叩き台
「っべー……今日はイケると思ったのに」
自称ギャンブラー、有栖川帝統は大勝ちを目前に完全な素寒貧になった。文無しに用はないと賭場を追い出され、腹の虫を鳴かせながら夜の街を彷徨う。今は8月、野宿で凍え死ぬことはないだろうが、脱水症状で死ぬ確率は充分にある。暑さでバテてもきていたので、帝統は夢野幻太郎の家に足を運ぶ。一晩泊めてもらい、あわよくば夕飯にありつこうという魂胆だ。だが、夢野宅のインターフォンを鳴らして顔を見せたのは、帝統が見かけたことのない女だった。
「誰だおめぇ?」
「えっと、どちら様ですか?」
困ったように笑う女を、帝統はまじまじと見つめる。黒髪のボブに真っ黒な瞳、背丈は小さめで、Tシャツにジーンズのラフな格好。帝統からしてみると、とても幻太郎の好みとは思えなかった。
「……幻太郎さん、原稿で忙しいので。用なら私が聞きますが」
「泊めてほしいんだよ」
「あ、無理ですね。どなたか存じ上げませんが」
「待て待て、待ってくれ!」
それじゃ、と扉を閉めようとする女を引き止める。喚く帝統の唇に人差し指を当て、シッーっと女は注意する。帝統から距離を詰めたのだが、女の指が唇に触れたことで彼は顔を赤らめた。
「静かに。幻太郎さんの邪魔になる」
「お、おう……あんた、幻太郎の彼女か?」
「いいえ? まさか。そんなわけないでしょう」
女が呆れた顔で言うので、帝統はますます混乱する。
「じゃあなんで原稿中の幻太郎の家から出てくんだよ」
「同志、兼、今回はアドバイザーです。まぁそろそろ私も追い出されますが」
帝統が眉をしかめると、女は可笑しそうに笑った。そうして、少し思案すると、
「泊まりに来たんでしたっけ。ここで十五分程待っててもらえますか?」
「分かった」
玄関に帝統を置き去りにし、女は部屋の奥へ消えた。中はとても静かで、話し声などは聞こえない。帝統は居心地が悪く、足を踏みならし落ち着きなく視線を動かした。ほどなくして、帝統の両肩に手が触れる。
「うおっ!!??」
「だから静かにしてって」
女は運動靴を履きながら、行こうと帝統に目配せをした。誘われるがままに帝統は立ち上がり、夢野宅を後にする。外に出ると、んーっと伸びをして、女が振り向いた。
「で? 君誰だっけ?」
「あ、有栖川帝統だ。あんたは?」
「綺羅星佳寿生。21歳、好きに呼んで。……まさか歳上とかじゃないよね?」
「いや……20歳だけど」
「あーよかった。よろしく、帝統」
笑顔で手を差し出す佳寿生に、帝統は戸惑いながらその手を握った。ちっさ。帝統は先程触れた指と、この手が同一人物なことにどうも実感が湧かなかった。
「で? 帝統は今日泊まるとこを探してるの?」
「出来れば夕飯も食べてぇ」
「あはは。なにそれ? お金ないの?」
「あいにくスッカラカンでさ」
帝統が大げさに肩を落として見せると、佳寿生は腹を抱えて笑った。
「そっかそっか。じゃあご馳走してあげよう! 何が食べたい?」
「え? マジ? いいの?」
「うん、いいよ。好きなもの言って」
「神か? サンキュー!!」
目を輝かせて笑う帝統に、満足気に佳寿生は笑顔を返す。肩を並べて、会ったばかりの二人はお腹を満たすために歩き出した。
「ま、マジでいいの? 焼肉とか……」
「遠慮なく食べなよ。私もお肉食べたいし」
肉を食べたい、という帝統の要望に応え、佳寿生は焼肉屋に彼を連れてきた。久々の豪華な食事に胸は踊るのだが、初対面の、しかも女子にこんなもの奢らせてよいのだろうか……しかも食べ放題とかではない。帝統の遠慮をよそに、佳寿生はがんがん肉を焼き、がんがん米とともに肉に食らいつく。おおよそ、一般女子の食べるスピードと量ではない。
「ほれほれ、食べろー」
「いっいただきます!!」
なおも箸が進まない帝統の皿に、佳寿生は肉を放り込む。観念して、帝統は肉を口に運んだ。
「うっめーー!! え、なんだこれ!!」
「美味しいでしょ? もっと食べなー」
そこからは帝統も夢中でがっつき、気がつけばとんでもない数の皿を空けていた。
「さて、行こっか」
佳寿生が会計をしている後ろにそっと立ち、帝統は金額を確認した。明らかに一桁か二桁多い数字の羅列に、帝統は目眩がするくらいだった。
「美味しかったねー!」
「うん、ゴチソウサマデシタ」
「満足した?」
「勿論! 最高に美味かった!」
なら良かった、と笑う彼女の、スマホに着信が着た。ちょっと待ってね、と帝統に手振りをし電話に出る。
「もしもし、幻太郎さん?」
『佳寿生、どこにいるでおじゃるか〜?』
「えっと、外で夕飯食べてた。幻太郎さんにはおにぎり作ってったんだけど」
『食べました、礼を言っておきます。で、今どこにいるのかって聞いてるんですけど。時に、誰と?』
「うん? さっき家に来てた帝統って子といるけど」
『ふぅん、そうですかそうですかー。まさかとは思いますけど、泊める気なのかにゃ?』
「え、うん。だって幻太郎さんの家は無理でしょ?」
『佳寿生、カムバック。今すぐ。じゃないと酷いことします、嘘ですけど。そこの馬鹿は置いてきていいので戻ってきて』
「ええー……原稿大丈夫です? それに帝統可哀想」
『余計な心配はせんと。早く』
「んー……帝統連れて行っていい?」
『嗚呼、もう勝手にしやがれ! いいから早く帰ってくること!』
ブツッと切られた電話から、佳寿生は珍しく幻太郎が怒っていると察した。佳寿生が振り向くと、帝統が心配そうな眼差しを向けている。
「大丈夫か?」
「うん、へーきへーき。今日私の家に泊めようと思ってたんだけど、幻太郎さんが帰ってこいって言うから戻ろっか」
「!? おう、そうしようぜ……」
帝統は佳寿生が自分を泊めてくれるとは思っていなかったため、面を食らった。そして、幻太郎の逆鱗に触れたのではと身震いする。そんなことは意に介さず、佳寿生は元来た道を歩き始めた。帝統は後ろをついて歩く。しばらくすれば、元の場所に戻った。
「幻太郎さん、おつかれー」
「やあやあ、やっと帰ったのかいハニー」
「お待たせダーリン、進捗は?」
「ハニーがいないせいで手詰まりです。嘘ですけど」
「ごめんごめん。あ、お風呂借りるね!」
佳寿生があっという間に部屋の奥に消え、玄関には幻太郎と帝統が残される。目が笑っていない幻太郎に、帝統の背には冷や汗が流れた。
「えーっと、あの娘は夢野先生とどういったご関係で…………?」
「……ただの友人です。変なこと考えたら帝統でもぶっ飛ばしますよ」
「……好きなのか?」
「そりゃもう。小生と彼女は運命の糸で結ばれてますので。……まぁ嘘ですけど」
それ以上は語るまい、と幻太郎は部屋の奥へ消えた。帝統は頭を掻きながら、靴を脱ぎ部屋に上がる。
(なーんか面倒くさいことになってねーか?)
自称ギャンブラー、有栖川帝統は大勝ちを目前に完全な素寒貧になった。文無しに用はないと賭場を追い出され、腹の虫を鳴かせながら夜の街を彷徨う。今は8月、野宿で凍え死ぬことはないだろうが、脱水症状で死ぬ確率は充分にある。暑さでバテてもきていたので、帝統は夢野幻太郎の家に足を運ぶ。一晩泊めてもらい、あわよくば夕飯にありつこうという魂胆だ。だが、夢野宅のインターフォンを鳴らして顔を見せたのは、帝統が見かけたことのない女だった。
「誰だおめぇ?」
「えっと、どちら様ですか?」
困ったように笑う女を、帝統はまじまじと見つめる。黒髪のボブに真っ黒な瞳、背丈は小さめで、Tシャツにジーンズのラフな格好。帝統からしてみると、とても幻太郎の好みとは思えなかった。
「……幻太郎さん、原稿で忙しいので。用なら私が聞きますが」
「泊めてほしいんだよ」
「あ、無理ですね。どなたか存じ上げませんが」
「待て待て、待ってくれ!」
それじゃ、と扉を閉めようとする女を引き止める。喚く帝統の唇に人差し指を当て、シッーっと女は注意する。帝統から距離を詰めたのだが、女の指が唇に触れたことで彼は顔を赤らめた。
「静かに。幻太郎さんの邪魔になる」
「お、おう……あんた、幻太郎の彼女か?」
「いいえ? まさか。そんなわけないでしょう」
女が呆れた顔で言うので、帝統はますます混乱する。
「じゃあなんで原稿中の幻太郎の家から出てくんだよ」
「同志、兼、今回はアドバイザーです。まぁそろそろ私も追い出されますが」
帝統が眉をしかめると、女は可笑しそうに笑った。そうして、少し思案すると、
「泊まりに来たんでしたっけ。ここで十五分程待っててもらえますか?」
「分かった」
玄関に帝統を置き去りにし、女は部屋の奥へ消えた。中はとても静かで、話し声などは聞こえない。帝統は居心地が悪く、足を踏みならし落ち着きなく視線を動かした。ほどなくして、帝統の両肩に手が触れる。
「うおっ!!??」
「だから静かにしてって」
女は運動靴を履きながら、行こうと帝統に目配せをした。誘われるがままに帝統は立ち上がり、夢野宅を後にする。外に出ると、んーっと伸びをして、女が振り向いた。
「で? 君誰だっけ?」
「あ、有栖川帝統だ。あんたは?」
「綺羅星佳寿生。21歳、好きに呼んで。……まさか歳上とかじゃないよね?」
「いや……20歳だけど」
「あーよかった。よろしく、帝統」
笑顔で手を差し出す佳寿生に、帝統は戸惑いながらその手を握った。ちっさ。帝統は先程触れた指と、この手が同一人物なことにどうも実感が湧かなかった。
「で? 帝統は今日泊まるとこを探してるの?」
「出来れば夕飯も食べてぇ」
「あはは。なにそれ? お金ないの?」
「あいにくスッカラカンでさ」
帝統が大げさに肩を落として見せると、佳寿生は腹を抱えて笑った。
「そっかそっか。じゃあご馳走してあげよう! 何が食べたい?」
「え? マジ? いいの?」
「うん、いいよ。好きなもの言って」
「神か? サンキュー!!」
目を輝かせて笑う帝統に、満足気に佳寿生は笑顔を返す。肩を並べて、会ったばかりの二人はお腹を満たすために歩き出した。
「ま、マジでいいの? 焼肉とか……」
「遠慮なく食べなよ。私もお肉食べたいし」
肉を食べたい、という帝統の要望に応え、佳寿生は焼肉屋に彼を連れてきた。久々の豪華な食事に胸は踊るのだが、初対面の、しかも女子にこんなもの奢らせてよいのだろうか……しかも食べ放題とかではない。帝統の遠慮をよそに、佳寿生はがんがん肉を焼き、がんがん米とともに肉に食らいつく。おおよそ、一般女子の食べるスピードと量ではない。
「ほれほれ、食べろー」
「いっいただきます!!」
なおも箸が進まない帝統の皿に、佳寿生は肉を放り込む。観念して、帝統は肉を口に運んだ。
「うっめーー!! え、なんだこれ!!」
「美味しいでしょ? もっと食べなー」
そこからは帝統も夢中でがっつき、気がつけばとんでもない数の皿を空けていた。
「さて、行こっか」
佳寿生が会計をしている後ろにそっと立ち、帝統は金額を確認した。明らかに一桁か二桁多い数字の羅列に、帝統は目眩がするくらいだった。
「美味しかったねー!」
「うん、ゴチソウサマデシタ」
「満足した?」
「勿論! 最高に美味かった!」
なら良かった、と笑う彼女の、スマホに着信が着た。ちょっと待ってね、と帝統に手振りをし電話に出る。
「もしもし、幻太郎さん?」
『佳寿生、どこにいるでおじゃるか〜?』
「えっと、外で夕飯食べてた。幻太郎さんにはおにぎり作ってったんだけど」
『食べました、礼を言っておきます。で、今どこにいるのかって聞いてるんですけど。時に、誰と?』
「うん? さっき家に来てた帝統って子といるけど」
『ふぅん、そうですかそうですかー。まさかとは思いますけど、泊める気なのかにゃ?』
「え、うん。だって幻太郎さんの家は無理でしょ?」
『佳寿生、カムバック。今すぐ。じゃないと酷いことします、嘘ですけど。そこの馬鹿は置いてきていいので戻ってきて』
「ええー……原稿大丈夫です? それに帝統可哀想」
『余計な心配はせんと。早く』
「んー……帝統連れて行っていい?」
『嗚呼、もう勝手にしやがれ! いいから早く帰ってくること!』
ブツッと切られた電話から、佳寿生は珍しく幻太郎が怒っていると察した。佳寿生が振り向くと、帝統が心配そうな眼差しを向けている。
「大丈夫か?」
「うん、へーきへーき。今日私の家に泊めようと思ってたんだけど、幻太郎さんが帰ってこいって言うから戻ろっか」
「!? おう、そうしようぜ……」
帝統は佳寿生が自分を泊めてくれるとは思っていなかったため、面を食らった。そして、幻太郎の逆鱗に触れたのではと身震いする。そんなことは意に介さず、佳寿生は元来た道を歩き始めた。帝統は後ろをついて歩く。しばらくすれば、元の場所に戻った。
「幻太郎さん、おつかれー」
「やあやあ、やっと帰ったのかいハニー」
「お待たせダーリン、進捗は?」
「ハニーがいないせいで手詰まりです。嘘ですけど」
「ごめんごめん。あ、お風呂借りるね!」
佳寿生があっという間に部屋の奥に消え、玄関には幻太郎と帝統が残される。目が笑っていない幻太郎に、帝統の背には冷や汗が流れた。
「えーっと、あの娘は夢野先生とどういったご関係で…………?」
「……ただの友人です。変なこと考えたら帝統でもぶっ飛ばしますよ」
「……好きなのか?」
「そりゃもう。小生と彼女は運命の糸で結ばれてますので。……まぁ嘘ですけど」
それ以上は語るまい、と幻太郎は部屋の奥へ消えた。帝統は頭を掻きながら、靴を脱ぎ部屋に上がる。
(なーんか面倒くさいことになってねーか?)
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