刀鍛冶の少女

秋島のバーニングエイトは、新世界にありながら、比較的穏やかな気候の島だ。本日も空高く快晴、朗らかな風が吹き、まさに冒険日和といったところ。ウキウキ気分で街を進んでいく。

「で、どこに向かってんだアケビ」
「あ! 考えてませんでした!」

振り向けば、ぷっと吹き出された。とくん、と心臓が波打つ。ああ、これもよく知らない感情。向かい合ってしばらく立ちすくんでいると、エースが帽子を被り直して歩き出した。

「おら、ここで立ち止まってたら邪魔になる。どこ行きたい?」
「エースの行きたいとこ!」
「……じゃあとりあえず飯にするか」

それなら、と私は知り合いの経営している料理店を案内した。ようは、包丁がうちのなのだ。新鮮な魚介料理が味わえるこのお店は、島でもなかなかに評判が良かった。カウンター席に並んで座る。エースは私の倍は料理を注文した。厨房は大忙しになった。順に運ばれてきた料理を口にする。料理が美味しいので、エースにも食べてもらいたくなる。

「エース、半分あげます」
「……いや、そしたらお前食べる分なくなるだろ。細っこい癖に、ちゃんと食え」
「じゃあ、一口だけあげます! はい!」

一口、スプーンにパエリアを掬いエースの口元へ。エースはピタッと動きを止めた。

「?? いらないですか?」
「いや、いる。いります」

恐る恐る、エースは口を開いた。その口にスプーンを突っ込む。

「美味しいですか?」
「……はい、美味いです」

それっきり、エースは借りてきた猫のように大人しくなってしまった。それでも、注文した料理は全部食べたし、私の分の一口も全部食べてくれた。意気揚々と会計を済ませ、店を出る。

「美味しかったですね!」
「……そうだな。……で、次はなにしたい?」
「私が決めていいんですか?」
「友達のやりたいことは、一緒にやりたいだろ?」

にっと笑うエースはかっこいい。そうか、私がエースのやりたいことを一緒にしたいように、エースも同じく思ってくれているんだ。嬉しさを胸に収めておけなくて、身体が勝手にむずむず動く。ガキみたいだって笑われたけど、とびきりの笑顔で返した。

「じゃあじゃあ! 私、鬼ごっこしてみたいです!」
「鬼ごっこ? 本当にガキみてぇだな」
「だって、やったことないんですもん」

少し目線を落とせば、ぽんと頭に乗せられる手。そのままわしゃわしゃと撫でられた。

「アケビが言うなら喜んで。どっちが鬼やる?」
「じゃあ、私が鬼やります!」

やり方は知っている。目をつぶって十数えたら追いかけるんだ。私は、早速カウントを始めた。

「じゅーう、きゅーう、はーち……」


アケビが目の前で目をつぶって数を数えている。本当に幼い子と遊んでる気分なんだが、アケビだから可愛くて仕方ない。五つ数え終わるまでは、じーっと彼女の顔を見つめていた。その頬や唇に触れたい衝動を抑えて、少しずつ彼女と距離を置く。そうして、いち、の声を聞いた瞬間に走り出した。

「エース、待てー!」

その声を後ろにして駆け出すと、なんだかコルボ山でルフィが必死に俺を追いかけてきたことを思い出した。いつも待ってくれよ、と叫びながら追いかけてきた弟のことを。アケビとルフィは確か同い年だった。俺はアケビのことを、妹のように可愛がりたいのかもしれない。それ以上に……いや、それはきっと望んじゃいけないことだけど。俺はアケビの大事な友達でいることに決めたんだ。チクチクと痛む胸は知らないフリ。

「さあて、どうした? もう走りながら声もーー」

振り返ったら、アケビの姿はなかった。しまった。

「本気で走り過ぎた……! アケビどこだっ!?」

キョロキョロ辺りを見回すが、アケビの姿は欠片もない。これじゃ鬼ごっこというよりはかくれんぼだ。走って来た道を戻りながら、アケビを探す。……そろそろ鉢合わせてもいいんじゃないか? そう思った時にはここがどこだか分らなくなっていた。

「どこだ? ここ……」

迷子ってのは、恥ずかしながら慣れている。慣れているんだが、アケビとはぐれたのは初めてで。どうしようもなく寂しくなっている自分をあざ笑う。右も左も知らない道になってしまったが、アケビを求めてひたすら歩いた。

「アケビーどこ行ったー?」

俺の声は雑踏に飲まれていく。陽はだいぶ傾いてきて、肌寒くなってきた。アケビ、今どうしてるんだ。俺を必死に探してるのか、どっかで休憩してるのか、……俺を置いて、帰っちまったか。今日、アケビを家に帰すつもりは俺にはなかったけど、アケビはそんなこと知りはしないだろう。帰られていたら、嫌だなぁ。ぐるぐると思考は巡るが、結局ここがどこかも分らない俺には、アケビを探すことしか出来ない。太陽が沈む方向へ足を進めると、斜陽を背にフラフラと走る子供が目に入った。……アケビだった。

「あっ! エースみっけ!」
「!! 危ねえ、コケる!!」

俺を見つけるとスピードを上げようとしたアケビは、足をもつれさせてこけた。急いで走ったが間に合わなくて、アケビは膝を擦りむく。それでも、俺が手を伸ばすとその手を取り、

「エース、捕まえた!」

と笑顔でそう言った。アケビの呼吸は不規則で、身体は汗まみれで、随分と長いこと走っていたことが分かる。

「アケビ、なんでこんなボロボロなんだよ?」
「ボロ、ボロ? ……あは、鬼ごっこ、だから……エース捕まえるまで……ずっと走ってなく、ちゃって……」

笑いながら話す彼女に、胸が締め付けられる。俺が一人で悩んで歩いてる間も、アケビは一途に俺を探して追いかけて、走り続けてくれたんだ。気付けば、地面に座り込んだままのアケビを抱きしめていた。

「エース……?」
「すまなかった。ちゃんと捕まってやれなくて……探してくれて、ありがとう」
「あはは、なんですかそれ……友達だもん、これくらい当然ですよ」

そう言ってくれることが、嬉しくて仕方がない。このまま、離したくねぇ。俺はここに来るまで格闘し続けた衝動に、白旗をあげることにした。

「アケビ。これから、一緒に海を見に行かねぇか?」


鬼ごっこというのは、予想以上にハードな遊びだった。走り始めたらエースとの距離は離れる一方で、気が付けば見失っていた。走ることに慣れてない私が鬼をするのは失敗だったかもしれない。やっとエースを見つけた時には、とっくに夕暮れになってしまっていた。

「一緒に海を見に行かねぇか?」
「行く! 行きたいです!」

気持ちではそう言ったものの、身体はもう海まで歩くことを嫌がっていた。でも、エースとお別れするのはもっと嫌だった。エースの肩を借りて、なんとか立ち上がり歩き出そうとしたら、

「アケビ、おぶってやる」

とエースは背中を向けた。

「え、大丈夫です! 歩けますよ」
「そんなフラフラでどの口が言ってんだ。ほら、さっさと来いよ」
「申し訳ないです……」
「友達にそんな遠慮はいらねぇんだ。分かったら来い!」

エースが笑顔でそう言うなら、そうなんだろう。私はドキドキしながら、エースの背中にしがみついた。ふわっと身体が持ち上がる。

「わっ」
「……本当に軽いな。ちゃんと食わねぇとダメだぞ」
「食べてますよ」

エースの顔が真横にある。エースの背中は広くて、暖かくて、ひどく安心した。揺られながら、なにか話そうと思っても、なかなか言葉が見つからない。なぜだろう、胸が高鳴るせいだろうか。

「エース、」
「なんだ」
「……あったかいです。ありがとう」
「……こちらこそ」
「??」

エースの返答に疑問が浮かんだが、だんだんと襲ってくる眠気のせいで尋ねることは出来なかった。本当に、エースの身体は暖かい。半日走り続けた身体は、限界を迎えていた。

「エース……私、眠い……」
「いいぞ、寝ちまっても」
「でも……」
「海までは、ここの一本道で出れるんだろ? 大丈夫、着いたら起こすからよ」
「すい、ません……」

エースが笑ったのを見た。エースの笑顔は不思議だ。見ていると、私は嬉しくて安心して、……エースが好きだと思える。だから、なにも心配せずにうとうとと私は眠ってしまった。揺れる背中が心地いい。私はエースとずっと一緒にいる夢を見た。エースと一緒に、見たこともない島を冒険する夢を見た。夢の中で、エースも私も笑っていた。
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