叩き台
お八つ時を少し過ぎた頃。学生が夏休みのため、池袋サンシャイン通りは人でごった返していた。山田三兄弟は久々に全員の休みが重なり、兄弟水入らずで街に繰り出していた。長男の一郎の後ろを、二郎と三郎が浮き足立ってついていく。今日はゲーセンか、それともアニメイトか。どこへ行くにしろ、一郎が行きたい場所であれば二人はどこでもよかったのだが。
「あ、佳寿生さん! お久しぶりっす!」
「ん? おー、一郎じゃん。久しぶりだね」
雑踏の中、特に目立つわけでもない女に長男が声をかけたことで、弟達は少しピリピリしだす。やけに兄と親しそうに話す女に、嫉妬心剥き出しで向き合った。
「一郎の後ろにいるの、自慢の弟さん? 殺気ヤバイな」
「そうなんだ! ホント可愛くて……殺気?」
一郎が振り向けば、何事もなかったように笑顔を見せる弟達。佳寿生はなるほど、と思いつつ固すぎる兄弟愛に若干冷や汗をかく。
「佳寿生さん一人か? 買い物?」
「そうそう、ちょっと本と文具を見にね……ただ来る日間違えたかなーって」
「確かに人すげーよな。……よかったら一緒に行こうか?」
「え? いいよいいよ、悪いよ」
「遠慮すんなって。久々にあんたの隣、歩かせてくれよ」
笑顔の一郎と裏腹に、佳寿生の顔は引きつった。怖い。後ろの弟達の殺気が尋常ではない。
「兄ちゃん、この人誰?」
「あれ、知らなかったか? 綺羅星佳寿生さん。兄ちゃんの学生時代の先輩で、なんと今は作家さんなんだぜ」
軽く肩を抱く一郎の手を、佳寿生はそれとなく外す。嫌いとかではなく、これ以上火種を増やして欲しくないのだ。現に、二郎の眼力に射殺されそうである。
「あ、あはは。どうも、佳寿生です。二郎くんと三郎くんでよかったかな」
「ええ、僕達の兄がお世話になってます」
「そうそう、俺達の兄が」
さて、どうやって仲良くなろうか。佳寿生にとって一郎は可愛い後輩であり、その弟達も可愛い存在である。なので、ここまで敵意を向けられると凹んでしまう。
「佳寿生さん、ハンズとジュンク堂、どっちから行くんだ?」
一郎が佳寿生に話しかける度に、弟達のヘイトゲージが上がっていく。それをひしひしと感じ、佳寿生は胃に穴が開きそうであった。
「佳寿生さん、なんか顔色悪くねぇか? 大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫だからあんまり近寄らないで欲しいな……」
「!?……悪りぃ」
やんわりとした拒否に、意味が分からず一郎は傷ついた。ああ、どうすればよいのだ! とりあえず弟達と話がしたい佳寿生は、一郎に頼みごとをすることにした。
「一郎、これあげるからアイス買ってきてくれない?」
「あっ佳寿生さん疲れました? どっか入ります?」
「いや、アイス食べたいなーって。弟くん達の分も買っていいからさ」
「マジっすか、あざっす! じゃあここでちょっと待っててください。二郎、三郎、佳寿生さんのこと頼むな」
一郎がコンビニへ走るのを見送り、佳寿生は二郎と三郎に向き直る。自分より背の高い男、しかも一人は現役の不良だが、佳寿生は物ともせずに睨みつけた。
「で、なんで君達はそんな不機嫌なの」
「一兄に手ェ出すなブスが」
「いやいや、声かけてきたの向こうなんだけど……」
「知るか、俺達と兄ちゃんの時間邪魔すんな」
「……要するに一郎が大好きなのね、あんた達は」
ひとつため息をこぼすと、佳寿生は提案を持ちかけた。
「じゃあ一郎の代わりに、二人のどっちか私に付き合ってよ」
「ではこちらの二郎をどうぞ」
「おい」
「交渉成立だね」
「おいこら、成立してねぇ」
「いいの? 二郎くんが遊んでくれない時間は一郎を誘うけど」
「は? ふざけんなというか、今だけの話じゃねぇのかよ」
「もちろん、末長いお付き合いをしたいので山田さん家とは」
「二郎をよろしくお願いします」
「おいだからふざけんな」
スムーズに次男坊が生け贄に差し出されたところで、一郎が戻ってきた。
「お待たせ。ちゃんと仲良くしてたか?」
「もちろんです一兄」
「二郎くんも三郎くんもいい子にしてたよ」
不機嫌な顔の二郎を、佳寿生が小突く。仲良しを演じろ、という無言の圧力に、二郎も負けて笑顔を作った。一郎がアイスを渡せば、その笑みも心からのものになる。
「ほい、佳寿生さんにはこれな」
「!! ……クッキークリーム」
「好きでしたよね? それ」
「うん、よく覚えてたねぇ」
「覚えてますよ、そりゃ」
アイスで浮かれたのも束の間、長兄の見たことのない表情に弟達は固まる。一度は治った嫉妬心がまたむくりと顔を出す。
「おい低脳」
「んだよガキ」
「あの女のこと、よく調べてよ」
「……言われなくても」
こうして、山田二郎は綺羅星佳寿生に近づくハメになる。
「あ、佳寿生さん! お久しぶりっす!」
「ん? おー、一郎じゃん。久しぶりだね」
雑踏の中、特に目立つわけでもない女に長男が声をかけたことで、弟達は少しピリピリしだす。やけに兄と親しそうに話す女に、嫉妬心剥き出しで向き合った。
「一郎の後ろにいるの、自慢の弟さん? 殺気ヤバイな」
「そうなんだ! ホント可愛くて……殺気?」
一郎が振り向けば、何事もなかったように笑顔を見せる弟達。佳寿生はなるほど、と思いつつ固すぎる兄弟愛に若干冷や汗をかく。
「佳寿生さん一人か? 買い物?」
「そうそう、ちょっと本と文具を見にね……ただ来る日間違えたかなーって」
「確かに人すげーよな。……よかったら一緒に行こうか?」
「え? いいよいいよ、悪いよ」
「遠慮すんなって。久々にあんたの隣、歩かせてくれよ」
笑顔の一郎と裏腹に、佳寿生の顔は引きつった。怖い。後ろの弟達の殺気が尋常ではない。
「兄ちゃん、この人誰?」
「あれ、知らなかったか? 綺羅星佳寿生さん。兄ちゃんの学生時代の先輩で、なんと今は作家さんなんだぜ」
軽く肩を抱く一郎の手を、佳寿生はそれとなく外す。嫌いとかではなく、これ以上火種を増やして欲しくないのだ。現に、二郎の眼力に射殺されそうである。
「あ、あはは。どうも、佳寿生です。二郎くんと三郎くんでよかったかな」
「ええ、僕達の兄がお世話になってます」
「そうそう、俺達の兄が」
さて、どうやって仲良くなろうか。佳寿生にとって一郎は可愛い後輩であり、その弟達も可愛い存在である。なので、ここまで敵意を向けられると凹んでしまう。
「佳寿生さん、ハンズとジュンク堂、どっちから行くんだ?」
一郎が佳寿生に話しかける度に、弟達のヘイトゲージが上がっていく。それをひしひしと感じ、佳寿生は胃に穴が開きそうであった。
「佳寿生さん、なんか顔色悪くねぇか? 大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫だからあんまり近寄らないで欲しいな……」
「!?……悪りぃ」
やんわりとした拒否に、意味が分からず一郎は傷ついた。ああ、どうすればよいのだ! とりあえず弟達と話がしたい佳寿生は、一郎に頼みごとをすることにした。
「一郎、これあげるからアイス買ってきてくれない?」
「あっ佳寿生さん疲れました? どっか入ります?」
「いや、アイス食べたいなーって。弟くん達の分も買っていいからさ」
「マジっすか、あざっす! じゃあここでちょっと待っててください。二郎、三郎、佳寿生さんのこと頼むな」
一郎がコンビニへ走るのを見送り、佳寿生は二郎と三郎に向き直る。自分より背の高い男、しかも一人は現役の不良だが、佳寿生は物ともせずに睨みつけた。
「で、なんで君達はそんな不機嫌なの」
「一兄に手ェ出すなブスが」
「いやいや、声かけてきたの向こうなんだけど……」
「知るか、俺達と兄ちゃんの時間邪魔すんな」
「……要するに一郎が大好きなのね、あんた達は」
ひとつため息をこぼすと、佳寿生は提案を持ちかけた。
「じゃあ一郎の代わりに、二人のどっちか私に付き合ってよ」
「ではこちらの二郎をどうぞ」
「おい」
「交渉成立だね」
「おいこら、成立してねぇ」
「いいの? 二郎くんが遊んでくれない時間は一郎を誘うけど」
「は? ふざけんなというか、今だけの話じゃねぇのかよ」
「もちろん、末長いお付き合いをしたいので山田さん家とは」
「二郎をよろしくお願いします」
「おいだからふざけんな」
スムーズに次男坊が生け贄に差し出されたところで、一郎が戻ってきた。
「お待たせ。ちゃんと仲良くしてたか?」
「もちろんです一兄」
「二郎くんも三郎くんもいい子にしてたよ」
不機嫌な顔の二郎を、佳寿生が小突く。仲良しを演じろ、という無言の圧力に、二郎も負けて笑顔を作った。一郎がアイスを渡せば、その笑みも心からのものになる。
「ほい、佳寿生さんにはこれな」
「!! ……クッキークリーム」
「好きでしたよね? それ」
「うん、よく覚えてたねぇ」
「覚えてますよ、そりゃ」
アイスで浮かれたのも束の間、長兄の見たことのない表情に弟達は固まる。一度は治った嫉妬心がまたむくりと顔を出す。
「おい低脳」
「んだよガキ」
「あの女のこと、よく調べてよ」
「……言われなくても」
こうして、山田二郎は綺羅星佳寿生に近づくハメになる。
