布田くんはたまにめんどくさくて国領くんはクソ真面目、柴崎くんはちゃらんぽらん

3月1日。花曇りと言うにはまだ早いが、毎年いつも曇っている気がする。肌寒くて、厚手のカーディガンを羽織る。花屋で仏花を買う。花は祖母が好きだったから、思い出してしまうので遠ざけてしまう。今日は、思い出してあげなきゃいけない日だから、我慢する。

2010年3月1日。あの日、祖母を亡くした。

俺は祖母に育てられた。母は若くして俺を産み、滅多に俺に会いに来ることはなかった。幼い頃のうちは、それがなんでなのかを祖母に問い続けたが。祖母が苦しむのだと分かり、言うことはなくなった。
「稔は本当に可愛いね」
それが祖母の口癖で、いつも寝る前、出かける前に俺を抱きしめて、頭を撫でた。小学4年生にはとうに祖母の背なんて追い抜いたのに、それでも構わずに可愛いと言い続けた。恥ずかしいとは思ったが、跳ね除けたら祖母が可哀想だと思い、祖母の身体を支えるように柔く触れ、いつも応えていた。今となっては、強く抱きしめ返せばよかったと、後悔が残る。抱きしめていればよかったんだ、離れたら寂しくて途方に暮れたのだから。
「じゃあ、出かけてくるよ」
その日も、いつも通りだった。出かける前、祖母に声をかけて。祖母は可愛い可愛いと俺の頭を撫で、見送ってくれた。思い返せば、祖母が起きてくるのが少し遅かったかもしれない。もっとちゃんと、しっかり見ていれば。そんなことを思うが、どれだけ手を尽くしたところで悔やむだろう。悔やんだところで、人が去りゆくのは止められやしないのに。
3月1日。高校に上がる直前に、俺は祖母を亡くした。家に帰ってきた時には、嘘みたいに冷たくなっていた。脈がない人の身体に初めて触れて、ぞっとした。それから、人の温もりが恋しくて仕方なくなった。祖母の温かい手の平と胸が、どうしても忘れられなかった。
それからの母との生活は、酷いものだった。高校で野球部に入ったのは、母へのせめてもの抵抗だった。いろいろと金がかかるから。迷惑をかけたかった。それでまかり間違えて成功したら、褒めてくれやしないかって。淡い期待だった。俺のそんな気持ちはなにも感じ取れないくらい、母は心に余裕がなく、ヒステリックで、いつだって不幸を誰かのせいにした。物に当たり、俺に当たり散らした。幼い頃、あんなに会いたかった人は、2度と会いたくもない人になった。高校を卒業して家を出たあと、連絡も取ってない。

墓に花を供え、お線香を焚く。タバコと違って、華やかで上品な香りがする。煙が空に立ち消えて登る。仏様は香りを食べると言う。今この時、祖母と同じものを食べていると思えば、大きく吸い込んで味わいたいと思う。……線香の煙では、タバコほどの圧迫感は得られず、足りないと感じる。足りない。あの日から、いつだってずっと。
(心配しないでください)
手を合わせて、そんな強がりを伝える。答えてはくれないが、知り得ることもないが、おそらく祖母にはお見通しで、今もずっと心配をかけていることだろう。安心させてやりたい。母を求める俺に、ひどく申し訳なさそうに、泣きそうなのを堪えて、笑いかけてくれたこと。今も脳裏に焼きついている。なんの曇りもなく、幸せだと伝えたいんだ。
(……もう行こう)
母と鉢合わせたくない。墓に背を向けて、一度だけ振り返り、前を向く。また来るよ。忘れないよ。約束するよ。ちゃんと、生きていくからね。
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