鬼退治の前に
私には、鬼よりも恐い人がいる。その人の名を不死川実弥という。実弥さんとは、長い付き合いになるが、未だに私から彼に対する恐怖心は消えない。鬼に対する異常なまでの憎悪。それに伴うあまりにも度を越した鍛練。私は尊敬こそすれ、実弥さんのようになりたいとはどうしても思えなかった。強くはなりたいと思う。でもあの人のようになりたくない。人を助けるために、自分の身体を傷だらけにする人には。
「実弥さん、そろそろお昼にしませんか」
「…………あァ」
実弥さんとは、長い付き合いだ。私達は育手が同じで、歳も近い。二つ上の実弥さんを、兄のように慕っていた時期もあったのだ。しかし、死線をくぐる度、鬼を殺していく度に、傷を増やし優しくは笑わなくなった彼が、私はどうしようもなく怖くなっていった。まるで実弥さんまで鬼になるようで。何度も泣いて縋った夜もあった。けれど、答えはいつも同じ。「醜い鬼は俺が全て殲滅する」。私は、ついていくことを諦めた。諦めたけれども、一緒にいることは辞められずにいる。
「今日は天気がいいですね」
「そうだなァ」
「午後から一緒にお昼寝でも」
「そんなことをしている暇はない」
そんなこと。身体中に血の匂いを纏わせながら、ばっさりと私の提案は却下された。夜にはどうせ、鬼を退治しに出かけてしまうのだ。今ぐらい休んだって、罰は当たらないのに。綺麗にたいらげられた食事の後始末をしながら、気がつけばため息が出ていた。私がいなくなったら、実弥さんはどうするだろうか。探してくれるんだろうか、怒り狂うんだろうか、それとも。変わらずに鬼の滅殺を続けるだろうか。二度目のため息。
「なにをそんなに悩んでんだァ、鬱々と毎日毎日」
「!! 実弥さん…………」
いつもはご飯を食べたらさっさと鍛練に行ってしまう彼が、珍しく厨房まで私を気遣いに来た。私の中を、ぐるぐると悩みが駆け巡る。けれど、言ったところで変わりはしないだろう。彼も、私も。そう思い目を伏せた時。
「……俺はなァ、これでもお前には感謝してんだよォ」
顔を上げれば、目は合わせてくれない。その代わりに、ほんのりと染まった頬。安心した。この人に、まだ人の血が通っていると感じて、安心した。すっと、私の顔を一筋の涙が濡らした。それを見ると、実弥さんは慌てたようにゴシゴシと私の顔を擦る。痛いです。
「ああ……悪かった、悪かったよォ! よく分かんねえけど、俺のせいなんだなァ?」
いいえ、貴方のせいではない。本当は全て。貴方を失うのが怖くて、貴方を恐い人と思い込んだ、私の弱さが悪いのだ。私が弱いから、貴方は遠くへ行ってしまったのだ。私の弱さは、留まることを知らずに一つ二つと、涙の雫を増やした。それにますます、強い貴方は怯えるように慌てる。
「泣き止めよォ、昼寝でもなんでもしてやるからさァ。本当はそんな暇ねえけど、お前が泣き止むならするからさァ」
それならば、もう少し。もう少しだけお側にいてもよいでしょうか。そう言えば、そうでないと困ると、久方振りに貴方の笑顔を見れた。
「実弥さん、そろそろお昼にしませんか」
「…………あァ」
実弥さんとは、長い付き合いだ。私達は育手が同じで、歳も近い。二つ上の実弥さんを、兄のように慕っていた時期もあったのだ。しかし、死線をくぐる度、鬼を殺していく度に、傷を増やし優しくは笑わなくなった彼が、私はどうしようもなく怖くなっていった。まるで実弥さんまで鬼になるようで。何度も泣いて縋った夜もあった。けれど、答えはいつも同じ。「醜い鬼は俺が全て殲滅する」。私は、ついていくことを諦めた。諦めたけれども、一緒にいることは辞められずにいる。
「今日は天気がいいですね」
「そうだなァ」
「午後から一緒にお昼寝でも」
「そんなことをしている暇はない」
そんなこと。身体中に血の匂いを纏わせながら、ばっさりと私の提案は却下された。夜にはどうせ、鬼を退治しに出かけてしまうのだ。今ぐらい休んだって、罰は当たらないのに。綺麗にたいらげられた食事の後始末をしながら、気がつけばため息が出ていた。私がいなくなったら、実弥さんはどうするだろうか。探してくれるんだろうか、怒り狂うんだろうか、それとも。変わらずに鬼の滅殺を続けるだろうか。二度目のため息。
「なにをそんなに悩んでんだァ、鬱々と毎日毎日」
「!! 実弥さん…………」
いつもはご飯を食べたらさっさと鍛練に行ってしまう彼が、珍しく厨房まで私を気遣いに来た。私の中を、ぐるぐると悩みが駆け巡る。けれど、言ったところで変わりはしないだろう。彼も、私も。そう思い目を伏せた時。
「……俺はなァ、これでもお前には感謝してんだよォ」
顔を上げれば、目は合わせてくれない。その代わりに、ほんのりと染まった頬。安心した。この人に、まだ人の血が通っていると感じて、安心した。すっと、私の顔を一筋の涙が濡らした。それを見ると、実弥さんは慌てたようにゴシゴシと私の顔を擦る。痛いです。
「ああ……悪かった、悪かったよォ! よく分かんねえけど、俺のせいなんだなァ?」
いいえ、貴方のせいではない。本当は全て。貴方を失うのが怖くて、貴方を恐い人と思い込んだ、私の弱さが悪いのだ。私が弱いから、貴方は遠くへ行ってしまったのだ。私の弱さは、留まることを知らずに一つ二つと、涙の雫を増やした。それにますます、強い貴方は怯えるように慌てる。
「泣き止めよォ、昼寝でもなんでもしてやるからさァ。本当はそんな暇ねえけど、お前が泣き止むならするからさァ」
それならば、もう少し。もう少しだけお側にいてもよいでしょうか。そう言えば、そうでないと困ると、久方振りに貴方の笑顔を見れた。
