還るべき場所への旅路
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海神に愛された子
帝国歴452年、5月18日。その日は一日、嫌な予感が拭えなかった。島の都はいい天気で、私の身体も言うことを聞いてくれていたが、あの人が未だに帰らないことが心配でならない。ルメリアナ大戦が開戦して早4ヶ月、アマデオ様が「黄金号」船長として帝国軍と海に出られてからというもの、彼からの便りは戦争の経過報告でしか読み取ることが出来ない。身体が弱く目も見えない私にとって、情報を正しく手に入れるのは注意しなければならないことで、私は日々、様々な噂に怯えていた。
(黄金号が海の都の新兵器によって焼け落ちたらしい)
(船長の安否は不明だが、目を傷つけられたとか)
(島の都の艦隊が動いていたが……)
大丈夫、大丈夫だと自分を言い聞かせる。アマデオ様は死んだりしない。彼は海神に愛されている。けっして、海の女王などに負けたりはしない。アマデオ様こそが、世界一の船乗りなのだから。私はただ、アマデオ様が帰ってきた時に「おかえりなさい」と言えるように、身体を治していればいいのだ。そうすれば、きっとアマデオ様はいつものように手を握ってくれて、また西央海に船旅に連れていってくれるはずだ。だって、そう約束したのだもの。
『心配すんな! いくら俺でも陸にお前を置いていったりしねえよ』
笑い声でそう言い、私の両手を顔に導いて表情を確認させてくれた。怖くて泣いてしまった私の、涙を指で掬ってくれた。だから私は、どんな噂が耳に入ろうと、黙ってアマデオ様の帰りを待つ。
「号外、号外ーー!!」
外がにわかに騒がしい。私は窓を開けて、号外の内容を聞き取ろうとした。
「元首ドナテッロ・ドーリアが帝国軍を裏切り、三国軍事同盟側に着いた! ボッカネグラ家は滅亡!」
最後の言葉が、酷く低く耳についた。平衡感覚を失うようにして、私は窓際に項垂れる。
「嘘。嘘よ…………」
号外は町中に配られていく。その紙面を確認することは叶わない。アマデオ様の声が、頭の中で繰り返し響く。
『今度お前が元気になったらよ、渡したいもんがあんだよ』
約束したこと、まだしていないことは山ほどある。アマデオ様は、私との約束を破らない。
「嘘だっ、そんな号外! 道化師のドーリア家の陰謀よ!」
私は泣きながら叫んだ。耳を傾ける人はいない。私の哀しみは雑踏に溶け、空は急に曇りだして雨を運んできていた。
窓から横殴りの雨が降りつける。今朝の陽気が嘘のようだ。私は気を失ってしまっていた。身体が冷えて、唇が震える。
「アマデオ様、どうか……」
私を一人にしないでください、そう願った時、私は私の弱さにヘドが出た。今はアマデオ様が大変なはずなのに。私は私のことばかり。いつだってそう。アマデオ様は強くて、優しくて、いつだって私の手を引いてくれた。いつだったか、私の身体が本当に思わしくなかった時、毎日のようにお土産を持ってきては、ずっと手を握って話しかけてくださった。私はそれが信じられなくて、なぜそのように振る舞うのですか、と訊ねた。アマデオ様には海神様がいる。私のような者に構って、陸に留まるなど、あってはならないことのはずだ。するとアマデオ様は、はぁ? と大きな声を上げたあと、ため息を吐いた。
「お前、本気で言ってんのかよ……信じらんねー」
「あの、私なにか失礼なこと」
「…………お前は目が見えないからな。ちゃんと伝えなかった俺も悪いか」
アマデオ様は大きく息を吸うと、私の頬に触れた。
「けど、本当に分からないか?」
「はい……」
「そうか……あーだからさ」
アマデオ様の顔が近づく気配がして、死んでしまうかと思うくらい胸が高鳴ったのを今でも覚えている。
「お前のことが好きだって以外、理由があると思うか?」
頬に落とされたキスは、とても熱を持っていた。それがパッと離れたと思うと、去り際にアマデオ様はこう言い残していった。
「お前としたいこと、いっぱいあんだよ。だから、早く身体治せよな」
アマデオ様のしたいたくさんのこと、私はどれだけ叶えてあげられただろうか。号外が出てから2週間、嵐は止むことなく海は荒れたままだ。私はあれから体調を崩し、一日ほぼ寝たきりの生活になっていた。……私は自分の身体を治せという言いつけすら、まともに守れない。
「海神……お怒りなのですね」
窓の向こうは、港に繋がっている。私は海神に語りかけながら涙をこぼした。枕が湿って重たくなっていく。
「アマデオ様は、逝ってしまわれたのですね……?」
頷くように、風が強くなった。アマデオ様は、もうここには帰ってこない。彼の船に乗って海を出る日はもう、やってこないのだ。私は声にもならずに泣き続けた。そうして、ひとしきり泣いたあと、重たい身体を引きずって厨房まで脚を動かした。重い、なんて重いのだろう。
「約束は私がひとつ、アマデオ様がひとつ。破ったから、お互い様ですよね」
言うことを聞かない身体に鞭を打ち、包丁を取り出した。それを胸にかざして息を整える。そうして、この世界とお別れを告げる。
「アマデオ様……私を見つけてくれるかな」
探してくれるかな、また手を握ってくれるかな。流れ出た血が冷たく酸化していくのを感じながら、最期の一秒まで貴方を想った。
帝国歴452年、5月18日。その日は一日、嫌な予感が拭えなかった。島の都はいい天気で、私の身体も言うことを聞いてくれていたが、あの人が未だに帰らないことが心配でならない。ルメリアナ大戦が開戦して早4ヶ月、アマデオ様が「黄金号」船長として帝国軍と海に出られてからというもの、彼からの便りは戦争の経過報告でしか読み取ることが出来ない。身体が弱く目も見えない私にとって、情報を正しく手に入れるのは注意しなければならないことで、私は日々、様々な噂に怯えていた。
(黄金号が海の都の新兵器によって焼け落ちたらしい)
(船長の安否は不明だが、目を傷つけられたとか)
(島の都の艦隊が動いていたが……)
大丈夫、大丈夫だと自分を言い聞かせる。アマデオ様は死んだりしない。彼は海神に愛されている。けっして、海の女王などに負けたりはしない。アマデオ様こそが、世界一の船乗りなのだから。私はただ、アマデオ様が帰ってきた時に「おかえりなさい」と言えるように、身体を治していればいいのだ。そうすれば、きっとアマデオ様はいつものように手を握ってくれて、また西央海に船旅に連れていってくれるはずだ。だって、そう約束したのだもの。
『心配すんな! いくら俺でも陸にお前を置いていったりしねえよ』
笑い声でそう言い、私の両手を顔に導いて表情を確認させてくれた。怖くて泣いてしまった私の、涙を指で掬ってくれた。だから私は、どんな噂が耳に入ろうと、黙ってアマデオ様の帰りを待つ。
「号外、号外ーー!!」
外がにわかに騒がしい。私は窓を開けて、号外の内容を聞き取ろうとした。
「元首ドナテッロ・ドーリアが帝国軍を裏切り、三国軍事同盟側に着いた! ボッカネグラ家は滅亡!」
最後の言葉が、酷く低く耳についた。平衡感覚を失うようにして、私は窓際に項垂れる。
「嘘。嘘よ…………」
号外は町中に配られていく。その紙面を確認することは叶わない。アマデオ様の声が、頭の中で繰り返し響く。
『今度お前が元気になったらよ、渡したいもんがあんだよ』
約束したこと、まだしていないことは山ほどある。アマデオ様は、私との約束を破らない。
「嘘だっ、そんな号外! 道化師のドーリア家の陰謀よ!」
私は泣きながら叫んだ。耳を傾ける人はいない。私の哀しみは雑踏に溶け、空は急に曇りだして雨を運んできていた。
窓から横殴りの雨が降りつける。今朝の陽気が嘘のようだ。私は気を失ってしまっていた。身体が冷えて、唇が震える。
「アマデオ様、どうか……」
私を一人にしないでください、そう願った時、私は私の弱さにヘドが出た。今はアマデオ様が大変なはずなのに。私は私のことばかり。いつだってそう。アマデオ様は強くて、優しくて、いつだって私の手を引いてくれた。いつだったか、私の身体が本当に思わしくなかった時、毎日のようにお土産を持ってきては、ずっと手を握って話しかけてくださった。私はそれが信じられなくて、なぜそのように振る舞うのですか、と訊ねた。アマデオ様には海神様がいる。私のような者に構って、陸に留まるなど、あってはならないことのはずだ。するとアマデオ様は、はぁ? と大きな声を上げたあと、ため息を吐いた。
「お前、本気で言ってんのかよ……信じらんねー」
「あの、私なにか失礼なこと」
「…………お前は目が見えないからな。ちゃんと伝えなかった俺も悪いか」
アマデオ様は大きく息を吸うと、私の頬に触れた。
「けど、本当に分からないか?」
「はい……」
「そうか……あーだからさ」
アマデオ様の顔が近づく気配がして、死んでしまうかと思うくらい胸が高鳴ったのを今でも覚えている。
「お前のことが好きだって以外、理由があると思うか?」
頬に落とされたキスは、とても熱を持っていた。それがパッと離れたと思うと、去り際にアマデオ様はこう言い残していった。
「お前としたいこと、いっぱいあんだよ。だから、早く身体治せよな」
アマデオ様のしたいたくさんのこと、私はどれだけ叶えてあげられただろうか。号外が出てから2週間、嵐は止むことなく海は荒れたままだ。私はあれから体調を崩し、一日ほぼ寝たきりの生活になっていた。……私は自分の身体を治せという言いつけすら、まともに守れない。
「海神……お怒りなのですね」
窓の向こうは、港に繋がっている。私は海神に語りかけながら涙をこぼした。枕が湿って重たくなっていく。
「アマデオ様は、逝ってしまわれたのですね……?」
頷くように、風が強くなった。アマデオ様は、もうここには帰ってこない。彼の船に乗って海を出る日はもう、やってこないのだ。私は声にもならずに泣き続けた。そうして、ひとしきり泣いたあと、重たい身体を引きずって厨房まで脚を動かした。重い、なんて重いのだろう。
「約束は私がひとつ、アマデオ様がひとつ。破ったから、お互い様ですよね」
言うことを聞かない身体に鞭を打ち、包丁を取り出した。それを胸にかざして息を整える。そうして、この世界とお別れを告げる。
「アマデオ様……私を見つけてくれるかな」
探してくれるかな、また手を握ってくれるかな。流れ出た血が冷たく酸化していくのを感じながら、最期の一秒まで貴方を想った。
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