刀鍛冶の少女

東の海ーー海賊王、ゴールド・ロジャーの故郷の海であり、今は平和の象徴とされる穏やかな海。そこに存在する海上レストランに、遠方の新世界バーニングエイトから来客があった。刀鍛冶一派、鬼徹の十二代目である手長族の男と、その男に手を引かれる幼い少女。彼らを呼んだのは、海上レストランバラティエのオーナー、ゼフであった。十二代目と少女は店の邪魔にならないよう、裏口から訪ねてきた。それにレストランのコック達は多少動揺するも、ゼフの丁寧なお辞儀に全てを察し、同じように頭を下げた。一人、状況を読み込めない少年は、あたふたとしゼフに蹴られた。文句を言う少年の頭を押さえ付けるゼフに、十二代目は苦笑した。

「そう仰々しいのはやめてください……俺達、仕事をしに来ただけなんで。お初にお目にかかります、ゼフさん。十二代目鬼徹です。こっちは、アケビと言います。まだ子供ですが、腕は確かなのでこの子にも何か仕事を」
「いや、遠路はるばるよく来てくれた……もう、あんたらの世話にはなれねえかと思っていたが……十代目は元気か」
「息災です」

ゼフと十二代目が仕事の話を進める中、そーっとコックの少年はやってきた少女、アケビに近付いた。アケビは首を傾げて、挨拶をする。

「こんにちは、アケビと言います。今日は包丁のメンテナンスに来ました」
「アケビちゃんか! 可愛い名前だね! 俺はサンジ! お腹空いてない?」
「えっと……」
「こぉらチビナスゥ! 勝手にサボってんじゃねえ!」

サンジはアケビの目の前でゼフに豪快に蹴られた。アケビは、瞬きを数回するが、それ以上は反応しなかった。

「いってぇな、クソジジイ! なにすんだ!」
「丁度いい、このクソチビナスの包丁、アケビちゃんに研いでもらうのでどうだ?」
「ああ、丁度いいですね。よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと待てよクソジジイ!」

勝手に話を進める保護者達に、サンジは反抗する。いくら女好きとは言え、自分の命にも替えがたい包丁を、自分よりも幼そうな少女に研がせるなんて。サンジにとっては屈辱だった。

「俺は自分で包丁の手入れ出来るよ! 職人の手なんか借りなくたって」
「生意気言うんじゃねえ! その道にはその道の職人がいるんだ、黙って任せろ!」
「……!! じゃあ、せめてそっちの兄ちゃんにしてくれよ! 俺だってここの立派なコックだぞ!」
「なにおう……!?」
「はははは。威勢のいい子ですね。彼は伸びそうだ」

師弟の喧嘩を眺めて、十二代目は笑った。そうして、長い腕を伸ばしてサンジの頭を撫でた。サンジは客人の突然な子供扱いに戸惑った。そんなサンジの顔を覗き込みながら、十二代目は諭すようにこう言った。

「けど、コックならいい鍛冶家は知っといた方がいい。それから、うちのアケビも立派な職人だ。甘く見てもらっちゃあ困るね」

優しく、しかし有無を言わせない強い意思のある言葉に、サンジは頷くしかなかった。それに笑顔で返すと、十二代目は立ち上がり、アケビに振り向いた。

「さあ、仕事の時間だ」


包丁の手入れの間、サンジは雑用を任されていた。買い出しや食器洗いなどである。しかし、サンジはどうしても包丁が心配で、買い出しから帰るとアケビが作業しているスペースへ近付いた。普通にアケビに話しかけたかった、というのも大いにあったが。かなり近くまで寄ったが、アケビはサンジのことなど見えていないようで、包丁を黙々と研ぎ続けた。サンジはアケビの手元を見た。繊細だが女の子にしてはふしばった指が、丁寧に包丁を研いでいく。時折、手を止めて刃先を見つめては、また作業を繰り返す。その静かな動作と空気に、サンジは完全に呑まれ息を止めた。先ほどの心配など嘘のように、その作業に見入った。しばらくして、一本目の包丁の手入れが終わった。慎重にケースへ包丁を戻すと、アケビは長く息を吐く。

「……なにかご用でしょうか? そんなに何も言わずに見つめられるとやりにくいのですが」
「うおっ!?」

サンジは現実に引き戻され、情けない声を上げた。今まで人と相対しているというのを、すっかり忘れていたのだ。アケビは伸びをすると、少し休憩を取るようだ。サンジに向き直り、お喋りを始めた。

「チビナスさんは、見習いのコックさんですか?」
「俺はサンジだ! あと見習いじゃねえ、れっきとしたコックだ!」
「……そうなんですか、失礼しました。てっきり、包丁の手入れが雑だったので新米かと」

切れ味の鋭いアケビの言葉に、サンジは息を詰める。言い返す言葉が見つからない。さっき包丁を見られたことで、全てを知られたのだと感じた。アケビは気にする様子もなく、淡々と言葉を続けた。

「でも、優しい方ですね、サンジさんは。包丁から温かみを感じました。大事にしているのは伝わります」
「……そんなことまで、分かるのかい?」
「分かりますよ。人と話すよりも多く、刃物と向き合っていますから」

そこで始めて、アケビは笑顔を見せた。また、サンジは言葉を失う。美人なわけじゃない。女性として、大人びているわけでもない。けれど、サンジはかける言葉を失ったのだ。この幼い女の子は、まさしく職人であると。

「……その、さっきは悪かった。君の、アケビちゃんの実力を疑うようなことを」
「ああ、気にしていません。元より女性は珍しいんです。疑われても仕方ありません」

今度は寂しそうに笑うアケビに、サンジは自分の行いを恥じた。どんな状況であれ、大事にすべき女性を傷付けてしまった。それなのに、笑って仕方ないと言う彼女のなんと大人なことか。サンジは、なんとか償いをしようと頭を巡らせた。そうして、出てきた答えは。

「……君が研いだ包丁で、フルコースを作る。まだまだ見習いの身だけど、食べていって欲しい」
「本当ですか? わあ楽しみです!」

今度は年相応に喜ぶアケビに、サンジはほっと胸を撫で下ろした。それから、ゼフがサンジを引っ張り戻すまで、十二代目がアケビをたしなめるまで、若い職人の交流は続いた。
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