三角錐で見る夢
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トルキエ暦75年、白砂糖月シェケル12日……白砂糖祭シェケル・バイラムまで日が迫ったこの日、商人たちはいつもより忙しく商いをしている。ブチャク将国のジン商会は、海の街道デニズ・カラヨルを通りトルキエ将国に入っていた。ブチャク将国第45将子クルク・ベシュ・ベイオウル武器商のスィラーフイスマイルは、祭りでよく売れる宝飾品を中心に買い付けを行なっていた。
「リジュ」
「はい!」
イスマイルに元気よく返事をして駆け寄る少女。体躯はかなり小さく、2つにお団子結びにした髪型が印象的だ。イスマイルは木箱を指差すと、少女ーーリジュに命じた。
「これ、向こうに運んでおけ。ガラスだから割るなよ」
「ガ、ガラス……」
ガラス、と木箱の中身を明かされ、リジュは顔をこわばらせる。カチコチ、といった具合にそっーとジン商会の天幕チャドルに木箱を持っていった。その様子をガラス細工の卸人は微笑ましく眺め、イスマイルに声かける。
「ずいぶんと可愛らしい召使いを雇うのですね」
「まぁ可愛いだけが取り柄みたいな奴ですけどね。癒されるでしょう? 金の計算ばかりしてると心が荒みますから……」
適当な営業トークを続けていると。
「おい、そいつ捕まえてくれ! 盗っ人だぁ!」
突然のことに商店街は騒然となる。盗っ人はイスマイルの横を走り抜け、天幕チャドルの方へ駆ける。そうして、丁度荷物を運び終えたリジュと鉢合わせた。
「待てー! 帽子返してくれ!」
後方から聞こえる叫びと、目の前の男の持ち物を視認したリジュは咄嗟に状況を理解すると。
素早い飛び蹴りの一発で、盗っ人の男をのしてしまった。周囲は一瞬のことで呆気に取られる。そのあと、歓声が湧き上がる。
「…………可愛いだけが取り柄?」
ガラス細工の卸人は、目を丸くしながらイスマイルを見る。
「いや、はは……少々お転婆なところがキズでして……」
イスマイルは苦笑いを浮かべ、取り繕うのだった。
そう、リジュはお転婆が過ぎる。まぁさっき言ったみたいに可愛いだけで置いてるわけでは勿論ないのだが……買った当初は、こんな筈ではなかったんだ。それは確かだ。
「イスマイル様、盗っ人を捕まえました!」
「あーあーご苦労。あんま面倒事に首を突っ込みすぎるなよ」
「はい!」
リジュは目が痛むくらいの笑顔で俺を見上げる。別に褒めてるわけでもないのに、こいつは俺の言うことにはなんだって嬉しそうにする。
「イスマイル様、他になにかご用命はありませんか?」
「…………じゃあ、ここの反対側の店から仕入れをしてきてくれ。リストはここにある」
リジュは口をあんぐり空けて驚いた顔をする。当然だ、俺は今までリジュに商会の利益に絡むことを任せたことはない。
「出来るな? 書いてある通りに買ってくればいい」
「はい、分かりました……?」
リジュは俺から金貨を受け取ると、少ししょぼくれた様子で買い出しに行った。
(さて…………)
実は今日は、リジュの誕生日だ。それはあいつの兄に聞いた。聞いた時から、俺は頭の片隅でなにかしてやりたい、と考え始めていた。なんで主人たる俺が。そんな思考がよぎってはより返してくるが、なにかしてやりたいという思いは掻き消えない。仕方ないから、なにか贈り物でもしようと思ったから、いつも頼まない買い物を頼んで遠ざけた。戻ってくるまでに、なにか品を定めなければ。
(リジュが欲しいもん……)
まず目に入ったのはトルキエ宝飾トルキエリだ。首飾りや腕輪、耳飾り……どれもリジュは身につけないし、そんなもの俺が恥ずかしくて贈れない。リジュが好きなものといえば武器なのだが、そもそも俺は彼女にそんなものに触れて欲しいわけじゃないから却下だ。少し場所を移動する。銀色の街アルギュロスからの貿易品を取り扱う店に入る。異国情緒溢れる品々の中で、ふっと目を惹きつけられる物があった。
(大秦チニリの木材を使った櫛か)
見定めていると、店の店主が声をかけてきた。
「いい品でしょう。とても長持ちしますよ!」
「へぇ。悪くない」
「ええ。東の小国では「死に別れるまで共にいたい」とプロポーズに使われるらしいですね。お兄さんにもいい人くらいいるでしょう?」
「えっ……は?」
「だって先程から女物の小物ばかりご覧になって……」
しまった。俺としたことが。ニコニコとする店主から顔を背ける。言い逃れる言葉が出てこない。
「あー……その。そこにある椿の整髪料。それください」
「えー? 櫛じゃなくていいの?」
「これで大丈夫です!」
押し切るようにして店を出て、天幕チャドルに早足で戻った。中に入れば、買い物を終えたリジュがボケーっと遠くを眺めている。俺を見つけた途端、花が咲いたみたいに笑う。胸の奥が、じんわりと焦げる思いがする。
「イスマイル様! おかえりなさい!」
「あぁ……ちゃんと買えたか?」
「はい、もちろんです!」
「そうか」
「……イスマイル様、その手の物は?」
なんでこんな時だけ聡いんだこいつは……そら、渡すなら今だろ俺。
「いや? なんでもないさ」
…………結局、渡さずに夜になってしまった。なにをしているのか、自分でも笑えてくる。リジュはもう限界、という具合であくびをしている。シャワーだけでもしてこい、と背中を叩いた。寝室で1人、彼女が戻るのを待つ。
(いっそ適当な女にでもやってしまおうか)
持っていても自分には必要のない物だ。今日、リジュに渡さなければ意味のない物。……渡さず知らぬ顔をすれば、なかったことに出来る。そうだ、そうしよう。そうすれば、弱みを見せずに済む。
「イスマイル様~……」
入浴を終えたリジュが戻ってきた。お団子にしていた髪は、真っ直ぐ下に降ろされている。
「……来い。そんなんじゃ風邪をひく」
「んーー……」
リジュは俺に背中を向けて座った。髪を布で丁寧に拭いてやる。……彼女の髪に触れるのは好きだ。艶があって、美しいと思う。やはり、他の女にやるのは惜しいか。こくり、こくりと座ったまま眠るリジュの背中に、一言告げた。
「リジュ、誕生日おめでとう」
「イスマイル様……?」
眠たい目を擦りながら、リジュが俺に振り向く。小さなその手に、そっと小瓶を握らせた。
「誕生日の贈り物だ。せいぜい大事に使え」
「……!! イスマイル様から、私に……??」
小瓶を割れそうなほど、ギュッと抱きしめて。彼女の身体全体から、嬉しいという感情が溢れているのが分かる。そんな高価な物でも大層な物でもないのに。こちらが恥ずかしくなって、目を逸らしてしまう。
「一生涯大事にします!!」
「いや、使えよ」
キラキラした目で小瓶を見つめるリジュに、目を細めてしまう自分を自覚する。するけれど、想いには蓋をして沈めてしまおう。進むのも戻るのも、怖くて出来ないから。……このまま無垢なリジュを、そのまま縛り付ける方法ばかり探してしまう。俺は自分が嫌いだ。
「リジュ」
「はい!」
イスマイルに元気よく返事をして駆け寄る少女。体躯はかなり小さく、2つにお団子結びにした髪型が印象的だ。イスマイルは木箱を指差すと、少女ーーリジュに命じた。
「これ、向こうに運んでおけ。ガラスだから割るなよ」
「ガ、ガラス……」
ガラス、と木箱の中身を明かされ、リジュは顔をこわばらせる。カチコチ、といった具合にそっーとジン商会の天幕チャドルに木箱を持っていった。その様子をガラス細工の卸人は微笑ましく眺め、イスマイルに声かける。
「ずいぶんと可愛らしい召使いを雇うのですね」
「まぁ可愛いだけが取り柄みたいな奴ですけどね。癒されるでしょう? 金の計算ばかりしてると心が荒みますから……」
適当な営業トークを続けていると。
「おい、そいつ捕まえてくれ! 盗っ人だぁ!」
突然のことに商店街は騒然となる。盗っ人はイスマイルの横を走り抜け、天幕チャドルの方へ駆ける。そうして、丁度荷物を運び終えたリジュと鉢合わせた。
「待てー! 帽子返してくれ!」
後方から聞こえる叫びと、目の前の男の持ち物を視認したリジュは咄嗟に状況を理解すると。
素早い飛び蹴りの一発で、盗っ人の男をのしてしまった。周囲は一瞬のことで呆気に取られる。そのあと、歓声が湧き上がる。
「…………可愛いだけが取り柄?」
ガラス細工の卸人は、目を丸くしながらイスマイルを見る。
「いや、はは……少々お転婆なところがキズでして……」
イスマイルは苦笑いを浮かべ、取り繕うのだった。
そう、リジュはお転婆が過ぎる。まぁさっき言ったみたいに可愛いだけで置いてるわけでは勿論ないのだが……買った当初は、こんな筈ではなかったんだ。それは確かだ。
「イスマイル様、盗っ人を捕まえました!」
「あーあーご苦労。あんま面倒事に首を突っ込みすぎるなよ」
「はい!」
リジュは目が痛むくらいの笑顔で俺を見上げる。別に褒めてるわけでもないのに、こいつは俺の言うことにはなんだって嬉しそうにする。
「イスマイル様、他になにかご用命はありませんか?」
「…………じゃあ、ここの反対側の店から仕入れをしてきてくれ。リストはここにある」
リジュは口をあんぐり空けて驚いた顔をする。当然だ、俺は今までリジュに商会の利益に絡むことを任せたことはない。
「出来るな? 書いてある通りに買ってくればいい」
「はい、分かりました……?」
リジュは俺から金貨を受け取ると、少ししょぼくれた様子で買い出しに行った。
(さて…………)
実は今日は、リジュの誕生日だ。それはあいつの兄に聞いた。聞いた時から、俺は頭の片隅でなにかしてやりたい、と考え始めていた。なんで主人たる俺が。そんな思考がよぎってはより返してくるが、なにかしてやりたいという思いは掻き消えない。仕方ないから、なにか贈り物でもしようと思ったから、いつも頼まない買い物を頼んで遠ざけた。戻ってくるまでに、なにか品を定めなければ。
(リジュが欲しいもん……)
まず目に入ったのはトルキエ宝飾トルキエリだ。首飾りや腕輪、耳飾り……どれもリジュは身につけないし、そんなもの俺が恥ずかしくて贈れない。リジュが好きなものといえば武器なのだが、そもそも俺は彼女にそんなものに触れて欲しいわけじゃないから却下だ。少し場所を移動する。銀色の街アルギュロスからの貿易品を取り扱う店に入る。異国情緒溢れる品々の中で、ふっと目を惹きつけられる物があった。
(大秦チニリの木材を使った櫛か)
見定めていると、店の店主が声をかけてきた。
「いい品でしょう。とても長持ちしますよ!」
「へぇ。悪くない」
「ええ。東の小国では「死に別れるまで共にいたい」とプロポーズに使われるらしいですね。お兄さんにもいい人くらいいるでしょう?」
「えっ……は?」
「だって先程から女物の小物ばかりご覧になって……」
しまった。俺としたことが。ニコニコとする店主から顔を背ける。言い逃れる言葉が出てこない。
「あー……その。そこにある椿の整髪料。それください」
「えー? 櫛じゃなくていいの?」
「これで大丈夫です!」
押し切るようにして店を出て、天幕チャドルに早足で戻った。中に入れば、買い物を終えたリジュがボケーっと遠くを眺めている。俺を見つけた途端、花が咲いたみたいに笑う。胸の奥が、じんわりと焦げる思いがする。
「イスマイル様! おかえりなさい!」
「あぁ……ちゃんと買えたか?」
「はい、もちろんです!」
「そうか」
「……イスマイル様、その手の物は?」
なんでこんな時だけ聡いんだこいつは……そら、渡すなら今だろ俺。
「いや? なんでもないさ」
…………結局、渡さずに夜になってしまった。なにをしているのか、自分でも笑えてくる。リジュはもう限界、という具合であくびをしている。シャワーだけでもしてこい、と背中を叩いた。寝室で1人、彼女が戻るのを待つ。
(いっそ適当な女にでもやってしまおうか)
持っていても自分には必要のない物だ。今日、リジュに渡さなければ意味のない物。……渡さず知らぬ顔をすれば、なかったことに出来る。そうだ、そうしよう。そうすれば、弱みを見せずに済む。
「イスマイル様~……」
入浴を終えたリジュが戻ってきた。お団子にしていた髪は、真っ直ぐ下に降ろされている。
「……来い。そんなんじゃ風邪をひく」
「んーー……」
リジュは俺に背中を向けて座った。髪を布で丁寧に拭いてやる。……彼女の髪に触れるのは好きだ。艶があって、美しいと思う。やはり、他の女にやるのは惜しいか。こくり、こくりと座ったまま眠るリジュの背中に、一言告げた。
「リジュ、誕生日おめでとう」
「イスマイル様……?」
眠たい目を擦りながら、リジュが俺に振り向く。小さなその手に、そっと小瓶を握らせた。
「誕生日の贈り物だ。せいぜい大事に使え」
「……!! イスマイル様から、私に……??」
小瓶を割れそうなほど、ギュッと抱きしめて。彼女の身体全体から、嬉しいという感情が溢れているのが分かる。そんな高価な物でも大層な物でもないのに。こちらが恥ずかしくなって、目を逸らしてしまう。
「一生涯大事にします!!」
「いや、使えよ」
キラキラした目で小瓶を見つめるリジュに、目を細めてしまう自分を自覚する。するけれど、想いには蓋をして沈めてしまおう。進むのも戻るのも、怖くて出来ないから。……このまま無垢なリジュを、そのまま縛り付ける方法ばかり探してしまう。俺は自分が嫌いだ。
