未熟な祈り

ディルムッドという英霊は、見惚れてしまうほどに美しかった。姿だけでなく、その声も、心も。魔貌にかからなかったのは、運が良かったとしか言えないくらいに。私の呼びかけで一番最初に召喚に応じてくれたサーヴァントで、ただの小娘でしかない私をマスターとして認めてくれた。……そう思いたい。

「ディル」
「おや、マスター。どうしました?」

時折、確認のように名前を呼んでしまう。彼に限らず、サーヴァントを信用しすぎてはいけないと思っているのに、グランドオーダーの過酷さから、寂しさから、弱さから。彼が側にいることで、安心している自分がいた。ディルムッドは、いつも私の側を離れない。そういう誓約を、彼と交わしている。

「なんでもない」
「そうですか……なにかあれば、いつでもお呼びください」

少し残念そうな顔をしたディルは、また半歩後ろに下がり、私について歩く。カルデアの廊下は、長く広い。窓の外は暗く、吹雪が全てを飲み込んでいる。……外の世界は、人理が焼却されている。信じがたいことではあるが、私が頑張らなければ人類にーー私に未来はない。私は、人理のことなどどうでもよかった。ただ、私やマシュ、Dr.ロマン達、生きている人間の明日が、理不尽に奪われることが許せなかった。だから、怒りを持って私は目の前のことに対処している。未来は考えず、ただ明日を生きるために私は今日もレイシフトを行う。……そこにどんな犠牲が伴おうとも、受け入れる覚悟で。


ーーレイシフト先で、ディルムッドが怪我をした。私を、敵対エネミーから庇ってのことだ。私が判断を誤らなければ、彼は怪我をしなかった。安静のため、全員で一旦退避し、野営地を確保して今は休息の時間だ。私は、ディルの側を離れずに、彼が眼を覚ますのを待った。彼の美しい肢体につけられた傷。服には血が滲んでいる。目頭が熱くなった。

「ん、マス、ター……」
「!! ディル、大丈夫!? 大丈夫じゃないよね、ごめんね」

自分でも声が震えているのが分かる。ディルは私の顔を見ると、優しく微笑んだ。

「よかった、ご無事で。俺は大丈夫、これくらいなんともありません」
「嘘だよ、こんなに血が出て……顔色も悪いし……」

狼狽える私を落ち着かせるように、ディルの手が私の顔を包む。その手を涙の雫が濡らしていく。

「貴方の役目を、ゆめゆめ忘れなさるな……マスター。貴方は、人理を修復するために生きなければなりません。明日の為に、今日を生きるのでしょう? こんなことで泣いていては、先が思いやられる」
「うるさいっ、嫌だ、ディル。死なないで……」

頭の片隅で、矛盾していると思った。私は明日を生きなければならない。たとえ、サーヴァントを犠牲にしてでも。それは、彼も私も理解していたはずで、だからこそディルは私を守ってくれたのに。目の前に突きつけられた現実が、到底受け入れられそうにない。

「ディルムッド、貴方が死ぬことを私は許さないっ……!!」

そう強がるだけで精一杯の、ただの小娘だった、私は。到底、ディルムッドの主君としては力不足だろう。祈る神も持ち合わせない私は、ただただ自分の無力を呪うばかりだ。

「マスター……貴方がそう望むのなら、私は死にません。決して、貴方を一人にはしない」
「うう、嘘。嘘だ、信じない……!! 私は、」

本当は、誰も失いたくない。だから、初めから信じたくない。そこに絆があっただなんて。

「マスターは、強情っぱりですね、」

幼子のように泣きじゃくる私の口を、何かが塞いだ。驚いて目を見開けば、美しすぎる端正な顔が間近にあった。彼は目を閉じ、そっと触れた唇から魔力を吸い取っていった。長く伏せられたまつ毛が、二、三度まばたく。

「すいません、不敬とは思いましたが……貴方の望みを叶える方法が、これしか思いつかなかったので」

そう言って謝るディルに、恥ずかしさで言葉を失う。醜態を晒したこと、唇を合わせたこと、今までの時間の全てが恥ずかしい。

「エ、エッチ……!!」
「はは、あまり男性にそういうことを、言わない方がいい」

見当違いな発言をして、笑われて。背中を向けて座り込めば、そっと後ろから抱き締められた。

「!?」
「重ねて申し訳ありません。しばらく、こうさせてもらっても……?」

黙って何度も頷けば、それからはお互いに無言だった。背中にある温かさと重さに、彼が生きていることを実感する。そのうち私は、安心してしまい意識を手放した。ーー貴方がいない明日を、私は想像が出来ない。
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