くずかご

目の前の光景は、四年半前の焼き直しの様だった。だいぶ時間が経ったっていうのに、相変わらず僕は足がすくんで動けないままで、あの日と変わらないままだ。警報が鳴る中、頭上に現れた門ゲートから目を離さずに、まだ生きているあいつらと対峙した。動くトリオン兵なんて、真っ平御免なのに。隣にいた樹君が、僕より一歩前に踏み込んだと同時に、

「トリガー起動!!」

叫んで、狙撃銃を構えた。それと同時に、モールモッドの刃が振りかざされた。全てがスローモーションに見える。発砲音、刃が樹君の右肩を引き裂く、二度目の発砲がモールモッドのコアを捉えて、停止。ブシュウウと大量のトリオンが、樹君から漏れている。振り向いた樹君は薄ら笑いを浮かべて。

「……なんとか、無事かな?」
「ほんとに、なんとか……」

お礼を言うのも忘れて、僕は樹君の姿を見る。トリオンで換装した身体とはいえ、ばっくりと裂かれた半身は。思わず目を逸らした。樹君が笑いをこぼす。

「なに。怖いの? 達平クン、いつもランク戦観戦してなかったっけ」
「それとこれとは……ランク戦は画面越しだし。僕、初めて見たよ」

人間がトリオン兵を倒すところを。ボーダーに所属しているとはいえ、所詮「回収班」でしかない僕は、トリオン兵や模擬戦は見慣れても、実際の戦場に慣れることはないだろう。

「俺だって初めてだけどね。こんな至近距離でモールモッド狙撃したの。いやぁ、しかし。なんだろうね、こんな警戒区域から離れた所で門が開くなんてさ」
「大丈夫なのかな……?」
「さぁね。もしかしたら、また昔みたいのが来るのかもしれないねぇ」
「やめてよ……縁起でもない」

過去の侵攻を思い出し、身震いする。突かれた不安が膨らんで、胸を支配する。また、身近な誰かが、他ならぬ自分が、死ぬところを思い描いて俯いた。

「無いなんて、言い切れる? 敵だって考える頭くらい、あるんじゃないの?」

樹君の言葉は鋭い。というか、意地が悪い。怯える僕を追い詰めるのを、どこか楽しんでいるようだった。

「っと……時間切れかな。まぁ、今考えても仕方ないよ。とりあえず、目の前のことから逃げなきゃ」

パキパキと樹君がひび割れる。警報は再び鳴り出した。僕を守ってくれる奴は、もういない。

「ま、多分後ろの鬼がなんとかするでしょ。あーあ、このあと任務だったのになぁ」

鬼……? 疑問に答えを出すことなく、樹君は緊急脱出ベイルアウトして本部に飛んだ。僕の目前には、二体のモールモッドが立ち塞がっている。逃げなきゃ。背を向けて駆け出す僕の横を、小柄な女性が走り抜けた。

「トリガー、起動」

思わず僕が振り向くより先に、彼女はモールモッドを片付けていた。残骸に変わり果てたそれに、刀身を突き立て、鋭い瞳をこちらによこす。彼女の顔を見て、僕は口を開けた。

「恵さん……?」

そこにいるのは、確かにボーダー隊員だった。けれど、僕の知っている佐々木恵という女の子は、オペレーターであったはずなのだ。間違えるはずない、彼女は弟としのぎを削る、早乙女隊のオペレーター。何故、オペレーターの彼女が、弧月を持っているんだ……? 立ち尽くす僕を、キッと睨むと、恵さんは言い放った。

「アンタは……えっと確か、タツベイ!」
「いや、たっぺいだけど!?」

名前を読み間違えられた。滅多にないことだ。

「たっぺい、回収班でしょ!? 私がトリガー起動したことは、誰にも言うな!!」
「そうだ、それ! なんでオペの君が」
「質問は受け付けないから! 全部樹がやったことにして」

それは難しい事だった。僕の仕事はトリオン兵を回収して、分析して報告、解体することだが、報告には「誰が」「どのトリガーで」トドメを刺したのかも含まれる。樹君と恵さんのトリガーは違いすぎる。

「誤魔化せないよ、明らかにそれ、」
「いいから黙ってなさい」

もう一度、恵さんは僕を睨む。その殺気に、思わず

「鬼……」

と呟く僕がいた。そんな僕を無視して、恵さんは換装を解くと、さっさと街中に消えてしまう。呼び止める暇もなかった。

「はぁ……どうしよ」

三体のトリオン兵を前に、僕は僕の仕事を仕方なく始めた。そうだ、これくらいのことはしなければ。ボーダーの役に立たなくては。……四年半前死んだ母に、顔向けできない。
2/21ページ
スキ