叩き台
時刻は22時を少し過ぎたところ。本日最後になる萬屋ヤマダの職務を終えた。俺はラノベの新刊を買うため、ジュンク堂書店に向かっていた。駅に向かう人波を避けながら、数分で目的地に着く。こんな時間になってしまったので、売り切れちゃいねえかなんて心配したが、ちゃんと予約しただろと自分にツッコむ。ラノベ売り場を一度通り抜け、レジでタイトルと名前を告げれば、目的の品が手に入った。原作者の名前を見て、自分でも頬の緩みを自覚する。この人の名前、やっぱ好きだな。ラノベ売り場に戻り、今手にしているラノベの売れ行きを確認した。
「う、売り切れ……!!」
流石、あの人の書いた本だ。きっと、アニメ化する日も近いな。オタクとして心が満たされる状況に満足して、帰ろうと踵を返したら人とぶつかってしまった。
「おっと、わりぃ」
「いや、私も前見てなくて」
声に聞き覚えがある。まさかと思い視線を下げると、なんと原作者のーー俺の先輩の、佳寿生さんと視線がぶつかった。
「一郎じゃん。久しぶり」
「っす!佳寿生さん、新刊発売おめでとうございます! 」
「あはは、仕事だからね。〆切、今回もやばかった」
ニッと笑う顔は俺と不良をしていた時と変わらない。トクン、と心臓が波打つ感覚は未だに慣れない。
「あれ……新刊売り切れてる? もしかして一郎、ラスイチ買ってくれた?」
「いや、俺は予約してたんで。俺が来たときにはとっくに売り切れてましたよ」
「えー……マジかーなんか恥ずかしいな」
佳寿生さんは照れると鼻を指で触る。この人を毎日、目で追っていた日々を思い出して俺も照れ臭くなる。
「時間とか大丈夫? よかったらこんな時間だけどお茶しない?」
「あ、えーと。どうすっかな……」
弟たちの顔が頭をよぎる。飯はもう食ってると思うが、帰りを待っているかもしれない。今から帰る、とメールも送ってしまった。でも。
「やっぱ、一郎は弟いるし忙しいよね。また今度に」
「いや、行くっす。行きましょう」
この人にちょっと寂しそうな顔されたら、俺は断ることなんて出来ねえ。気づいたら、行くと返事をしていた。
「いいの?」
「ああ。あいつらももう、ガキじゃねえんで!」
佳寿生さんとふたりきりで、夜の街なんて。こんな機会逃すほど、俺はいいこちゃんじゃねえ。いや、その。なんもしねえけどさ。
「どこ行く? 言い出しっぺだけど私、池袋そんな知らない」
「あ、オシャレなとこは俺も知らねえっすけど……無難にスタバどうです?」
「お、いいねー。今なんのフラペチーノかな」
嬉しそうな顔を見れて、ほっとする。昔から先輩は、甘いもの好きだった。よくコンビニでアイスを買ってくれて、いいって言ってんのに毎回奢ってくれた。年頃の男女なことを気にかけずに、毎回シェアを頼まれて。何回もドキドキしたのを、よく覚えている。
「わ、一郎」
人混みに押されて、佳寿生さんが遠ざかる。咄嗟に、腕を捕まえた。細くて小さな身体が、俺のに触れる。
「ありがと」
「……いえ」
ここで、手を繋ぎませんかって言えたらなぁ。佳寿生さんは何事もなかったように俺の横を歩く。昔も今も、変わらない。だからこそ今でも好きだし、今でもなにも言えないままだ。
「佳寿生さん、最近はどうなんすか。その、体調とか」
「ん? 見た通り超元気だよ。わりと楽しくやってるし」
俺の眼差しに今度は気がつくと、佳寿生さんは苦笑した。
「もうあんな怪我、すっかり治ってるよ」
「……なら、いいっすけど」
佳寿生さんは2年前、理由は教えてくれねぇけど大怪我をした。寂雷さんのとこで、1週間は入院してた。その怪我が寒いときは痛むのを知ってるし、佳寿生さんがそれを俺に隠して言わないことも知ってる。……俺がどんな想いで、あの1週間見舞いに行ってたのか、今でも何故俺が心配してるのか、きっとこの人は知らない。
「佳寿生さん、なんかあったら俺のこと頼ってくださいね」
「んー…………」
気まずくなると生返事と視線を反らす。佳寿生さんの分かりやすさはかわいいけど、そのまま可愛く甘えてくれたらどんなにいいんだろう。
「佳寿生さん、俺」
「一郎は後輩だよ」
もう19だぞって、言おうとしたら遮られた。俺は自分でもビックリするくらいに頭にきて、でも彼女を怒鳴りつけるなんて絶対にしたくないから、ただただ両手拳を握りしめた。
「一郎はずっと、私の可愛い後輩だからさ。そのままでいてよ」
こっちに来ないでくれ、と遠回しに言われているようで、今度は泣きたくなった。
「せめて、カッコいいにしてくださいよ」
カッコくらい、つけさせてくれよ。
「…………スタバ、ついたよ」
くいっと服の裾を引っ張られて、心臓が悲鳴をあげる。感情が大渋滞して、話すことが出来ない。くそ。
「せっかく会えたんだしさ、楽しい話しよ? その方が私は嬉しい」
困った顔で笑われたら、そんな優しい目で見られたら。
「…………はい」
いつだって、そうとしか返事が出来なくなるんだ。
「う、売り切れ……!!」
流石、あの人の書いた本だ。きっと、アニメ化する日も近いな。オタクとして心が満たされる状況に満足して、帰ろうと踵を返したら人とぶつかってしまった。
「おっと、わりぃ」
「いや、私も前見てなくて」
声に聞き覚えがある。まさかと思い視線を下げると、なんと原作者のーー俺の先輩の、佳寿生さんと視線がぶつかった。
「一郎じゃん。久しぶり」
「っす!佳寿生さん、新刊発売おめでとうございます! 」
「あはは、仕事だからね。〆切、今回もやばかった」
ニッと笑う顔は俺と不良をしていた時と変わらない。トクン、と心臓が波打つ感覚は未だに慣れない。
「あれ……新刊売り切れてる? もしかして一郎、ラスイチ買ってくれた?」
「いや、俺は予約してたんで。俺が来たときにはとっくに売り切れてましたよ」
「えー……マジかーなんか恥ずかしいな」
佳寿生さんは照れると鼻を指で触る。この人を毎日、目で追っていた日々を思い出して俺も照れ臭くなる。
「時間とか大丈夫? よかったらこんな時間だけどお茶しない?」
「あ、えーと。どうすっかな……」
弟たちの顔が頭をよぎる。飯はもう食ってると思うが、帰りを待っているかもしれない。今から帰る、とメールも送ってしまった。でも。
「やっぱ、一郎は弟いるし忙しいよね。また今度に」
「いや、行くっす。行きましょう」
この人にちょっと寂しそうな顔されたら、俺は断ることなんて出来ねえ。気づいたら、行くと返事をしていた。
「いいの?」
「ああ。あいつらももう、ガキじゃねえんで!」
佳寿生さんとふたりきりで、夜の街なんて。こんな機会逃すほど、俺はいいこちゃんじゃねえ。いや、その。なんもしねえけどさ。
「どこ行く? 言い出しっぺだけど私、池袋そんな知らない」
「あ、オシャレなとこは俺も知らねえっすけど……無難にスタバどうです?」
「お、いいねー。今なんのフラペチーノかな」
嬉しそうな顔を見れて、ほっとする。昔から先輩は、甘いもの好きだった。よくコンビニでアイスを買ってくれて、いいって言ってんのに毎回奢ってくれた。年頃の男女なことを気にかけずに、毎回シェアを頼まれて。何回もドキドキしたのを、よく覚えている。
「わ、一郎」
人混みに押されて、佳寿生さんが遠ざかる。咄嗟に、腕を捕まえた。細くて小さな身体が、俺のに触れる。
「ありがと」
「……いえ」
ここで、手を繋ぎませんかって言えたらなぁ。佳寿生さんは何事もなかったように俺の横を歩く。昔も今も、変わらない。だからこそ今でも好きだし、今でもなにも言えないままだ。
「佳寿生さん、最近はどうなんすか。その、体調とか」
「ん? 見た通り超元気だよ。わりと楽しくやってるし」
俺の眼差しに今度は気がつくと、佳寿生さんは苦笑した。
「もうあんな怪我、すっかり治ってるよ」
「……なら、いいっすけど」
佳寿生さんは2年前、理由は教えてくれねぇけど大怪我をした。寂雷さんのとこで、1週間は入院してた。その怪我が寒いときは痛むのを知ってるし、佳寿生さんがそれを俺に隠して言わないことも知ってる。……俺がどんな想いで、あの1週間見舞いに行ってたのか、今でも何故俺が心配してるのか、きっとこの人は知らない。
「佳寿生さん、なんかあったら俺のこと頼ってくださいね」
「んー…………」
気まずくなると生返事と視線を反らす。佳寿生さんの分かりやすさはかわいいけど、そのまま可愛く甘えてくれたらどんなにいいんだろう。
「佳寿生さん、俺」
「一郎は後輩だよ」
もう19だぞって、言おうとしたら遮られた。俺は自分でもビックリするくらいに頭にきて、でも彼女を怒鳴りつけるなんて絶対にしたくないから、ただただ両手拳を握りしめた。
「一郎はずっと、私の可愛い後輩だからさ。そのままでいてよ」
こっちに来ないでくれ、と遠回しに言われているようで、今度は泣きたくなった。
「せめて、カッコいいにしてくださいよ」
カッコくらい、つけさせてくれよ。
「…………スタバ、ついたよ」
くいっと服の裾を引っ張られて、心臓が悲鳴をあげる。感情が大渋滞して、話すことが出来ない。くそ。
「せっかく会えたんだしさ、楽しい話しよ? その方が私は嬉しい」
困った顔で笑われたら、そんな優しい目で見られたら。
「…………はい」
いつだって、そうとしか返事が出来なくなるんだ。
