喫茶BLUEMOONへようこそ
防衛隊立川基地のすぐ近く。繁華街からは少し外れた、道路沿いの小さな喫茶店。喫茶「BLUEMOON」は美味しい紅茶が自慢の、私の生家である。私が生まれる前に建てられたお店は、私達家族の宝物で、私は短大を卒業してからずっとホールとして働いている。従業員は、父親と私だけだ。
今日は春の日差しが強く、暑い日なのでお客さんの入りは上々だ。カラン、とまたドア・ベルが鳴り、私は磨いていた銀食器から顔を離した。
「いらっしゃいま……保科さん!」
しまった、少し大きな声を出してしまった。保科さんは片手を上げて応えると、いつもの窓際のソファー席に座った。メニューはご覧にならないかな、と思いつつ、お冷とおしぼりと共にお持ちする。
「こんにちは、今日は暑くなりましたね」
「せやね。来るまでに干からびるかと思ったわ」
「ふふふ……ご注文はいつものセットでよろしいですか?」
「ああ、よろしく」
保科さんはここ一年くらいの常連客で、いつもモンブランとホットコーヒーを頼まれる。一杯目はブラックで、おかわりをなさる時はミルクを入れてお召し上がりになる。空いている時は決まって窓際の席に座り、何かしらの本を読んでいる。初めて来店された時は、あの立川基地の副隊長がうちの店に……!? と私が緊張してしまったのだが、今ではもう慣れて、彼が来るのを心待ちにしている自分がいる。カフェの空気を乱さないように、努めて静かにモンブランと珈琲をお出しし、私はカウンターの奥に引っ込んだ。磨きかけの銀食器に向き合いながら、ついつい保科さんの方へ意識が行ってしまう。柔らかい表情で文字を追う横顔は、窓からの光を受けてとても絵になる。
「すみません、お水ください」
「あ、はい! 気づかずに申し訳ありません」
いつもならお客さまが申告する前にお冷を注いでいるのだが、それも疎かになってしまった。ダメだ、仕事に集中しなければ。気を引き締めて、私はお客さまの接客に戻った。
(そんな見られたら読み辛いっちゅーねん)
仕事柄、視線や気配には敏感な方だ。気づいていないフリで読書は続けたものの、正直内容は入ってこない。ホールに戻った彼女を目で追う。たおやかで優雅な彼女の所作は、ゆったりとしたカフェの雰囲気によく似合う。接客も丁寧で心地よく、誰にでも平等に優しい笑顔を向ける。
(よく頑張っとるなぁ……)
紅茶が専門のこの店の、珈琲はいたって普通だ。モンブランは絶品だけれども、それだけだったらこの店にこんなに長くは通わなかっただろう。僕が惚れ込んだのは、モンブランの味と、店の雰囲気と、それから。……理解はしているけれども、簡単に恋にするわけにもいかなくて。ふと、カップを傾けると、もう残りがなくなっていた。満足に本も読めていないし。
「ユキちゃん、おかわりもらえる?」
声をかければ、パッと花が咲いたように笑って。読書がしたいから、を建前に、僕は今日もこの喫茶で長居をする。
今日は春の日差しが強く、暑い日なのでお客さんの入りは上々だ。カラン、とまたドア・ベルが鳴り、私は磨いていた銀食器から顔を離した。
「いらっしゃいま……保科さん!」
しまった、少し大きな声を出してしまった。保科さんは片手を上げて応えると、いつもの窓際のソファー席に座った。メニューはご覧にならないかな、と思いつつ、お冷とおしぼりと共にお持ちする。
「こんにちは、今日は暑くなりましたね」
「せやね。来るまでに干からびるかと思ったわ」
「ふふふ……ご注文はいつものセットでよろしいですか?」
「ああ、よろしく」
保科さんはここ一年くらいの常連客で、いつもモンブランとホットコーヒーを頼まれる。一杯目はブラックで、おかわりをなさる時はミルクを入れてお召し上がりになる。空いている時は決まって窓際の席に座り、何かしらの本を読んでいる。初めて来店された時は、あの立川基地の副隊長がうちの店に……!? と私が緊張してしまったのだが、今ではもう慣れて、彼が来るのを心待ちにしている自分がいる。カフェの空気を乱さないように、努めて静かにモンブランと珈琲をお出しし、私はカウンターの奥に引っ込んだ。磨きかけの銀食器に向き合いながら、ついつい保科さんの方へ意識が行ってしまう。柔らかい表情で文字を追う横顔は、窓からの光を受けてとても絵になる。
「すみません、お水ください」
「あ、はい! 気づかずに申し訳ありません」
いつもならお客さまが申告する前にお冷を注いでいるのだが、それも疎かになってしまった。ダメだ、仕事に集中しなければ。気を引き締めて、私はお客さまの接客に戻った。
(そんな見られたら読み辛いっちゅーねん)
仕事柄、視線や気配には敏感な方だ。気づいていないフリで読書は続けたものの、正直内容は入ってこない。ホールに戻った彼女を目で追う。たおやかで優雅な彼女の所作は、ゆったりとしたカフェの雰囲気によく似合う。接客も丁寧で心地よく、誰にでも平等に優しい笑顔を向ける。
(よく頑張っとるなぁ……)
紅茶が専門のこの店の、珈琲はいたって普通だ。モンブランは絶品だけれども、それだけだったらこの店にこんなに長くは通わなかっただろう。僕が惚れ込んだのは、モンブランの味と、店の雰囲気と、それから。……理解はしているけれども、簡単に恋にするわけにもいかなくて。ふと、カップを傾けると、もう残りがなくなっていた。満足に本も読めていないし。
「ユキちゃん、おかわりもらえる?」
声をかければ、パッと花が咲いたように笑って。読書がしたいから、を建前に、僕は今日もこの喫茶で長居をする。
