名前なき綺羅星

「バーチャルリアリティに痛覚なんて持ち込むから、いけねー。リアルがバーチャルに飲み込まれるって、ちょっと考えたら分かんないかねぇ?」
男はサバイバルナイフを器用に投げ上げては掴む、手遊びをしていた。ネオンが飛び交うバーチャル空間、男と女は誰からも見られないようなバリアの中にいる。女は腕と足をバラバラにされている。飛ばされた手首がジジッと映像を乱す。データのくせに、女は大袈裟に呻いた。それを見て、男は笑みを深くする。
「死刑、執行しとく?」
女はリアリティを持って泣く。その涙に温度などないのに。女は多くを愛し、多く恨み、恨まれた。バーチャルリアリティに癒しを求めてやってきたが、性根は変わらず。
(バーチャルリアリティでも、痛みを知りたい)
熱を知りたい、誰かが触れるぬくもりを。そんな願いから、痛覚をメタバース空間に上書きした。自分だけの内緒にしようと女は思っていた。試しに指を針で刺してみる。チクッとした痛みと、血のように漏れ出す黒いモヤ。悦に浸っていたところ、あっさりとパトロールに見つかったのだ。腕を切られても足を切られても、気絶など出来ない。血の代わりに黒いモヤが出るが、すぐに空気に溶けて流れて。ひたすらに痛い。声も出ない、息すら出来ない。全て、このバーチャルリアリティには必要のないもの。
「ま、とりあえずアクセス権は剥奪ね。夢のない現実を生きてください。さいならー」
トレーナーカードを破壊され、女は現実に戻される。パトロールの男は大きく伸びをした。
「人間の考えることは、分かんねーな」
夢から覚めた女は、しばらく手足の感覚を失うだろう。医学的に、治せるかは男の知ったことではない。ただただ、プログラム通りに動いているだけだから。全くと言って感傷はない。
「さて、次の獲物」
男はバイクに跨ると、このバーチャルリアリティのネオンに溶け込んでいった。すべてが溶け込んで、現実を引き摺り込むようにぶら下がった。このリアリティへ。

多情多恨(国語)バーチャルリアリティ(カタカナ語)手足、処を異にする(故事成語)
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