名前なき綺羅星
狭い路地裏、ネズミが駆け回る薄汚れた場所。ビルの裏口に腰掛けた爺さんが訊ねる。
「どうした兄ちゃん、亀のレースで100万スったか?」
「…………えぇ、貸して欲しいくらいなんすよ」
これが組織内部に面会するための合言葉だった。亀のレースなど子供しか遊ばない。亀のレースで金を借りたいなんて奴はいないだろう。仲人を務める、白い髭を蓄えた無精な爺さんは、にぃと笑った。サングラスを下ろして、俺と目を合わせる。爺さんの目は端が白く濁っており、よく見えてはいないだろう。
「いーい、面構えだね。夜はステーキにするか?」
「解凍してあるよ」
爺さんは耳障りなくらいの大声で、ギャハギャハと笑った。ここで回答を誤ると、バラされて商材にされるらしい。血だの内臓だの、欲しがる職種など限られる。医師会は真っ黒なんだろうな。
「お前さん、運がいい。今日はボスがここに来てるし、機嫌もまずまずだ。上手くやりな」
「忠告、どうも」
爺さんが背にしていた扉を開ける。ずっと下まで、階段が続いている。足を踏み入れると、パリッと空気が変わる。カン、カンと自分の足音がよく響く。背に扉がギィと閉められる音。戻れない。恐怖が胃から迫り上げて喉がつかえる。
「待ってろ、ロジー」
病気の弟のために、血がいる。内臓も欲しい。ロジーは優しい子だ、真実を知ればこんな裏通りに行かないでくれと泣きつくだろう。だが、すまない。俺はロジーを生きながらせたい。そのためなら、なんだってやるさ。
「ようこそ。亀のレースは楽しめたかな?」
「ひっくり返っても戻りようがない」
最後の門番の問いかけ。亀はひっくり返ると自力で戻れないらしい。ここまで来たら、戻れないと。そういう忠告だ。背の高い門番は道を譲り、扉を開けた。
「突き当たりに行きなさい。他の部屋は覗いてはいけない」
「分かった」
ここは素直に受け取るべきだろう。赤い絨毯の敷かれた廊下を、歩いていく。途中の部屋には見向きもせず。照明は薄暗く、怪しい雰囲気を演出していた。突き当たりの扉は両開きになっており、荘厳な印象を受けた。深呼吸をして。扉に手をかけて、開いた。
「「おめでとうございまーす!!」」
パン、パン、とクラッカーが鳴る。俺は呆気に取られた。ホームパーティの会場のようで、照明はうって変わりとても明るい。
「やあやあやあ、よく来たね!なにが望みだい?」
「弟のために、血を、」
「そうかそうかそうか!ま、少し気楽にやろうや。話を聞かせてくれ?」
大柄で俺より少し年上に見える男。肩を組んできて、座らされた。バニーガールが飲み物を持ってくる。オレンジジュースみたい。俺は飲みながら、男にあれこれと話した。不思議なくらい、話が弾む。男は俺の話に涙した。ロジー、兄ちゃんはやったぞ。これで血も内臓も………………
眠りについた男を、俺は突き飛ばすように離れた。オレンジジュースには自白剤と睡眠薬が混ざってる。ボスでもなんでもない下っ端である俺に、なにもかも洗いざらい吐きやがって。その程度の危機感もない奴に、貴重な血も内臓もやれやしない。
「バラせ」
バニーガールが3人がかりで、担架に男を乗せて引っ込む。俺はタバコに火をつけた。人一人の命など、一本のタバコ程に儚い。あの男は、暖炉に突っ込んで燃えカスになった馬鹿だ。
「あーしんど」
高い声とハイテンションで、騙くらかすのは疲れんだよ。ボスが筋を通せって言うから仕方なくやってるけどな。パーティの後片付けをしながら、どうしようもない自分の人生を煙と共に吐き出した。どうせ、しがないタバコ。自嘲が漏れて、誰もいない部屋にかすかに響いた。
「どうした兄ちゃん、亀のレースで100万スったか?」
「…………えぇ、貸して欲しいくらいなんすよ」
これが組織内部に面会するための合言葉だった。亀のレースなど子供しか遊ばない。亀のレースで金を借りたいなんて奴はいないだろう。仲人を務める、白い髭を蓄えた無精な爺さんは、にぃと笑った。サングラスを下ろして、俺と目を合わせる。爺さんの目は端が白く濁っており、よく見えてはいないだろう。
「いーい、面構えだね。夜はステーキにするか?」
「解凍してあるよ」
爺さんは耳障りなくらいの大声で、ギャハギャハと笑った。ここで回答を誤ると、バラされて商材にされるらしい。血だの内臓だの、欲しがる職種など限られる。医師会は真っ黒なんだろうな。
「お前さん、運がいい。今日はボスがここに来てるし、機嫌もまずまずだ。上手くやりな」
「忠告、どうも」
爺さんが背にしていた扉を開ける。ずっと下まで、階段が続いている。足を踏み入れると、パリッと空気が変わる。カン、カンと自分の足音がよく響く。背に扉がギィと閉められる音。戻れない。恐怖が胃から迫り上げて喉がつかえる。
「待ってろ、ロジー」
病気の弟のために、血がいる。内臓も欲しい。ロジーは優しい子だ、真実を知ればこんな裏通りに行かないでくれと泣きつくだろう。だが、すまない。俺はロジーを生きながらせたい。そのためなら、なんだってやるさ。
「ようこそ。亀のレースは楽しめたかな?」
「ひっくり返っても戻りようがない」
最後の門番の問いかけ。亀はひっくり返ると自力で戻れないらしい。ここまで来たら、戻れないと。そういう忠告だ。背の高い門番は道を譲り、扉を開けた。
「突き当たりに行きなさい。他の部屋は覗いてはいけない」
「分かった」
ここは素直に受け取るべきだろう。赤い絨毯の敷かれた廊下を、歩いていく。途中の部屋には見向きもせず。照明は薄暗く、怪しい雰囲気を演出していた。突き当たりの扉は両開きになっており、荘厳な印象を受けた。深呼吸をして。扉に手をかけて、開いた。
「「おめでとうございまーす!!」」
パン、パン、とクラッカーが鳴る。俺は呆気に取られた。ホームパーティの会場のようで、照明はうって変わりとても明るい。
「やあやあやあ、よく来たね!なにが望みだい?」
「弟のために、血を、」
「そうかそうかそうか!ま、少し気楽にやろうや。話を聞かせてくれ?」
大柄で俺より少し年上に見える男。肩を組んできて、座らされた。バニーガールが飲み物を持ってくる。オレンジジュースみたい。俺は飲みながら、男にあれこれと話した。不思議なくらい、話が弾む。男は俺の話に涙した。ロジー、兄ちゃんはやったぞ。これで血も内臓も………………
眠りについた男を、俺は突き飛ばすように離れた。オレンジジュースには自白剤と睡眠薬が混ざってる。ボスでもなんでもない下っ端である俺に、なにもかも洗いざらい吐きやがって。その程度の危機感もない奴に、貴重な血も内臓もやれやしない。
「バラせ」
バニーガールが3人がかりで、担架に男を乗せて引っ込む。俺はタバコに火をつけた。人一人の命など、一本のタバコ程に儚い。あの男は、暖炉に突っ込んで燃えカスになった馬鹿だ。
「あーしんど」
高い声とハイテンションで、騙くらかすのは疲れんだよ。ボスが筋を通せって言うから仕方なくやってるけどな。パーティの後片付けをしながら、どうしようもない自分の人生を煙と共に吐き出した。どうせ、しがないタバコ。自嘲が漏れて、誰もいない部屋にかすかに響いた。
