三題噺などの落書き、プロフィールなど

壁を目の前にして、曲がり角を選べる人生がいい。壁に沿って歩いていく。登った先に見える景色が、美しいとも限らない。
帰り道と反対方向の電車に乗って、なにをしているんだろうか。車窓の外、生活の灯火が流れていく。広告を頭に流し込むように読んで、自分の不合理な行動を忘れようとする。自分の家に帰るのと同じように、あいつの家の最寄駅で降りる。なにをしているんだろう。
(連絡だってなにひとつ入れてないのに)
今夜だって誰かと遊んでいるかもしれない。仕事が夜遅くになることもある。けれど、何気ない言葉で話しかけて、なにも知られずに断られてしまったら、孤独感が増すと思って。今だって、泣きそうなくらい独りだけれど。重い足取りで、大通り沿いを歩く。道を引き返すにも、前に進むのにも勇気が足りない。足が止まる。
「布田?」
聞きたかった声が耳に飛び込んできて、目を見開いた。見慣れたサンダルの持ち主の顔を見て、手を伸ばして引っ込める。今、なにをしようとしたのだろう。柴崎は俺の顔をしげしげ見つめたあと、困ったように笑って俺の肩を叩いた。
「どした?しんどいか?」
「うん」
「そっか。散歩でもするか?飯は?」
「散歩……」
俺が力のない声でそう伝えると、柴崎はそっか、とまた笑って。俺の隣に並ぶと、袖をくいっと引っ張って歩き出す。柴崎に連れられるようにして、ゆっくり歩く。柴崎は俺より歩くのが速いから、そのうち段々と先に行かれて。2歩半ほど離れると、振り向いて戻って来てくれる。呼吸も心拍数も、落ち着いていく。
「お、わんちゃん」
すれ違う散歩中の犬に、こんこんと手で狐を作って挨拶をしている。柴崎はポケットからタバコを取り出すと火をつけた。煙が燻って空へ登る。俺のとは銘柄が違うが、柴崎のタバコの香りは好きだ。犬と、タバコと、ドライブと、それから。柴崎が愛して好むものを、俺はいくつ知っているだろうか。誰よりもたくさん知っていたいけれど、知った気にはなりたくない。
「なんかこの花、今の時期に咲いてるのは珍しくね?」
「…………コスモスだね」
忘れ花が一輪、夜の風に揺れている。柴崎は花も好きだ。花の名前は覚えないけれど、どこでいつ頃咲く花なのか、よく知っている。柴崎は中腰になって、コスモスに鼻先を近づける。
「なんか、うっすらだけどいい香りする」
「そう」
「頑張って咲いてんなぁ」
柴崎は花に笑いかけると、歩くのを再開する。よく笑う奴だ。お腹が鳴る。柴崎が振り向いてまた笑う。
「飯にするか?」
「…………うん」
恥ずかしくなって、視線を外した。柴崎はもう一度俺の袖を引っ張って、商店街の方へ踵を返す。俺もそれに倣って歩く。車の走る音、人々の喧騒。みんな思い出したように耳に入ってくる。心のしんどさを、少し乗り越えた感じがする。
「なに食う?」
「柴崎の食べたいのでいいよ。ご馳走するから」
「マジ?じゃあ焼き鳥食いたい!」
焼き鳥も、柴崎が好きなもののひとつ。柴崎は意気揚々と焼き鳥屋の暖簾をくぐる。炭焼きの煙が、換気扇で吸い込みきれずに充満している。奥の2人席に座った。柴崎が嬉しそうにメニュー表を見ている。それになんでだか自分も嬉しくなって、自然と笑みを浮かべていた。
「ちょっと元気出た?」
「うん」
「なんかあったのか?」
「なんもないよ」
知って欲しいことは、なくなったよ。壁に向き合う気力も湧いてきた。登ったって壊したって、綺麗な景色があるわけでも、褒め称えられるわけでもないかもしれない。それでも、登った先に壊した先に、辿り着かなくてはならないから。そこにきっと、生まれてきた意味があると思うから。だから、曲がり角を選んでしまう日は、曲がり角の先で、捕まえてくれ。
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