを指摘されて、ギクリとしてしまった。別に後ろめたいことなどないのだが。ユキちゃんは不思議そうに僕を見ている。そりゃそうやろ。僕の気にしすぎや。
「いやな、本屋寄ってきたんやけど、読みたい本なくてな」
「そうなんですか。あ、じゃあもしよかったらなんですけど」
ユキちゃんと目が合う。純粋で計算なんてこれっぽっちもない視線が、僕を捉える。
「私の読んだ本、お貸ししましょうか? 実は私も読書好きで……置く場所に困るくらいなんです」
嬉しそうに話す彼女を見て、断るなんて出来るだろうか。
「ええの? 大事な本やろ?」
「保科さんですもん、全然いいですよ」
「…………じゃあ、お願いしよかな」
僕の返事を聞いて、ユキちゃんはいっそう嬉しそうに笑った。あぁ、ホント素直なええ子やなぁ。
「保科さんはどんな小説が好きなんですか?」
「僕? 僕は時代小説とかよく読むけど、ジャンルはなんでもええよ」
「私はファンタジーとか好きなんですよねぇ。あ、趣味に合わなかったら全然読まないでいいので! 気遣いなく!」
ユキちゃんはどんな物語が好きなのだろう。思いがけず訪れた彼女を知る機会に、期待と不安が入り混じる。僕はこのまま、彼女と仲良くなっていってもいいのだろうか。いつになくはしゃいでいる彼女を横目に、甘いいちごミルクを飲み干した。
