未熟な祈り
此度のマスターは、なかなか笑わない方だった。幼い顔とは裏腹に、重く冷たい目をしていて、自身の使命に熱く燃える人。無理をしているようにも見えた。けれど、威厳あるように振る舞う姿は、女性ではあるが俺には好感が持てて、ニ槍を振るうのに迷いはなかった。
「どんなに素晴らしい英霊であれ、一度生を終えた者が、聖杯に願うことはあってはならない」
今を生きる人間の為、命をかけるマスターは、サーヴァントの事を基本的に信用していなかった。そうして、信用していないからこそ、いつ裏切られても仕方がないと割り切っているようだ。人理の全てを背負いながら、マシュ・キリエライト以外に心を閉ざしたマスター。孤独な戦いに、自らを置く彼女の、助けになりたいと純粋に思った。
「マスター。私には、聖杯にかける望みなどございません。ただ、貴方に仕えるのみです」
「……じゃあ、私を守ってくれる?」
「勿論です。どんなことからでも、お守りしましょう」
そう、誓いを立てた。その時一瞬、ほんの一瞬だけ、安心したように笑ったマスターの、表情がこびりついて離れない。マスターはそれから、俺を常に側に置くようになった。信頼を勝ち得た、と思ってもよいだろう。マイルームまで共を頼まれた時は、戸惑いはあったが、それでマスターの不安が薄れるならと承諾した。彼女が起きて、眠りにつくまで、片時も側を離れはしなかった。
「う、うぅ……」
「マスター、マスター。大丈夫ですか」
夜、うなされる彼女を起こすことも何度もあった。けれど、目が覚めても、マスターは俺にすがるようなことはせず、ただ一言、
「ありがとう」
とだけ言って、また眠りについた。その健気なまでの強がりが、じれったくもあった。もっと、もっとマスターの力になりたい。騎士として、マスターに忠義を尽くしたい。どうしたら、彼女の荷を背負うことが出来るだろうか。もしかしたらそれは、おこがましいことなのか。悩みながら、月日は過ぎ、関係は平行線のまま、第四特異点まで人理は修復された。マスターの顔に、笑顔はないままに。そして、第五特異点。そこには、俺でありながら俺ではない、もう一人の自分がかつての主君と共にいた。しかし、相手が自分自身であろうと関係はない。俺はマスターの指示で戦い、勝ち抜いた。俺は、俺を超えた。喜びからマスターを振り向けば、見たことのない表情で立ち尽くすマスターがいた。
「マスター……?」
「!! ううん、なんでもない」
誤魔化すように顔を背けたが、やはりその後も様子がおかしかった。夜、眠る頃になっても、一人夜空を見上げていた。いつものように、そっと側に腰を下ろすと、びくっと揺れる肩。らしくなかった。
「マスター、その……敵側の俺、に会ってから、様子が変だと思うのですが」
「……気のせいだよ」
「いいえ、気のせいではありません。いえ、いえ。貴方はいつもそうだ。言いたいことや辛いことを、いつもお一人で抱え込んでしまう。どうか、どうかこのディルムッドにだけは、お話してくださいませんか」
もう我慢は出来なかった。俺の精一杯の懇願に、黄色の瞳が揺れ動いた。そうして、ポロポロと涙を零し始めた。声も上げずに涙する姿は、星明かりに照らされて美しかった。
「マスター……?」
「ごめん、あのね、えっとね……」
言葉を探しながら目を擦るマスターに、胸が締め付けられる。この痛みを、懐かしく思うのは。遂にしゃくりあげ始めたマスターを、気がつけば抱き寄せていた。
「大丈夫です、ディルムッドはここにおります。落ち着いて」
「ディル、ディルがね、やっぱり幸せじゃないんじゃないかって、思って、」
「……?? どういうことです?」
「前の主君と、いたディルムッド、幸せそう、だったから……私なんかより、あっちの方がいいんじゃないかって……」
「マスター……!!」
言葉にならなかった。様々な喜びが駆け抜けて。俺は浅ましいだろうか。嫉妬深い者を忌み嫌う俺が、マスターが嫉妬してくれたことに喜ぶなど。サーヴァントを警戒してきたマスターが、俺の幸せを考えてくれていた。その事が、こんなにも胸を熱くする。
「マスター、俺は幸せです。貴方という人に仕えられたこと、誇りに思っています」
「……ほんとうに?」
「私が貴方に嘘を言ったことがありますか?」
「な、い……」
その言葉を最後に、マスターは俺の胸でしくしくと泣いた。黙って受け止める俺は、忠義に生きてるのか、愛に生きてるのか。分からないが、そんなことはどちらでもよかった。次は、今度は。俺は貴方の笑顔になりたい。
「どんなに素晴らしい英霊であれ、一度生を終えた者が、聖杯に願うことはあってはならない」
今を生きる人間の為、命をかけるマスターは、サーヴァントの事を基本的に信用していなかった。そうして、信用していないからこそ、いつ裏切られても仕方がないと割り切っているようだ。人理の全てを背負いながら、マシュ・キリエライト以外に心を閉ざしたマスター。孤独な戦いに、自らを置く彼女の、助けになりたいと純粋に思った。
「マスター。私には、聖杯にかける望みなどございません。ただ、貴方に仕えるのみです」
「……じゃあ、私を守ってくれる?」
「勿論です。どんなことからでも、お守りしましょう」
そう、誓いを立てた。その時一瞬、ほんの一瞬だけ、安心したように笑ったマスターの、表情がこびりついて離れない。マスターはそれから、俺を常に側に置くようになった。信頼を勝ち得た、と思ってもよいだろう。マイルームまで共を頼まれた時は、戸惑いはあったが、それでマスターの不安が薄れるならと承諾した。彼女が起きて、眠りにつくまで、片時も側を離れはしなかった。
「う、うぅ……」
「マスター、マスター。大丈夫ですか」
夜、うなされる彼女を起こすことも何度もあった。けれど、目が覚めても、マスターは俺にすがるようなことはせず、ただ一言、
「ありがとう」
とだけ言って、また眠りについた。その健気なまでの強がりが、じれったくもあった。もっと、もっとマスターの力になりたい。騎士として、マスターに忠義を尽くしたい。どうしたら、彼女の荷を背負うことが出来るだろうか。もしかしたらそれは、おこがましいことなのか。悩みながら、月日は過ぎ、関係は平行線のまま、第四特異点まで人理は修復された。マスターの顔に、笑顔はないままに。そして、第五特異点。そこには、俺でありながら俺ではない、もう一人の自分がかつての主君と共にいた。しかし、相手が自分自身であろうと関係はない。俺はマスターの指示で戦い、勝ち抜いた。俺は、俺を超えた。喜びからマスターを振り向けば、見たことのない表情で立ち尽くすマスターがいた。
「マスター……?」
「!! ううん、なんでもない」
誤魔化すように顔を背けたが、やはりその後も様子がおかしかった。夜、眠る頃になっても、一人夜空を見上げていた。いつものように、そっと側に腰を下ろすと、びくっと揺れる肩。らしくなかった。
「マスター、その……敵側の俺、に会ってから、様子が変だと思うのですが」
「……気のせいだよ」
「いいえ、気のせいではありません。いえ、いえ。貴方はいつもそうだ。言いたいことや辛いことを、いつもお一人で抱え込んでしまう。どうか、どうかこのディルムッドにだけは、お話してくださいませんか」
もう我慢は出来なかった。俺の精一杯の懇願に、黄色の瞳が揺れ動いた。そうして、ポロポロと涙を零し始めた。声も上げずに涙する姿は、星明かりに照らされて美しかった。
「マスター……?」
「ごめん、あのね、えっとね……」
言葉を探しながら目を擦るマスターに、胸が締め付けられる。この痛みを、懐かしく思うのは。遂にしゃくりあげ始めたマスターを、気がつけば抱き寄せていた。
「大丈夫です、ディルムッドはここにおります。落ち着いて」
「ディル、ディルがね、やっぱり幸せじゃないんじゃないかって、思って、」
「……?? どういうことです?」
「前の主君と、いたディルムッド、幸せそう、だったから……私なんかより、あっちの方がいいんじゃないかって……」
「マスター……!!」
言葉にならなかった。様々な喜びが駆け抜けて。俺は浅ましいだろうか。嫉妬深い者を忌み嫌う俺が、マスターが嫉妬してくれたことに喜ぶなど。サーヴァントを警戒してきたマスターが、俺の幸せを考えてくれていた。その事が、こんなにも胸を熱くする。
「マスター、俺は幸せです。貴方という人に仕えられたこと、誇りに思っています」
「……ほんとうに?」
「私が貴方に嘘を言ったことがありますか?」
「な、い……」
その言葉を最後に、マスターは俺の胸でしくしくと泣いた。黙って受け止める俺は、忠義に生きてるのか、愛に生きてるのか。分からないが、そんなことはどちらでもよかった。次は、今度は。俺は貴方の笑顔になりたい。
