名前なき綺羅星

図書館の閉ざされた扉には、大きく「休館日」と書いてある。そんなはずは、と携帯端末でサイトを確認すれば、今月は木曜全日休館であるらしい。いつもは第一と第三木曜だけだったから、何も意識していなかった。まいったな、と頭の後ろに手を置く。空を見上げれば、雲ひとつない晴天。行楽日和と言える。とりあえず、借りていた本は返却ボックスへ。本が吸い込まれて、ばたんと落下した音がする。本を読みながら書き物をしたかったのだが、当てが外れた。図書館で借りようと思っていたから手持ちの本は持ってきてないしなぁ。
(本屋にでも行くか)
借りられないなら、買えばいい。乱暴な結論だが、家に帰る労力を考えると買ってしまった方がいい。踵を返し、駅前の大きい本屋に赴く。平置きにしてある本だけでも、気になる本がいくつもある。帯の謳い文句、推薦文。表紙の鮮やかなこと。目に飛び込んでくる文字は、好奇心や探究心を刺激して仕方ない。財布を覗く。お札を全部使ってしまうわけにもいかない。なんて言ったって、計算外の出費だ。最小限の方がいいだろう。手には2冊の本。最低限とは、言えないが。
「お会計、2860円になります」
結局、どちらも諦め難くて買ってしまう。紙のカバーをかけてもらって。カフェは行きつけの店でいいか。テラス席が空いていたら、風も強くないし暖かいのでそこに座ろう。行楽日和だ。行楽日和だからと言って、遠くまでなにかを探しに行かなきゃいけないわけでもないだろう。本を読めば、どこへだって行けるのだし。
「ホットのコーヒー、レギュラーサイズ。あとアメリカンサンド」
図書館のに比べたら、贅沢なコーヒー。嵩んでいく出費。まぁ予定が狂ったのだから仕方がない。何事も予定通りにいかないものだ。仕事が上手くいかないのよりは、我慢も出来るし許せるだろう。早く本が読みたいと急く気持ちを抑えて、手早くサンドを食べてしまう。コーヒーを本に溢さないよう、注意深く置き場所を決めて。この角度なら、倒しても本にはかからないはず。真新しい本を開く。背表紙がまだ固くて、開くのに手応えがあるのが心地いい。これは図書館の本では得られない感動だ。このことだけでも、今朝あくびを噛み殺し、目を擦りながら布団を這い出た甲斐がある。雑音の細部が気にならなくなって、ぼやけて溶け込む。そのまま文字の海に没頭し、気に入ったことをノートに書いて、また読み耽る。あくびが出る頃には、もう辺りは暗くなり始めていた。
(…………帰るか)
本に栞を挟んで閉じる。ノートとペンを忘れずに鞄にしまい、席を立つ。今月の木曜は図書館が休み。それだけは覚えて帰宅する。悪くない日だった。
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