くずかご

ボーダー本部内、B級部隊の樋口隊作戦室。今日は非番である彼らだが、イレギュラー門の一件もあり、なるべく待機との指示が出ていた。樋口梢は、オペレートの師匠が勧めてくれたスマホゲームに勤しんでいる。特殊工作兵トラッパーの神辺敬太は、もはや趣味となったトリガー弄りをしていた。静かな室内へ、残りの一人が飛び込んでくる。

「ヘイ、シスター! 大変だっ!」

樋口悠は息を切らして、双子の姉である梢に叫ぶ。梢はスマホの画面から目を逸らさない。

「なによ、悠。どうせ大したことじゃないでしょ?」
「いいや、大問題だ。昨日、恭を助けてくれた隊員が分かった」
「オーケー、ブラザー。それは大事な問題だわ」

ゲームを強制終了し、梢は向き直った。

「それで、誰だったの?」
「報告書によれば、どうやら健龍さんと瞳っちらしい」
「健龍さんと瞳ちゃんね。二人の居場所は?」
「尾形隊は非番で分からねぇが、早乙女隊は今から任務だ」
「了解。敬太!」
「早乙女隊のとこまでのショートワープなんて、ないです」
「「なにっ!?」」
「いや、そんなあるのが当たり前でしょ!? みたいな反応されても、ないですよ」

むしろ、なんであると思ったんですか、と敬太は呆れた視線を二人に向けた。隊室には間を外してしまった、なんとも言えない空気が流れる。

「…………悠、ダッシュ!!」
「おう!!」

慌ただしく双子は飛び出していった。部屋に残された敬太は、トリガー弄りを再開する。

(……ここの改造が上手くいかないな。雷蔵さんか百子さんいるかな)

時計を見上げ、先輩の所在を予想しながら、敬太は腰を上げた。神辺敬太、元最年少のエンジニアである。そうして、樋口隊隊室はもぬけの殻になった。


さて、こちらはランク戦ブース付近の廊下。如月瞳は、そろそろ防衛任務となるため個人の鍛錬を打ち切り、作戦室に向かっていた。女子にしては高い身長、整った顔立ち、すらっと長い手足からは、洗練された爽やかな印象を受ける。当人は自身の美貌には、無頓着であるのだが。トリガーを器用に投げ、遊びながら廊下を闊歩していた。すると、

「瞳っちーー!!」
「瞳ちゃーーん!!」

背後から大声で名前を呼びながら、樋口姉弟が駆け寄ってきた。

「うわっなに?! なに?!」

瞳は驚き一歩後ずさる。お構いなく梢と悠は、涙ながらにすがりついた。

「昨日はありがとう……! なんてお礼を言ったらいいのか」
「ありがとう、ありがとう……!」
「えっと、昨日??」

事態を飲み込めない瞳に、二人は昨日助けてくれた一般人が弟であることを伝える。

「あっ、あー! 確かに言ってた、そんなこと」
「よかったぁ、瞳ちゃんがいてくれて……恭に何かあったらどうしようかと」
「そんな、偶然だから」
「お礼に何したらいい? なんでもするぜ!」

そう言って、悠が瞳の両手を握ったその時だった。

「セクハラ反対ーー!!」
「ごふっ!!」

突如現れた長髪の女の子が、悠に派手なローキックをかました。悠は壁に激突し、その場に撃沈する。

「美琴ちゃん! 今日も可愛いね!」
「分かるー? 今日はね、髪のアレンジ気合い入れてみたの!」

悠を放ったらかしに、梢は彼女を褒める。彼女は橘美琴。瞳と同じ、早乙女隊の一員である。

「ーーっ、美琴っち! 今の酷くない!?」
「だって、瞳につく悪い虫は退治しなきゃだもーん」

復活した悠が吠えるも、どこ吹く風で美琴は瞳の肩に寄り添う。瞳は美琴の頭を撫でる。

「私は別に、気にしないけど」
「ダメだよー! 瞳は可愛いし美人なんだから。もっと警戒しないと」
「そうそう。瞳ちゃんはちょっと無防備すぎるよね」
「え? 姉貴までそっち着くの? 俺、味方なし?」

そうやってごちゃごちゃと揉めていると、早乙女隊の作戦室方向から、怒鳴り声が。

「コラー!! 任務に遅刻する気ー!!?」
「やっべ、恵さんだ。じゃ、私ら行くね!」

美琴の手を引き、瞳は駆け足で廊下を過ぎ去る。双子も、恵の爽やかさに釣られて笑顔で見送った。

「……って。大したお礼出来なかったじゃない!」
「痛っ! 俺のせいじゃないだろ!?」

姉の理不尽な暴力に、泣き寝入りするしかないのが弟なのか。双子とはいえ、上下関係がハッキリしている姉弟だった。
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