名前なき綺羅星

「ななーなななーにゃっにゃ♪」
「兄さん、それなんの歌なの?」
「町の東に、朝日が見られる広場があるだろ?たまにあそこで楽器の練習する人間がいるんだよ」
朝飯を食べて、トワイライトとナハトムジークは町へ探検に出かける。日差しも上々、程よく雲が出て、太陽を隠す。トワイライトは空に首を伸ばし、太陽の光が雲から漏れて天使のハシゴが現れたのを、目を細めて見つめる。ナハトムジークは足元に転がったどんぐりを、前足で弾いて坂を転げ落ちていくのを見ていた。
「あ!そうだ!ジーク、井戸って知ってるか?」
「いど?世界地図に線で書かれてるあれかい?うちの家だと、僕の目線の高さにポスターが貼られてるよ」
「いや、それは知らん。俺が言ってるのは、水汲みをする井戸だよ!あそこの水、すげぇ冷たくて美味しいんだ」
冷たくて美味しい水なら、家にもあるんだけどなぁ。ナハトムジークは前足で耳の後ろを掻いて、それでもトワイライトが自慢げにご機嫌で歩き始めたので、やれやれとついていく。井戸は教会の近く、木々が生い茂る森の手前に掘られていた。山の雪解け水が染み込んでいる場所から汲み上げられている。だから冷たいのだ。
「ほら、入り口覗くだけでひんやりするだろ!」
「でもこれ、人間じゃないと動かせないでしょ……」
兄はどうやって飲んだんだか。人間の汲み終わったあとに、せがんでもらったのか。トワイライトは町ではこれでも人気者だ。ご飯や水には困らない。行く先々でいろんな名前で呼ばれているが、ナハトムジークは飼い主が兄につけた「トワイライト」という名前が、1番兄に馴染んでいると思う。
「ほら、とりあえず覗き込んで見ろよ!静かに水が揺れる音が聞こえるぜ」
「えー……」
ナハトムジークは、兄に倣って井戸を覗き込んだ。ほんとだ、冷気に静かな水音。生き物も住んでるのか?どのくらい深いのだろうか。ナハトムジークは物臭ではあるが、やはりトワイライトの弟なのだ。少しだけ、頭を井戸に突っ込む。すると、足元が水で濡れているせいで滑り、身体が重たいからするん!っと井戸の底へダイブしてしまった。バッシャン、と井戸の中を音が反響する。トワイライトは慌てて声をかける。
「おーい!ジーク、大丈夫かー?」
「うーん、大丈夫じゃないかも。ここの水ほんとに冷たいねぇ」
「しばらく泳いでおくか?」
「いやいや。こんだけ冷たいと、凍えて死んでしまうよ。助けて、兄さん」
助けるったってなぁ。井戸は深くてトワイライトには引っ張り上げられないし、井戸に繋がる器を投げ込めることは出来ても、紐を引っ張るには力が足りない。トワイライトは仕方なく、教会を訪ねる。シスターでなく牧師が出てきたので、少し毛が逆立つ。牧師は厳格な人間で、あまり笑うことはなく、聖書も厳かに読み上げる。トワイライトは、この牧師が少し怖かった。
「な、なー……」
「ん?トワイライトか。どうした、日々の行いを懺悔室で謝りたくなったか?」
耳が痛い。トワイライトは頭を下げて、なおにゃあにゃあと鳴き、牧師のズボンに爪を立てて、頼むから行かないでくれとばかりにいっそう鳴く。牧師はため息を吐いた。
「助けて欲しいのかね。まったく、お前は困った猫だよ」
トワイライトは牧師を井戸の前まで連れてきて、井戸の底に向かって鳴いた。
「なー、なー!」
井戸の底から反響して、ナハトムジークの声が聞こえる。牧師は井戸の中を覗くと、やれやれと言った具合でバケツを井戸に放り込み、ナハトムジークに話しかけた。
「その中になんとか入りなさい。引っ張り上げる」
ナハトムジークはジタバタしながらなんとか収まると、そのまま地上まで引き上げられた。地面を踏み締めると、ぶるぶると身体を振って水を弾く。それから、くしゃみをした。牧師はまたため息を吐いた。
「教会で休んでいきなさい。毛布を貸してあげるから、体温を戻すんだ」
牧師の後ろを、兄弟は反省してますとでも言うみたいに、とぼとぼ頭を下げて歩く。ナハトムジークが毛布に包まってもぶるぶる震えていたので、トワイライトは身体をくっつけて、温めてやった。牧師は黙って近くの椅子に腰掛け、聖書を熱心に読んでいた。
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