short-2-
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
王子一彰という男は、私にとって王子様のような幼馴染みだ。趣味は優雅で、振る舞いは堂々としていて。面白いだとか、楽しいことに夢中になり、いつだって爽やかな笑みを浮かべている。人生常に上昇思考で、適度にお気楽で、自己肯定感の低い私には羨ましい限りだ。きっと、悩みごとなんてないんだろう。
「一彰はいいよね、悩みごとなさそうで」
チェスの相手の最中、ぽつりと溢した恨み言。駒に伸ばした一彰の指が止まる。そうして、手を組んでこちらを睨み付けるように顎を置いた。
「どうして、そう思うの?」
「どうしてって……いつも楽しそうだし、笑ってるし。そんなこと話したこともないじゃん」
「ふうん。君にはそう見えるんだ。心外だね」
その声があまりに冷たくて、私の胸は氷が刺したように冷えた。けれど、瞬いたらいつもの一彰に戻っていて、容易く私のキングを倒した。
「僕の勝ち。約束通り、ジュース奢ってよね」
「え、ああ。うん」
テーブルから離れ、自販機に向かう背中は、普段通り颯爽としている。置いていかれる前に、私も席を立った。本部の長い廊下を、一彰の後ろについて歩く。
「…………思われてるほど、単純じゃないさ」
独り言で呟かれた言葉が、耳に入る。表情は見えないし、見る勇気もない。なんだろう、この気持ち。ずっと絶対的に安定していたものが、ぐらついたような不安感。一彰の知らないところなんてない、そんな風に思っていたのに。よくよく考えれば、一彰は私に構ってくるだけで、ほとんど自分を語ることは少ないのに気がついた。常に上昇思考で適度にお気楽。それは、私が勝手に押し付けた一彰の姿なのだろうか。
「はい。じゃあいつもの奢って」
気がついたら、自販機の前に到着していた。いつも通り、私は一彰の好きな果汁の少ないオレンジジュースを買った。ガコン、と出てきたジュースを、一彰は取り出して開ける。
「ごちそうさま。いつになったら勝てるんだろうね?」
「う、うるさい。一彰が強すぎなだけだし」
茶化されてむくれれば、はい、と渡される缶ジュース。一彰が口をつけたものである。
「残りは、あげるよ」
受け取ったジュースは、まだ冷たく冷えている。一口飲み込めば、気持ちがスッキリした。
「僕からすれば、君のが単純で羨ましいけどね」
トゲのある言い方に、言い返そうと顔をあげたら驚いた。一彰が切なそうに私を見つめていたから。
「なに、それ」
それしか言葉が浮かばなかった。悔しいけれど、不器用な私にはそれしか。一彰は困ったように笑う。それに私は泣きそうになる。
「君が思ってるほど、僕は優しくない」
「優しいなんて思ったことないけど」
「酷いな。こんなに想っているのに」
一彰の顔から笑顔が消える。その表情は冷えきった刃に似ていた。その刃が、私の息の根を止めるように感じて、ヒュッと息が詰まる。ゆっくりと、一彰の腕が私の逃げ場を奪い、壁に追い詰める。
「王子様を演じるので精一杯だって言ったら、君怒るかい?」
目を見開いて一彰を見る。呼応するように一彰は目を閉じた。そっと一彰の手が私の頬に触れる。びくっと肩を揺らした。
「君が好きだよ、憎らしいほどにね。どうして、気づいてくれないかな」
「そんな、こと。一言も」
「言ってないよ。壊してしまいそうで怖かったから。でも、態度には出してたつもり。分からない?」
一彰が指を指したのは、私が飲み干したジュースの缶。
「そのジュース、好きなのは僕じゃなくて君だよね?」
思わず缶を落とした。わけが分からない。けれど確かに、このジュースを好きなのは私だ。私だったのだ。
「ふふ、美味しかった? いつだって君が楽しめるように振る舞ってきたつもりだよ。時に傍若無人になってもね」
上昇思考でお気楽。そんな、まさか。その姿は、私が王子一彰に望んでいた姿だったのだろうか。
「頼んでない、望んでないよ……!」
「……覚えてないんだ。本当に酷いなあ」
一彰の手のひらが、私の視界を奪う。そうして、唇は奪われた。今までの言葉とは裏腹に、それは優しすぎて。私は涙を流したのだった。
「かずあきくんのみょうじ、おうじっていうんだね」
幼い頃の記憶。忘れられない、君との初めての会話。
「かずあきくんはおうじさまなの?」
「わからないよ」
「そうなんだ! でも、きっとおうじさまだね!」
弾けるような笑顔に撃たれて、僕は君の王子様になることに決めたんだ。それなのに。想いが届いてないと知ったら、この苦悩が伝わってないと分かったら、糸が切れてしまったんだ。ごめんね、最後まで演じきれなくて。でも、もう演じる必要もないよね。君のために作った仮面は、音をたてて崩れ去った。仮面の下の僕まで、愛してくれるかな?
「お姫様との恋は、ハッピーエンドで終わらせなきゃね」
そう、どんな姿であろうとも、僕は王子で君はお姫様だ。終わりの時まで、離すつもりはない。僕の手袋に、涙の滴が染みを作った。
「一彰はいいよね、悩みごとなさそうで」
チェスの相手の最中、ぽつりと溢した恨み言。駒に伸ばした一彰の指が止まる。そうして、手を組んでこちらを睨み付けるように顎を置いた。
「どうして、そう思うの?」
「どうしてって……いつも楽しそうだし、笑ってるし。そんなこと話したこともないじゃん」
「ふうん。君にはそう見えるんだ。心外だね」
その声があまりに冷たくて、私の胸は氷が刺したように冷えた。けれど、瞬いたらいつもの一彰に戻っていて、容易く私のキングを倒した。
「僕の勝ち。約束通り、ジュース奢ってよね」
「え、ああ。うん」
テーブルから離れ、自販機に向かう背中は、普段通り颯爽としている。置いていかれる前に、私も席を立った。本部の長い廊下を、一彰の後ろについて歩く。
「…………思われてるほど、単純じゃないさ」
独り言で呟かれた言葉が、耳に入る。表情は見えないし、見る勇気もない。なんだろう、この気持ち。ずっと絶対的に安定していたものが、ぐらついたような不安感。一彰の知らないところなんてない、そんな風に思っていたのに。よくよく考えれば、一彰は私に構ってくるだけで、ほとんど自分を語ることは少ないのに気がついた。常に上昇思考で適度にお気楽。それは、私が勝手に押し付けた一彰の姿なのだろうか。
「はい。じゃあいつもの奢って」
気がついたら、自販機の前に到着していた。いつも通り、私は一彰の好きな果汁の少ないオレンジジュースを買った。ガコン、と出てきたジュースを、一彰は取り出して開ける。
「ごちそうさま。いつになったら勝てるんだろうね?」
「う、うるさい。一彰が強すぎなだけだし」
茶化されてむくれれば、はい、と渡される缶ジュース。一彰が口をつけたものである。
「残りは、あげるよ」
受け取ったジュースは、まだ冷たく冷えている。一口飲み込めば、気持ちがスッキリした。
「僕からすれば、君のが単純で羨ましいけどね」
トゲのある言い方に、言い返そうと顔をあげたら驚いた。一彰が切なそうに私を見つめていたから。
「なに、それ」
それしか言葉が浮かばなかった。悔しいけれど、不器用な私にはそれしか。一彰は困ったように笑う。それに私は泣きそうになる。
「君が思ってるほど、僕は優しくない」
「優しいなんて思ったことないけど」
「酷いな。こんなに想っているのに」
一彰の顔から笑顔が消える。その表情は冷えきった刃に似ていた。その刃が、私の息の根を止めるように感じて、ヒュッと息が詰まる。ゆっくりと、一彰の腕が私の逃げ場を奪い、壁に追い詰める。
「王子様を演じるので精一杯だって言ったら、君怒るかい?」
目を見開いて一彰を見る。呼応するように一彰は目を閉じた。そっと一彰の手が私の頬に触れる。びくっと肩を揺らした。
「君が好きだよ、憎らしいほどにね。どうして、気づいてくれないかな」
「そんな、こと。一言も」
「言ってないよ。壊してしまいそうで怖かったから。でも、態度には出してたつもり。分からない?」
一彰が指を指したのは、私が飲み干したジュースの缶。
「そのジュース、好きなのは僕じゃなくて君だよね?」
思わず缶を落とした。わけが分からない。けれど確かに、このジュースを好きなのは私だ。私だったのだ。
「ふふ、美味しかった? いつだって君が楽しめるように振る舞ってきたつもりだよ。時に傍若無人になってもね」
上昇思考でお気楽。そんな、まさか。その姿は、私が王子一彰に望んでいた姿だったのだろうか。
「頼んでない、望んでないよ……!」
「……覚えてないんだ。本当に酷いなあ」
一彰の手のひらが、私の視界を奪う。そうして、唇は奪われた。今までの言葉とは裏腹に、それは優しすぎて。私は涙を流したのだった。
「かずあきくんのみょうじ、おうじっていうんだね」
幼い頃の記憶。忘れられない、君との初めての会話。
「かずあきくんはおうじさまなの?」
「わからないよ」
「そうなんだ! でも、きっとおうじさまだね!」
弾けるような笑顔に撃たれて、僕は君の王子様になることに決めたんだ。それなのに。想いが届いてないと知ったら、この苦悩が伝わってないと分かったら、糸が切れてしまったんだ。ごめんね、最後まで演じきれなくて。でも、もう演じる必要もないよね。君のために作った仮面は、音をたてて崩れ去った。仮面の下の僕まで、愛してくれるかな?
「お姫様との恋は、ハッピーエンドで終わらせなきゃね」
そう、どんな姿であろうとも、僕は王子で君はお姫様だ。終わりの時まで、離すつもりはない。僕の手袋に、涙の滴が染みを作った。